8 「ねえ、リリアン嬢。俺だけには教えてくれませんか? 凄く欲しい物……あるでしょう」
「とにかくデミオン様。二度寝しましょう!!」
「……もうひと働きしなくて良いんですか? 洗濯、俺は得意ですよ! シーツもドレスも、何でも、俺は綺麗にできます!!」
わたしはデミオンの手を握り──途端恥じらわれたが──デミオン用の客室へ一直線だ。お掃除道具の返却を渋った彼を宥め、ジルが呼んだハウスメイドたちに後をお任せする。
その時、屋敷の変貌ぶりと掃除の非凡テクニックに、ハウスメイドたちの崇拝の眼差しがデミオンへと注がれたという一場面も付け加えておく。
(……確かに、吃驚するよね。ここ先祖代々のタウンハウスなのに、いきなり新築同然のぴかぴかよ)
知らぬ間に、調度品の壺から絵画まで購入時の輝きを取り戻している。恐るべし、ドアマット属性。
「お洗濯も、うちのランドリーメイドが行いますから、デミオン様の出番はありません!!」
「……ですが、俺は得意なんですよ? 染み抜きは一番得意なので、侯爵家でもよくしていました。自分の服は自分でするよう、言われてましたし」
何てことだ!
あの日、あの夜、あの部屋で見た古臭いペラペラ衣装を頑張って綺麗にした方が、デミオン本人だなんて。ちょっとわたしは気が遠くなる。それに気が付いていないまま、デミオンは自己アピールに熱心だ。
「俺が洗濯をすると、綺麗に汚れが落ちるだけではなく乾きも早いんです!! いい具合に風が吹いてくれて、空も洗濯日和になりやすいんです!!」
「それは、つまり……晴れ男ということですか?」
「ハレ男は、俺の不勉強で意味が分かりませんが、リネン類の大物も俺にお任せください!!」
「いいえ、お任せしません!!」
「……リリアン嬢」
少しわたしも慣れてきた。しょぼくれた顔をしているが、彼を甘やかすと自然に不遇ルートへまっしぐら。健全な生活から逆走してしまう。なので、絶対に話に乗ってはいけない。
きゅるんとしたって、無駄なのだ。わたしより身長が高いのに、その表情。女子力高めで、そこはかとなく悔しいです。
(うく……、無駄にしてみせるわ!!)
「さあ、お部屋に着きました。すぐに二度寝といきたいですが、まずはお食事が先です。なので、その前に着替えてください。わたしが後からお迎えに来ますから、逃げてもダメなのです!」
「……そうですか」
デミオンの衣装が残念なものなので、一応父の服をお貸ししてるのだ。ただ父より彼の方が足が長くて、本当に長くて寸足らずなのがごめんなさいだろう。悔しがってる父には悪いが、まだ見ぬ孫の足長確定を喜んで欲しい。
「お父様の服をお貸ししたのに、昨夜の服のままなのですね」
「伯爵のお召し物で、掃除するわけにはいきません。俺の服ならまた洗えばいいですし」
「いいえ、またこのようなことをするのでしたら、そちらは没収します」
「そうですか」
しかし、ここでめげないのが良いところ。いや、ダメなところか。デミオンはおきあがりこぼしのよう、七回転んでも八回起き上がれる男なので、わたしを見つめ無言で訴える。
彼の瞳は何度も何度も染めたような深い、光も途絶えるような深海だ。もしくは、闇夜の海だろうか。
充血の方は薄くなり、わたしは少し安心する。でもまだクマは消えてくれない。早くそれもなくしてしまいたい。
「俺は料理も得意なんですよ」
「料理はうちの料理長のトニーが、美味しいものを作ってくれます。大丈夫ですよ」
「では、昼を俺がお作りしましょう。焼き菓子やケーキも得意です。甘いもの、リリアン嬢もお好きでしょう?」
少し首を傾げて、微かに微笑むのを今すぐ止めませんか? デミオンはご自分の顔面を知っているのか。やつれてクマもあるけど、元来顔は綺麗なのですよ。
まつ毛、わたしより長い相手だからね。
「俺は、侯爵家ではディナーのメインディッシュも作っていました。義母は食に気まぐれなところがあって、急に食べたいメニューを言い出すんです」
それはなんとはた迷惑な。そちらの料理人、大変そう。
「だから、俺が代わりに作っていました。料理人に辞められると困りますし。ただ、俺は一人分の体しかありませんから……複数人いたなら、それも良かったのですがね」
いや、良くないって。発想がおかしいよ。
「これでも俺、宮廷料理並みの物も作れますし、昨夜の宴のメニューも幾つか真似できるんです。俺は食べたら味も見た目も真似できますから。リリアン嬢も、食べられなかった物があるのではありませんか?」
そこで、つい想像してしまったわたしの敗北なのだろう。だって仕方がない。デザートを思い出してしまったのは不可抗力なのです。お許しを!
王家主催の宴は流石王家様万々歳! と言わしめる、凄く美味しい物が揃っていることでも有名で、ちよっと胸がトキメクのですよ。
乙女は砂糖菓子でできているって、前世の少女漫画でもいっていたので避けられない定めなのです。
「ねえ、リリアン嬢。俺だけには教えてくれませんか? 凄く欲しい物……あるでしょう」
気付いた時には、デミオンが顔を近づけていた。接吻なんていうほど近くはないが、若い男女では危ない距離感だ。
どうしようと思うわたしに、彼が首を傾げる。
「俺が何でも叶えてあげますよ」
ダメなんじゃないかな? これダメでしょう。そうでしょう、そうしましょ。
「……わたし、マカロンタワーが」
そこで、実は背後にそっといた侍女ジルのせきばらいが発動。わたしも気が付いた。正気に返ったのだ。
けれども──時既に遅し。
朝食後、デミオンはわたしのお願いを大義名分の看板にし、それこそ時代劇の葵の御紋のように振りかざし厨房入りをはたした。嬉々としてランチとデザート作りに勤しんだのだ。
結果、本日のカンネール伯爵家のお昼ご飯は、あの王家主催の宴でしか味わえない舌を唸らせる宮廷料理と、カラフルで心躍るキュート爆発なマカロンタワーに相成りました。
「これ、凄いよ。僕はこんなに美味しい料理は初めてだよ。デミオン君、君大天才なんだね!」
「まあ……これは、あの有名な美食家のフィッツロイ伯爵も大絶賛した料理ではなくて?」
父も母も驚きを隠せない。いえ、我が家の料理長トニーもお見それ致しましたとコック帽を脱いだくらいだ。それはもう、とんでもなく凄いのだろう。
「リリアン嬢、どうです? 俺の料理もデザートも美味しいでしょう? ね、そうだと言ってくれませんか」
「……はい、とてもとても美味しいです」
デミオンは笑顔で、ニッコニコだ。
だけど、そうじゃない。違う! そうじゃないのおおおお!!
(あ、明日こそ、……明日こそデミオン様を確実に健康にしてみせる!!)
心の中で、わたしは完敗に咽び泣きつつ、美味し過ぎる料理とマカロンを味わうのだった。
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ですが、皆様の素敵なお気持ちはたっぷりわたしの心の栄養になっています!! ありがとうございます!!
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