68 「つまり、デミオン様はしばらくわたしに塩対応するべきと、言っているのです」
「……俺は残念です。リリアン嬢に触れてもらえるのは好きだったので」
「わたしは自重のできる人間なので、デミオン様の人としての尊厳をわたしから守るために、一日一回で十分なのです!!」
「では、明日も特別に二回触れてもいいですよ」
「お断りします。わたしはその手に騙されません! そうやって、毎日特別を連発する予定ですよね」
デミオンは答えないが、にこやかな顔のままなので、絶対そう考えていたに違いない。わたしは、わたしの手からデミオンを守るためにも、もっと厳しく生きなくては!
魅惑のすべもちのお肌は恋しいが、欲張りはいけない。一日一回だからこそ、わたしはその一瞬一瞬を大切にし、日々の糧にするのだ。
前世でも、誰かがいっていた。推しの過供給で墓入りしてしまうと。唐突な供給過多は健康に良くないのだ。
(わたしも、このままでは供給過剰でしんどくなってしまう)
大事な婿殿なのでいつも微笑んでいて欲しいが、それが原因でわたし自身が早世してはいけない。やはり、適量がなんでもよいのだ。
「デミオン様は近頃わたしに色々アプローチしてきますが、少しそれをやめましょう! そうでないと、わたしの寿命が縮みます」
「すみません、リリアン嬢の仰ってる意味が分からないのですが……」
「つまり、デミオン様はしばらくわたしに塩対応するべきと、言っているのです」
「……娘、ますます意味不明になってるぞ」
閣下の台詞に重なるように、ジルがそっとわたしに伝えてくれる。
「お嬢様、少々お声が大きいので、少し落ち着いてください」
そこで、わたしは周囲をチラ見する。そうだ、わたし今はユルノエルのマーケットに向かっているのだ。ちょっと声が大きめだったので、愛想笑いしながらお口チャックする。
手錠の鎖をこっそりクイクイして、足早に立ち去るコンタクトをデミオンに送る。
王都を流れるビスローク川沿いにあるユルノエルのマーケットは、国一番の規模を誇る場所だ。東区から西区まで連なる屋台は四百ともいわれ、この時期の名所となっている。
地方からやってくる店もあるため、普段は見かけないものも多く、珍しいものを求めて貴族もそうではない階級もみんな夢中になって屋台を覗く。
周辺の街路樹も、綺麗に水晶の雫で飾られている。
この水晶は山螢が番を見つけると落とすものだ。夏のある時期になると、森の水辺では山螢と呼ばれる生き物が恋の季節になり相手を探す。
その時、成就した山螢の喜びが結晶となるらしい。山螢は幾つか種類があって、それぞれ色の違う結晶を落とすので、それを回収し祝祭のイルミネーションに使うと聞く。
彼らの習性通り、夜になるとチカチカ瞬くらしい。永遠に光るものではないので、毎年結晶集めの業者があちこち湧水が評判の山を登り歩くらしい。
「今年も街路樹が綺麗に飾られてますね」
「これが、山螢の結晶なんですね。昼間でも光が反射してとても綺麗です」
デミオンが立ち止まり、街路樹のひとつを見上げる。わたしも隣で、改めてじっくりと見る。
山螢は喜びの結晶だから、嬉しい気持ちが近くにあるとより輝くらしい。
「みんなが楽しそうなので、結晶も嬉しくていっぱいキラキラしてるんですよ」
「そうですね。俺もリリアン嬢と一緒にここにいて、とても嬉しいです」
「わたしもお揃いの気持ちなので、水晶がもっと輝きますね!!」
それからわたしたちは、また人の流れに混ざってマーケットを見て回る。
今の時期一番多いのは、白百合のリースだ。木の実を白色や銀色に色付け、百合の造花と一緒に輪の形にする。そこへリボンを結ぶのだ。
細かい装飾は店やお値段によって変わるが、毎年リボンの色に流行りがあるので、雰囲気が変わって面白い。
「デミオン様、このリースにはビーズのお花が付いてます。あ! あちらに布の造花が……向こうには刺繍の飾りが付いたリースがあります!!」
「リリアン嬢。ひとつひとつ、見ていきましょう」
「娘、はしゃぎすぎだぞ!」
「閣下こそ、さっきからぴょんぴょんして跳ねてばかりですよ」
大小のリースが屋台に並べられ、吊るされ、目に鮮やかで困ってしまう。今年は金色のリボンが流行りのようだ。
(まさか、女性の流行りが金髪のふわんふわんヘアーだからじゃないよね)
ないものねだりで、複雑な感情を抱えるわたしとしてはなんとも言い難い気持ちになる。
「ジルはどんなリースが好み?」
ユルノエルのリースは、自室のドアに飾るので家族の分だけ必要とする。だから我が家の使用人も、みんなリースをひとつは購入するのだ。
「わたしは……小ぶりなものでしょうか」
ジルがわたしが見る屋台と同じ所で、リースを眺めていく。
「ここ何年かで、リースの形も色々なものが増えて、あれこれ目移りしてしまいます」
確かに、リースは輪っかという原則だが、近年は丸とは限らない。三角四角、楕円、卵形……多角形まで揃っている。
(六角形を見ると、魔法陣! と、思ってしまうのはきっと前世の業だわ)
「ぁ!」
ジルが小さな声をあげる。
わたしもつられてそちらを見た。鎖で繋がるデミオンも、そのお供の閣下もだ。
なんと、りんごの形やリボンの形などの小さなリースがある。なんて画期的な商品だろう。
(こ、こ、これは……可愛い!!)
