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75 「リリアン嬢、どうか俺とダンスを踊ってくれませんか?」

 

 

 冬入りの舞踏会は、三大公爵家持ち回りとなっている。王家の傍系公爵家はそれぞれ領地が、北、南、西にある。そのため、南公、北公、西公と呼ばれたりもする。


(そして、東は公爵家ではなく、ライニガー侯爵家が担ってるんだよね)


 その事実だけでも、ライニガー侯爵家が大貴族だとよく分かる。なお、唯一の臣民公爵のチルコット家は、王都を守るかのよう扇状に領地を持つ。だからか、王家の盾とも呼ばれている。多分、昔々の功績があってのことだろう。


 公爵邸に到着したわたしたちは、他の人々と一緒に使用人たちに会場まで案内される。今も、わたしたちの前後に男女が並び、大広間へと向かう。


「どうしました、リリアン嬢?」


 こっそり、デミオンが聞く。


「……公爵様のお屋敷は、宮殿のようだと思ったんです」

「ああ……そうですね。でも、ライニガーの屋敷も似通った建物ですよ。王太子妃殿下のチルコット家も同じだと思うので、あの規模の貴族はみんなこんなものです」


 こんなもの、といえる彼からしてみれば見慣れているレベルなのだろう。腐っても鯛で、やはり元侯爵家嫡男だ。だがわたしはデミオンの肩にいる閣下並に、アレコレもの珍しくてしょうがない。


 ウミウシ閣下は右見て左見てと、宮殿内のインテリアに夢中だ。我が家ではおめにかかれない品々だからだろう。わたしもめちゃくちゃ気になる。

 まず、建物の大きさに唖然とし、歴史に目を見張り、豪華過ぎる内装に口を閉じるのを忘れかけた。


 今も、使用人に案内され進む廊下の両側には、絵画や壺やら古の彫刻などが並べられていて、その財力を見せつける。きっと、どれもこれもゼロが沢山付く凄い品物なのだろう。


「ふむ、なかなか良い趣味だ。我輩、この絵は好きだぞ! おお、あの像も美しい」


 わたしの代わりにはしゃいで、閣下がキョロキョロしてくれる。


「む! あそこの彫刻は妖精女王か?」


 閣下の声につられ、わたしも横目で見てしまう。そこには、上半身のみの彫刻があった。とても美しい女性でありながら、とても怖いとも思ってしまう。


(迫力美女だからかな)


「……あの女の置物なんぞ、置くべきではないぞ!」


 閣下は妖精女王が好きではないらしい。精霊王と同じように、妖精を従える女王様なのだろうか。


(もしそうなら、この世界には竜王とかもいるのかな)


 閣下の口ぶりからして、その可能性は高い。


「あやつは、とんだ女狐だからなぁ……我が君と同じく御柱おんばしらではあるが」


 閣下がぶつくさ文句をいっている間も、わたしたちの歩みは止まらない。そうこうしている間に、大広間への入り口に到着したようだ。

 使用人が頭を下げ、案内された貴人たちが入場していく。わたしもデミオンにエスコートされ、会場へと一歩踏み出した。

 

 

 

 

 今回、舞踏会を開催するのは、王都から見て斜め上にある西方に領地を持つ、西公だ。そろそろ隠居するのではないかといわれて、もう何年も経つ。白い髭が目立つ公爵様だ。

 会場の前方では、その西公夫妻とその息子夫婦。そして、王家からは王太子夫妻が参加するらしく、六人が仲良く会談している。


(王太子殿下はいつ見ても、絵に描いたような王子様でブレないな)


 高貴な方々の談笑を見守るよう、少し離れて護衛の騎士たちが乱れることなく直立不動で並ぶ。いや、その近くに誰かがいるようだ。


 服装で高貴な方だとすぐに分かる。椅子に腰掛けているので、ご高齢な方なのだろうか。片側には女性騎士がひとり並び立ち、椅子に座る方を守っている。


(誰だろう?)


