69 「……大丈夫ですよ。他人を見て羨むなんてことは、とっくの昔にやめましたから」
マーケットは週末ということもあり、盛況だ。賑やかさもさることながら、人々が集うからか思ったよりも寒くなかった。それに行き交う誰もが、嬉しそうな顔をしている。ワクワクする気分が伝播するのか、わたしの心も楽しさで弾んでいる。
屋台に売られるのは、先ほどのリースだけではない。
手袋やマフラーにショールといった防寒具に、ハンカチやリボン、髪飾りに指輪など装飾品も多い。置物やランプなどもあれば、文房具もあった。
遠くに、火啄みの防寒用品を売っているらしき店が見える。
火啄みというのは、啄むように火を口にする動物のこと。時々生まれてくる、不思議な存在だ。ヤギや羊、キツネにウサギ、遠くの異国にいるラクダなど。毛皮を持つものに限って、そんな変わった存在が生まれることがある。
それらの毛は格段に寒さに強く、これでコートを作ると非常に温かいそうだ。中でも最高級とされるのは、火啄みラクダの毛。この毛皮で作った物を着れば、どんな寒さも全く感じないほどだとか。
(ジルへの贈り物に、火啄みの毛が入った何かを用意したいな)
ちょっとした小物を扱っている店がないか、わたしはちらちら周囲を見る。
時々、屋台の軒先でキラキラ光っているのは、祝祭用のサンキャッチャーだろう。
聖堂で飾られるような、神聖なサンキャッチャーもこの時期には出回る。新年を迎える飾りとしてだ。クリスマスツリーの代わりか、それともしめ縄的なのか。
(むしろ……神棚?)
一番日当たりが良い場所に飾るため、住まいに合わせて色々なサイズが揃っている。これは一家にひとつでよいため、我が家はいつもお願いしている工房で予約済みだ。
親子連れが屋台に並ぶサンキャッチャーを選んでいるのを見ると、心が和む。わたしも父と母に連れられて、工房に一度だけ行ったことがある。
注文をしている間、見本として飾られているキラキラを眺めては、触ろうとして何度もジャンプしたものだ。そうして、何回かの後にすっ転んで大泣きしたまでがひとセット。
(だけど、工房の人が結晶を間近で見せてくれたっけ……)
「リリアン嬢、何か気になる商品がありましたか?」
「いえ……」
それから、わたしは自分の無頓着ぶりに叱りたくなる。デミオンがわたしの視線を追い、同じ屋台を見る。仲の良い親子連れを見てしまう。
わたしは咄嗟に彼の手を握った。
シャランと鎖が鳴る。
「……大丈夫ですよ。他人を見て羨むなんてことは、とっくの昔にやめましたから」
「ごめんなさい」
わたしはそんなことを、デミオンにいわせてはいけなかった。
「謝らないでください。別に普通の光景ですから、平気です。リリアン嬢が思うほど、俺は繊細じゃないですよ」
「ですが、今もデミオン様に気を使わせてしまいました」
「貴女は真面目な方だ」
それから立ち止まるわけにもいかず、わたしたちは流れに沿って歩き出す。わたしは不安で、彼の横顔を見る。
向けられる視線を感じているのだろう。彼が前を向いたまま口元を緩める。
「リリアン嬢は、もう俺と婚姻しましたからね。だから俺には貴女という家族がいるんです。それに、多分……何年先かは分かりませんが、必ず、その、増えると……信じてるので」
デミオンが少し顔を逸らす。
その耳が赤い。
「そうですね。デミオン様はもうわたしの婿殿で旦那様ですから!」
そうだ。わたしたちはひとつ、ひとつ、石を積み上げるように幸せを重ねよう。今は書類だけの婚姻だけど、来年は婚姻式をして、次には皆へお披露目。
その後は本物の夫婦になって、いつかきっとわたしたちの間に家族が増えるだろう。
その時こそ、繋げなかった手を繋ぎ、いえなかった言葉を交わし、笑顔を向け合うようになれる。彼の両隣に誰かの体温があるような、そんな素敵な場所を築きたい。
わたしはそっと、デミオンの隣にぴたりとくっつく。行き交う人々を避けるためなのだから、この距離は今だけセーフだろう。
「デミオン様。今は片側だけですが、きっと未来にはもう片方もあったかくなりますよ」
空いている片手も、いつか必ず塞がれる。あちこち駆け出そうとする手に、引っ張られるようになるだろう。
「わたし子供の頃はお転婆だったので、似てしまうと大変になりますよ」
「ああ……それは想像がつきます。リリアン嬢も好奇心旺盛なところがありますからね」
「……わ、わたし、これでも大人しくしているのですよ」
ユルノエルのマーケットは飾り物、お土産物だけではない。美味しい屋台の食べ物も沢山あるのだ。
歩けば、あちこちから良い匂いがして、わたしの食欲をかき立てる。とはいえ、ドレス姿なので自重しているが。
「リリアン嬢、朝鳥の卵の燻製がありますよ。美味しそうですね」
「デミオン様、それワザとですよね?」
「朝鳥の卵は高級品ですから、こんな時でないと食べられないかもしれませんよ」
確かに、朝鳥の卵の燻製なんて祝祭時期でなければ、屋台に並ばない。普通の鶏の卵よりも濃厚で、ちょっと大きめなのだ。
(王族は鶏じゃなくて、日常的に朝鳥の卵を食べるって聞くし……)
「お嬢様、今ならまだ買えますよ。祝祭が近づいていくに従い、朝鳥はお値段も高くなりますので、後半になると気軽に買えなくなります」
「そ、そうなの?」
ジルの指摘に、わたしは彼女の方を振り返って確認する。首を捻り、肩の向きを変える。
その瞬間、───パリンと何かが剥がれる音がする。まるで四方八方、全てがひび割れるような感覚。
(え───何?)
そうして、わたしは地面を失った。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
コメントも読んでもらえて嬉しいです。クリスマスは本当に不思議で、雰囲気だけでご機嫌になれる時期だなと思います。お店や人々も楽しそうで、大好きな季節です!!
この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。




