79 「いえ、わたしは素人なのでよく分かりませんが、多分デミオン様は負けていないんですよね」
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目の前で、激しい剣戟が行われる。正直、儀典用といわれても金属の棒だ。切れずとも打撃として十分威力があるだろう。
しかも、五名いずれも王族の護衛騎士だ。
「……どうした、娘?」
「いえ、わたしは素人なのでよく分かりませんが、多分デミオン様は負けていないんですよね」
「そうだ。それに、人数が多ければ必ず有利とは限らんぞ。この場所は人数の割にたいして広くもない、戦える場の範囲が限定的ならば、むしろやり難かろう」
閣下の触角がひょいと、前方の騎士を示す。
「あやつは大柄な体格が仇となった。誰かが攻撃している時に、同時に動けない」
確かに。わたしは示された相手を見る。デミオンと似通った身長だが、肩幅が違う。骨太で逞しく立派な体型だが、そのせいで窮屈そうにも見える。
(他の騎士に遠慮せざるを得ないのかしら?)
そういえば、デミオンにも聞いたことがある。護衛をしている騎士は、対象者を守るためにどれだけ動けるかが大事らしい。そのためには、考えずとも前に出る覚悟が必要だとか。
けれども、今はそういった戦いではない。考えずに前に出ては、他の騎士の邪魔になってしまうこともある。
(閣下の言った通り、五人で連携するには狭かったのかもしれない)
それでも、立て続けに三名分の剣を避け、軽業師のようにステップを踏むデミオンは、すごいと思う。
「もし、白百合が不利となるとすれば、それは時間だな。一対五となれば、白百合の方が体力を消耗する。長期戦になれば、ちょっとしたズレや遅れが致命傷になるぞ」
わたしは閣下の説明を聞きながら、戦いを見続けた。
振り下された切っ先を空振りさせながら、同時に横からの払いを半歩下がって躱す。
そうして、まるでダンスのようにくるりと反転し、背後からの剣を受け止めた。金属同士がぶつかる、悲鳴のような音に、わたしはヒヤッとしてしまう。
だが、デミオンは平気とでもいうように、微かに唇が微笑む。
「まずはひとり」
そのまま剣を滑らせ懐に入り込む、相手もデミオンの狙いに気がついたのだろう。競り合う剣へ体重をかける。
──が、それこそが彼の思惑なのだ。
相手の力に添い、それを逃すように斜め前に体の位置を変える。擦り合う金属が不協和音を奏で、鼓膜を傷めつけるよう。
瞬間、デミオンが足を掛ける。横滑りの際に、胸元の薔薇をもぎ取る。
他の騎士が気が付き、追って攻撃を仕掛けるも、もう遅い。倒れる相手を盾にかわしていた。
「デミオン様っ!!」
けれど、わたしは彼の後方から振り下ろされようとする剣を見てしまう。咄嗟に声が飛び出していた。
その一瞬。
目が合うなんてのは妄想かもしれない。
デミオンの笑顔がわたしを映し、すぐ死角からの攻撃に備える。いいや、そうじゃない。
(……な、何?!)
それは多分、相手方の騎士も同じだったのではと、わたしは考える。跳躍力が半端ない。バネか何か仕込んでいるのかと、見紛うほど。
デミオンは高々とジャンプし、飛び越えながら相手の後頭部を足蹴にする。いや、踏み台か? そのせいで床へと沈められた騎士は、受け身に失敗し胸の薔薇を散らしてしまう。
これで、二人目だ。
その間、室内上空にいるデミオンへ、騎士たちが唖然とする。眩しさに目を細めているのかもしれない。どう仕掛けるか、考えてしまったのだろう。
(だけど、その時間が勝負を決めてしまうんだ)
デミオンは空中で反転し、シャンデリアを足場に床を目指す。戸惑ってしまった彼らの隙を逃さない。ぐわんとシャンデリアが大きく揺れ、投げつけられた剣が、またひとりの胸元薔薇を切り裂く。
ついでに体格の良かったもうひとりを踏み潰し、これで四人目だ。
痛みに気絶したらしい相手の剣を、デミオンが拾う。
「どうやら、貴方で最後のようです」
彼は残りひとりへ、剣を構えた。
その瞳は胸元の薔薇は注がれる。反対に、今までの動きに反し、デミオンの薔薇は花弁一枚散っていない。
「……そうらしい」
ふたりはじりじりと間合いをはかるかのよう。
仕掛けたのはデミオンからだ。小さな突きは躱されるが、相手を追いそれを捻り斜め上へ。だけど、ほんの僅かの差で、切っ先が空を描く。
その横腹を、踏み出した足とともに先方の一手が襲う。わたしは息を呑む。思わず手を握りしめてしまったのだろう。ぐえっと閣下が手元で鳴いた。
ガギィンンンッ───!!!!
ギリギリで、デミオンが剣で塞ぐ。左足を軸に後退し、更に追加で後ずさる。そのまま一合二合、剣と剣がぶつかり合い、刃噛み合うよう。何度も重なっていく。
「……む、娘、力をゆるめ、ろ゛」
「ご、ごめんなさい、閣下」
はらはらするわたしの心に連動して、閣下をますます締め付けていたらしい。
けれども、デミオンを見るわたしは目をそらせられない。
また、最後の騎士が攻撃が来る。横からの一閃を身を逸らし避けたが、追撃が上から来る。
(───早い!!)
デミオンが構えるよりもずっと速く、流れるままに縦の一撃が襲う。もはや、これまでか。
わたしが目を瞑りそうになった、一秒、いや、コンマの世界かもしれない。
デミオンの身が恐れることなく、相手の懐へと向かう。倒れ込むよう。そのまま伸ばした指先が薔薇に触れる。
肩への強かな一撃を受ける寸前、可憐な花弁が握りしめられる。
「……っ、そこまでっ!!!!」
王太子の声と同時に、攻撃を受け、デミオンが倒れる。しかしその手には、ぐしゃりと潰れた薔薇が確かにあったのだ。
「デミオン卿、大丈夫か?」
「……ええ、ですがルールは胸元の薔薇を散らせることなので……俺の勝利で間違いないですよね」
苦痛に顔を歪めた彼の手の中で、はらはらと花弁が散らされる。
「ああ……こたびの決闘はデミオン卿の勝利とする!」
王太子殿下の宣言に、人々の拍手が上がる。わたしはその音の中崩れるように、膝から力が抜けてしまう。
良かった、良かったと思った。
涙が出そうになってしまう。勝利した彼へ言葉をかけなければと考える。それだけで、わたしの頭はいっぱいになっていたのだ。
けれども、この会場で、ただひとり、そうは思わない人がいた。
決して、勝利を、勝つことを、許さない相手がいたのを、わたしは完全に忘れてしまっていた。
「……娘っ!!!」
閣下の声に顔を上げたわたしへ、王女殿下が針を振り上げていた。
広間の中央で、王太子が何かを叫ぶ。西公の騎士たちが駆け寄る。周囲の人々の悲鳴。全てが、まるでスロー再生のようにわたしには映った。
だから、わたしは叫ぶのだ。
「来ちゃ、ダメぇ────!!!!」
だってデミオンを傷つかせるわけにいかない。
弾丸のようにこちらへ向かう人へ、それだけを伝える。
そして、わたしの目の前で毒針がゆっくりと振り下ろされた。まるで、この身が鞘であるかのように。
「わたくしに勝った罰を受けなさい!」
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