 その人物はすっぽり頭を覆うように、ベールを被っており顔が見えない。扇を持つドレス姿なので、分かることといえば女性であることのみだ。

 そのドレスも上品ではあるが、豪華絢爛とはいかないよう。控えめなので、やはり老齢な方だろうかと考える。西公に所縁ある方なのかもしれないとも思う。


 わたしたちの後にも、参加者たちが続きまだ人の流れは途絶えないらしい。会場の中央はダンスをするスペースなのだろう。向かって左手側に舞踏曲を生演奏してくれる楽団の皆様、反対の右側に立食形式でお料理と飲み物が用意されている。

 この大広間も、王城御自慢の『不滅の灯火の間』に勝るとも劣らない。いや、広さは王城の方に軍配が上がるか。


 結晶仕立てのシャンデリアは煌々と輝き、夜の帳だろうとものともしない。まるで昼間の如く、この場を照らす。そこへ、始まりを語るように楽団の生演奏がゆるりと流れる。

 ついでに、立食用のご馳走がとても美味しそうだ。閣下も真っ先にスイーツコーナーを探し、目が釘付けだ。


 やがて、西公の舞踏会開催の挨拶が行われる。いつも通りの、精霊王への言祝ぎだ。そうして、楽団の演奏がまた変わる。

 一番最初に奏でられるのは、これまた決まった曲だ。そうして高齢の公爵夫妻に代わり、西公の息子夫婦と王太子夫妻のダンスが始まる。


 最近の楽曲と違い、緩やかでスローテンポのこの曲は建国から続く円舞曲。我が国の舞踏会といえば、必ずかの曲から始まる。


「……この曲は、我輩の好きな音楽だ。我が君を讃えた美しいもので、いつ聞いても良いな」


 ウミウシ閣下が何故か胸張って、うっとりしている。


 王太子夫妻も西公の息子夫婦も、まるで水面を滑っていくように優雅に踊っていた。あの動きが、わたしにもできるかと不安になる程見事な踊りだ。


 無意識の緊張が手から伝わったのか、デミオンが耳元で囁く。


「大丈夫ですよ。リリアン嬢はダンスも素敵です」


 その言葉は嬉しいが、実は先ほどからチクチク刺さるものがあるのだ。周囲を盗み見るが、よく分からない。


(でも、デミオン様へ色んな女性の視線が向かっているから……そのせいかな)


 大聖堂の比ではない。

 確実に、あらゆる年齢層の貴婦人の視線がぶっ刺さってくるのだ。皆扇を片手に誤魔化しながら、こちらをチラ見してくる。


(分かってますよ。そのイケメンどこの誰よって話でしょう!)


 でも、残念! 彼はわたしの婿殿なのだ。今から手を伸ばしても、もう遅い。


 デミオンは身長が高いので、より目立つのだろう。王太子殿下と同じくらいだろうか。それとも銀髪の長髪が珍しいのかもしれない。そんなことを考えているうちに、殿下たちのダンスも終え、一斉に拍手が上がる。


 デミオンがわたしの手をとった。恭しくお辞儀をしてくれる。


「リリアン嬢、どうか俺とダンスを踊ってくれませんか?」


 片目を閉じ、茶目っ気たっぷりに彼がわたしをダンスに誘ってくれる。

 わたしはその様子に笑い、自然とリラックスしてくる。


「喜んで、デミオン様!」


 そうして、彼に連れ出される瞬間だろう。


「イヤァァァァ─────ッ!!!!!」


 金切り声か、ヒステリックさを際立たせたような叫び声が前方で上がった。

 あまりの声に、楽団の音すら止まる。わたしも思わず止まってしまう。大広間の誰もが動きを止めた。


 代わりに右往左往するのは声の主を探す視線のみ。だがそれも、本人が転ぶように広間の前方に出てきたので、すぐに分かった。


「ふ、ふざけないでちょうだいっ!! 貴方がデミオンですって! あのつまらない、冴えない男が、こんなはずないでしょうっ!!!」


 女性騎士の手すら振り解き、取り乱したのは聞き覚えのある声だ。忘れるはずもない。あれは夏の宴で得意になって、デミオンへ婚約破棄を告げた相手。


「喧しい女だな」


 閣下が文句をいう。その側で、わたしはデミオンと顔を見合わせる。


「……王女殿下?」

「でしょうね」


 デミオンの声はそっけない。

 ベールで顔が見えないが、王城で彼を捨てたアリーシャ王女殿下その人だった。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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