74 「俺をときめかせて……本当に困った方です、貴女は」
「デミオン様!!」
公爵家へ向かう馬車の中で、わたしは早速デミオンに詰め寄る。我が家の玄関ホールでは両親が揃って見送りをしてくれたので、遠慮したのだ。
なお、今回手錠はないが、馬車の席順はわたしとデミオンは隣同士だ。今夜はジルもいないので、向かい合わせで座ろうとしたのだが、エスコートしてくれたデミオンによって、毎度お馴染みのお隣さんになってしまった。
まあ、座る場所はよい。それよりも、わたしは確認したいことがあった。
「デミオン様、わたし……こんな豪華な髪飾りになると聞いておりません」
そうなのだ。
ジルが用意してくれた髪飾りなのだが、それは秋の日に作りにいった物のはずだと思ったのだ。基本の意匠は確かにそうで、けれども何故かゴージャスにレベルアップしていた。
(精石は増えてるし、真珠が沢山付いてるし、ジャラジャラが増量してて、完全に夜会用の髪飾りになってたし)
小花に蝶が一匹とまるモチーフは変わらないのに、キラキラしい見た目に大変身だ。
(あと……蝶の羽の色合いが、デミオン様の瞳の色になってるんですけどー!!)
知らぬ間にそちらも変わっている。
その意味を考えて、恥ずかしさに床をぐるぐる転げ回りたい気持ちになってしまう。わたしも所詮は夢見る乙女なので、ロマンティックに深読みしてしまうのだ。
「お気に召しませんでしたか?」
しれっと彼がいう。
「お気に召しまくりです! とても綺麗で嬉しいです!!」
言葉がおかしいが、気にしないで欲しい。それだけ嬉しい気持ちは本当なのだ。それはもう間違いない。
むしろデミオンのお財布事情を心配してしまうくらいには、魅力的な贈り物だ。
「ですが……普段使いできると思っていたので、ちょっと驚いてしまって……」
「普段用のものも用意してありますから、大丈夫です。俺の用意した髪飾りを付けてくれるリリアン嬢が見たいので、そこは抜かりありませんよ」
そっと、デミオンがわたしの髪に触れる。
今夜は舞踏会。華やかなものが良いが、反抗的なわたしの髪ではふわふわクルクルは難しいので、今日も使用人のみんなでアレコレ考えてくれた末のパーティーヘアーだ。
複数の三つ編みを使って、お花に見える感じで後頭部でまとめてもらい、そこへデミオンから贈られた髪飾りを留める。少量なら流行りに近い感じで巻けるので、耳の側に僅かに髪の毛を残して少しだけふわクルにしてもらった。
それを、デミオンがイタズラするように、指に絡ませる。
「今夜もとても愛らしくて、リリアン嬢の隣にいられる俺は幸せです」
「……デミオン様も、ものすごく格好良いですよ」
イケメンのドアップに、わたしは内心ばたんきゅーしてしまいたい心地だ。顔がイイ。本当に顔がイイのだ。
今夜のデミオンは、デミオン史上最高なのではと思う。少なくとも、わたしが知る彼の中でも最高クラスになっている。もはや、最終奥義みたいなものだ。
デミオンもきっと朝からあれこれ磨かれていたのではと、思ってしまう。肌の色艶は勿論、瞳の透明度まで上がっている気がする。
唇は艶々で色づいていて、まつ毛は割り箸が乗っかるレベル。本日も堪能したすべもちほっぺは、本当至高の触り心地だった。
黒と見紛うほどに濃い青の盛装に、真っ白のタイ。それを留める飾りはわたしの瞳と同じ色の石が嵌め込まれている。
全身濃い色なので、白っぽい容姿のデミオンにとても似合う。デミオンの髪色と同じ銀色の刺繍も映え、とても華やかだ。しかもふたり並ぶことで分かったが、わたしのドレスと同じ図案の刺繍で、明らかにペアルックだ。
さらにデミオンが髪を結ぶリボンもわたしの瞳とお揃いなので、やはりどこから見ても仲良しこよしのふたりにしかならない。
控えめにいっても、デミオンが素晴らし過ぎる。
(わたしの婿殿が、やばすぎる!!!!)
足は長いし、後ろ姿の背筋はスッとしてるし、今日気が付いてしまったが、デミオンはお尻の形も素晴らしい。
(剣の鍛錬をしてから、体が鍛えられてるって聞くし、お尻もプリっとするようになったのかしら)
まるで、知ってはいけないことを知った気持ちで、わたしはドキドキしてしまった。
それを素晴らしい衣装でラッピングしたのである。やはり、最高に素敵で貴公子無双な婿殿だ。
「貴女にそう思ってもらえるなんて、今夜は本当に良い夜ですね。リリアン嬢とダンスを踊るのが待ち遠しいですよ。髪飾りの蝶のように、ずっと貴女の側にいたいんです」
その声、ちょっと破廉恥じゃないでしょうかと思いつつも、髪飾りの言葉で正気に返る。そうですかと笑顔を浮かべながら、やはりお財布を案じてしまう悲しいわたしだ。
(だって、これ真珠がジャラジャラなんですよ! そりゃあ、真珠にしてもピンからキリまでだけど……なんとなく高級なの使ってそうなんだよね)
デミオンは多分目利きなので、宝石の良さもバッチリ分かってそうなのだ。
この世界には、勿論、真珠もある。
形も球体からドロップ、楕円などは前世でも見るが、トランプのダイヤ型は多分ないと思う。どういう巻き方をしたらそうなるのか分からないが、わたしが今付けている髪飾りにもその形の真珠が大小彩ってくれている。
普通の真珠のアクセサリーならば、わたしも持っている。真珠は若い子にも似合うし、種類が多いので最初に買うアクセサリーの定番なのだ。
(でも、真丸しかわたし知らなかったから……ダイヤ型ってお幾らなんだろう)
こんなことを考えている場合ではない。そうなのだが、考えてしまう残念な自分に自分でがっかりだ。
(わたしの女子力、マイナスでは)
「イチャつくのもいいが、今夜は相手も仕掛けてくる可能性が高いからな、娘、気を引き締めろ!」
空気を読んで黙っていた閣下が、ぴょんぴょん跳ねて、わたしの膝に上がる。
「大陸の奴らの宝石箱に入れられたいならば、我輩気にせんが、そうではないのだろう?」
「もし本当に、リリアン嬢へそんなことを企んでいるならば、俺が許しませんが」
台詞とともに、さりげなくデミオンが閣下をデコピンする。その勢いで、コロコロ転がる閣下だ。
「それをいうならば、わたしだってデミオン様を取られたくないです!」
恩寵目当てで来る可能性の方が高いと、わたしは思うのでこっちの方が重要だ。人混みに紛れて、今度は何を仕掛けるのか想像もできないが、気持ちだけは負けないつもりでいる。
「デミオン様はわたしの大事な最高の婿殿ですから、奪われるつもりは毛頭ありません。わたしの本気を見せつけます!!」
ただの人間だからって、舐められてなるものか。心の強さならば、勝利はこちらのものだ。
「よし、その意気だ娘!! 白百合は我輩が必ず守ろう!!」
褒める閣下を横に、デミオンが目元を赤らめる。口元を手で覆い、少し照れたように目を逸らす。
「俺をときめかせて……本当に困った方です、貴女は」
たが、その声が嬉しそうなのをわたしは聞き逃さない。
「そうですよ。わたしはデミオン様を幸せにするのですから、出し惜しみなんていたしません!」
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