わたしの握り拳よりも二周りは大きいだろう。木の実とリボンは定番だが、ドライフラワーをふんだんに使っているので女性向けだとすぐ分かる。
そして、形が可愛いのだ。
値段も平均的で、高級というわけでもない。
「お嬢様がた、そちらのリースは今年の人気商品だよ!! 可愛いだろう?」
店主のおじさんの声に、わたしは無言で首を上下してしまう。
さらに商売上手なおじさんは、奥の商品も見せてくれた。
「こっちは、そのシリーズの凝った方だが、どうだい? お値段は張るけど、雫薔薇の結晶石を使ってるからとても綺麗だろう」
わたしはそのリースを見て、思わず喉を鳴らしそうになった。
おじさんの謳い文句通り、とても綺麗なものだったからだ。
「リボンも落ち星の粉を塗してあるから、他よりも輝きが違う。うちは良質な粉を使ってるから、まだらにならず綺麗だろう? 雫薔薇も朝一で収穫した物だけだから、どれも型崩れなくそのまんまさ」
「雫薔薇の結晶は、確か朝鳥の一番声までに収穫しないといけないんでしたか……大変ですね」
「そうさ! 兄ちゃんよく知ってるなぁ……。うちは村総出で収穫してるんだ」
デミオンがわたしに教えてくれる。
「朝露系統の材料は、朝鳥の鳴き声前に収穫しないと崩れやすくなるんです。場合によっては消えてしまう物なので、収穫が大変なんですよ」
わたしはリースをじっくりと見る。
確かにリボンは夜空の星の輝きで、リースに付いてるドロップ型の結晶はどれも爽やかな光を内包していた。
小さな結晶は、白百合の造花にも散らされており、まさに朝露で濡れた清楚な雰囲気だ。
「娘……この白百合の造花も同じ朝露系統だな。霧蜘蛛の吐く糸で編まれた物だぞ」
(なるほど、だから統一感というか……しっくりくる感じなんだ)
「これにしようかな。……ジルもお揃いで、これにしよう?」
「へ、お、お嬢様?」
驚くジルを構わず、わたしは店主にリースを三つお願いする。それぞれ形は、林檎型にリボン型、そして卵型にした。
「ジルにはこのリボンの型をプレゼントね。デミオン様にはこちらの卵型です」
ジルはリボンの形を一番よく見ていたので、それを選んでみた。デミオンには凝ったものより普通よりで、わたしは一目惚れの林檎型だ。
「みんなお揃いにしてみましたが、どうでしょう?」
リースはひとつのドアに一個とは決まってないので、表と裏に飾る人もいる。だからわたしが選んだとしても、迷惑にはならないかと思ったが……どうだろう。
紙袋に簡単なリボンでラッピングされたものを抱きしめて、ジルがうるうるしてわたしを見ている。どうやら、大丈夫だったらしい。
「お嬢様、ありがとうございます!!」
「ジルにはいつもお世話になっているから、他にも好きなものがあったら教えてね」
「いえ、このリースで十分過ぎます」
とはいえ、寒がりのジルのためにぬくぬくアイテムを購入すると決めているので、わたしはユルノエルの贈り物をこっそり買うと決めている。
(今年はいっぱい心配をかけているので、少しでも喜んでもらいたいし)
そのわたしの手錠の鎖を、今度はデミオンがクイクイする。隣を向けば、彼が綻んでいた。
「俺にもお礼を言わせてください。リリアン嬢、お揃いのリースをありがとうございます」
「どういたしまして、デミオン様。お披露目諸々が終わったら一緒の寝室になりますから、来年はもう少し大きなふたり分のリースを選びましょうね」
「っ……!!」
途端、デミオンが手で顔を覆ってしまう。どうやら、言葉の刺激が強過ぎたようだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
一足先にクリスマスソングを聴きながら、気持ちを盛り上げて書いてます。クリスマスって、それだけで楽しくなってしまうの、魔法みたいで大好きです!
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