73 「デミオン様からの贈り物ですよ、リリアンお嬢様」
舞踏会の名称を変更してあります。
王都が今宵も美しく着飾る。輝く結晶が木々を彩り、ユルノエルの祝祭を謳うよう。天の星々にも似通った光は、さながら地上の星座みたいである。
あの日、マリア・スコット男爵令嬢が消え、わたしたちは虚洞から人の世に戻った。正確にいうと、器に帰ったというべきらしい。
あの時、わたしはわたしの一部を捕まえられていたのだそうだ。だから、わたしの姿が消えたということもなく、倒れたり意識を失ったわけでもない。
(一部分が飛ばされたみたいな、感じらしい)
だから戻ってきたわたしへ、瞬時に経過した時間と記憶が流れ込んだ。そうして、わたしという存在は何事もなかったように元に戻ったのだ。
(でも、マリア嬢は元に戻らなかった)
ちらりと耳にした噂によると、フォスル商会がどこかに譲渡されるそうだ。スコット男爵は愛娘が病に伏してから、商いにも手がつかずすっかり気落ちしたらしい。
そのまま商会を続けられず、妻の祖国へ向かうことにしたとか。眠り続ける、奇病の娘を診てもらうためであるとも聞いた。
ここ数年、商売が上手くいっていた男爵を妬んだだろう貴族によれば、精霊の怒りを買ったに違いないということになっている。マリア嬢がアランに婚約破棄させたからだとか、好き勝手噂しているそう。
アランが家を出されたことも、話を盛り上げるのに一役買っているみたいだ。
顛末を知り、痛むのはわたし自身の良心か。けれども、わたしはあの時彼女に自分の大切な部分を開け渡すわけにはいかなかった。
(……それを許すわけにはいかない。わたしはデミオン様を幸せにすると決めてるから、誰かにわたしをあげるわけにはいかないんだ)
「お嬢様、そろそろお召し物の準備をしてもよろしいですか?」
ジルに問われて、わたしは物思いから我に返る。
「ええ、お願いするわ」
わたしの声に合わせ、ジルを含め使用人たちが一斉に動き出す。
今日は傍系王族の公爵家で行われる、舞踏会の日だ。今年最後の舞踏会であり、デミオンがいうには一番気をつけるべき日でもある。
相手が何を考えているか分からないが、人が大勢揃う場所は紛れるのにもってこいだという。それに閣下もいっていた。
精霊王の恩寵目当てならば、王の月である十三月を選ぶだろうと。最も高まる時期に奪う可能性があるらしい。
閣下はわたしへも忠告していた。
(わたしの『異界渡り』という魂が、人外者によっては惹かれるものであると……)
蒐集家だったり、味見したいなんていう存在がいるというのだ。わたしは彼らのコレクションにも珍味にもなる予定はない。ちょっと珍しいからといって、ふざけている。
わたしは利き手の中指をなぞる。そこにはひとつの指輪がはめられている。真紅の輝きを内包した、青い石がひとつ埋め込まれたデザインのもの。
手錠よりも最も力を込められる方法にすると、閣下が判断し、できた指輪だ。
(それがあるなら、最初からそれにしてくれ!! と思ったんだけど……)
実は閣下の力を込める石にデミオンの血を混ぜることにより、できるものだったのだ。だから、包む青さは閣下の色だが、内包するのはデミオンの血結晶だ。血液を大量に使うわけではないが、閣下は愛し子のデミオンを傷つけることが嫌らしい。
それに、血というのは悪用されることもあるので、気をつけないといけないともいっていた。だからわたしも、この指輪を絶対に奪われるわけにはいかないので、手袋で隠す予定だ。
(血液を使ったから、わたしはデミオンの体の一部となるらしいんだけど……)
所有物だったり、体の一部だったり、方便にしたって酷い。愛し子の何かでなければ、閣下が守護できないという縛りのせいなのだが、やはり扱いが酷い。
「お嬢様、きつくはないですか?」
「大丈夫よ」
コルセットを締められ、わたしは頷き返答する。デコルテを美しく見せるために、首回りはしっかり保湿されクリームを塗り込められていたが、さらに白粉を薄く追加される。
舞踏会用のドレスは、踊りやすいように裾を引きずるデザインにはなっていない。もしくは踊る時だけ、裾を軽くたくし上げられるようになっていたりする。
だから今夜のわたしのドレスもそう。足は見せないが、踏んでしまわないギリギリのラインで作られている。重いと踊るのに大変だということで、奮発して霧絹のタフタで作ってもらっている。
(いつものドレスよりもずっと動きやすくて、楽かも!)
色はデミオンの深海の瞳を彷彿させる、深みのある青だ。スカートの部分はウエストから膝上ぐらいまでを前身頃と同様の刺繍で彩っており、一緒に縫い付けられている結晶ビーズが氷麗のようにキラキラ輝く。
手袋には氷ミンクの毛皮が付いており、フワフワとしていて見た目も華やかだ。
霧絹のタフタは軽さで有名だが、光沢も普通のタフタと違い淡雪のような柔らかさがある。
それだけではない。ダンスの際の動きの華やかさを演出するため、スカートの右側は隠しスリットを入れ、その下にドレスと色味の違うオーガンジーを何層も重ねチラ見せできるようになっている。
そうしてドレスを着付け、髪も整え、お化粧も終わった最後に本日のアクセサリーへと移っていく。
「お嬢様、こちらでございます」
イヤリングにネックレス。
そして、恭しく用意されたのは見事な髪飾りだ。
「デミオン様からの贈り物ですよ、リリアンお嬢様」
そういって、ジルが嬉しそうにわたしへ仕上げの飾り付けを行っていくのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
思ったよりも長くなったお話ですが、そろそろラストへ向けて走り出していく予定です。
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