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81 「……わたし、こんなのは好きじゃない!」



 王女の姿は、夏の宴で見かけたものとは大きく変わってしまっていた。美しい金の髪はくすみ、艶を失っている。それは僅かに覗く首も同じで、まるでシミのように黒ずんで見えるのはどうしてだろう。


 何よりも、シミのようなものは王女の顔にもおよび、かつての美しさは完全に失っていた。肌の色だけではない。頬も額も吹き出物のようなものができ、以前の美貌があったからこそ、その落差が酷かった。


「みな、見ないで……」


 腕を使い、手を使い、己の顔を王女は必死に隠す。見えないようにする。しかもその体にはどこからともなく、黒いモヤがまとわりついていた。

 特に、王女の顔へ酷く絡む。


(もしかして……ベールはこれを隠すもの?)


 身を縮こませ、王女はひたすら顔を隠そうとする。わたしは気がつく。


(王女のドレスが控えめなのは、できる限り肌を見せないようにしていたからだ)


 きっとシミのようなものは体全体にあるのかもしれない。


「……王女殿下」


 声をかければ、身を震わせる。


「それはいつからですか?」


 尋ねれば、顔を隠しながら王女がゾッとするような声で答えた。否、わたしを非難する。


「…あ、貴女が、わたくしを呪ったのでしょう! さあ、笑いなさい。顔だけの女が、その顔すら失ったのだと……」


 しゃくり上げる彼女の涙すら、穢れのごとく黒く濁ったもの。それが頬を汚し、シミを広げていく。彼女の顔を黒く塗りたくる。


「……息の根を、止めればいいわ」


 側にいるわたしの手を、王女が取ったのはそんな台詞と同時だ。


 そうして、己の首に当てがった。その手は手袋で覆われているが、きっとシミがあるのだろう。モヤはわたしの手へ移ったりはしないらしい。

 王女だけを包み、王女だけを黒く染めるのだ。


 わたしは首をゆるりと振る。


 充血し、赤くなった目を見つめる。苦悩で噛み締めただろう、皮膚が破れた唇を見る。掻きむしったかもしれない、乱れた髪を眺めた。


「……わたしは王女殿下を呪ったりなどしていません」

「嘘つき!! お前以外に誰がいるというのっ」

「誰かは分かりませんが、わたしではありません。デミオン様でもありませんよ」


 何よりも、わたしはこんなことを望んでいない。


「わたしは王女殿下が、デミオン様にしたことを許そうなんて、絶対思いません」


 かつて、白かった頬に触れる。

 かつて、誰よりも美しかった顔をさわった。


「ですが、貴女を貶めたいわけではありません」


 それで、何が取り戻せるというのだ。何が取り返せるのだろう。何ひとつ、手に入ったりはしないというのに。

 もしあるとすれば、いっときの酩酊か、はたまた愉悦であろうか。


(でも、そんなもの一瞬だ。そうして、また誰かに同じことをされるんだ)


 引き金は誰の手にもある。自分だけの特権ではない。

 わたしたちにできるのは、後悔と前進だけだ。いつだって、そんなことだけなのだ。


 わたしはドレスの隠しから、ハンカチを取り出す。ベールとしては小さいだろう。だけど、何もないよりもマシだ。


 彼女の顔へ、そっとあてがう。

 その瞬間、くしゃりと王女の顔が歪む。

 黒いひとしずくが、布を濡らす。


「リリアン嬢、こちらの方が良いでしょう」


 わたしの隣に来たデミオンが、上着を渡してくれた。彼はわたしが何をしたいのか察してくれたらしい。

 それから、落ちた針付きの扇を拾い、近くの騎士に渡すようだ。思い出したように、彼が付け加える。


「……王女殿下。確かに殿下の仰る通り、俺は夫にはなれても殿下の望む存在とはなれなかったでしょう。今やっと、気がつきました」


 それを彼女がどう受け取ったかは、分からない。上着で顔を隠した王女の気持ちなど、わたしには知りようもない。


 でも、確かなことはある。


 王女殿下はもう、日向の道を歩けなくなってしまった。王女として人々の前に出ることはないだろう。ギャラリーが多すぎる。

 口を閉じさせても、必ず漏れるものだ。そうして、誰かが誰かの耳へ伝えてしまう。


 元より、我儘姫といわれていた方だ。今夜の騒動は面白おかしく語られる。我が身のことではないからこそ、他人の口は軽く、滑らかに悪意を紡いでしまうだろう。


 自業自得だともいえるし、仕方ないともいえる。

 王女殿下は王女だからこそ、人より厳しく問われてしまうのだ。


(だけど……だけどさ)


 わたしは上手く言葉にできない感情を持て余し、手を握りしめる。悔しくて、ぎゅっと力を込めた。


 己を顔だけの王女という人間から、その顔を、美しさを取り上げれば、後には何が残るというのだ。

 閣下のいった専門用語の意味は分からない。しかし、贄というからには、誰かが王女を利用したのだと察しがつく。

 彼女の大切なものを奪った人がいるのだ。


(……わたし、こんなのは好きじゃない!)

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。





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