67「触り放題なんて……そんな、デミオン様、もっとご自分を大切にしてください!!」
「今日はどこへ行く? 娘、危ない身だと知りながら、よく出かける気になるな」
閣下の発言には、頬らしきところをむぎゅっと摘んで報復とする。
「あら、閣下はユルノエルのマーケットに興味はないのですね。精霊王様の第一席の臣下だと言うのに、陛下のご威光を確認するのはお仕事にならないのですか?」
「そ、そこまで言うならば、見てやらんこともないぞ」
「素直に見たいと言えばいいと思いますよ」
デミオンに頭をぽんぽんされて、閣下がふるりと体をゆする。どうやら嬉しかったらしい。元気になって、ウミウシ姿の胸を張る。
「うむ、偉大なる陛下の御為にも早く出かけるぞ!!」
今日は、閣下に説明した通り、ユルノエルのマーケットを観光するのだ。デミオンは外出経験がほとんどなく、だから王都のこの時期の名物であるマーケットも見たことがないという。
(それどころか、住んでいた領都のマーケットも見たことがないというんだもん。これは見せないなんて選択肢、ありませんよ!!)
わたしたちはコートに手袋。冬用のブーツで装備して、外出だ。本日は週末で、嬉しいことに風も落ち着いている。とてもお出かけ日和なのだ。
閣下がいつも通り、デミオンの肩にちょこんと乗る。ちなみに閣下は寒さとか暑さとか関係ないらしい。感じることは危機管理の都合できるが、あくまでも確認みたいなものらしい。だから、年中ウミウシ姿で問題ないそうだ。
わたしたちの付き添いで、ジルも冬用の防寒着で身を固めて背後に立つ。本当に婚姻したならば、ふたりきりで問題ない。しかし、お披露目もしていない身の上なため、今日もジルが一緒なのだ。
ジルは少し寒がりなので、首周りもがっつりマフラーでぐるぐるだ。靴下は三重履きしてるそうなので、外に連れ出してごめんなさいな気持ちになる。
(わたしは冷え性じゃないんだけど、ジルは大丈夫かな)
ジルのためにも、暖かくなる小物を見つけたら買っておこうと思うわたしだ。
そうして、毎度お馴染みの時間がやってくる。
馬車に乗り込んだ途端、わたしの腕にがしゃんと、手錠がなされた。思わず遠い目をしてしまう。否、現実逃避のために、視界が虚になる。
「これで、今日も俺が離れずにきっちり側にいられます」
「……はい」
「娘、どうした? 先程の元気はどこへ行った?」
「乙女には色々事情があるんです」
コートの袖で直接手錠は見えないが、鎖はどうだろう。今回もゴツくはない繊細なものだし、キラキラしてる小さな石付きなので、セーフな気もするような、しないような、だ。
しかも、壊れたりしないよう閣下の力で強化されている鎖だ。なんでも、百人引っ張っても大丈夫なつくりで、どこの物置だよと突っ込みたい。
(そもそも、百人に引っ張られるという事態が思いつかない。それ、どんな緊急時ですか!)
「リリアン嬢……そんな顔しないでください」
鎖の都合でわたしの隣に座るデミオンが、悲しげな眼差しになる。そうして、手袋に包まれたわたしの手を取るのだ。
「元気がないならば、俺の頬を触ってください。好きなだけ触っていいですよ? 今日は頬の日課を二回に増やしますよ」
それを聞き、ワキッとわたしの手が動く。
「そ、それは、本当ですか? では、行きと帰りにわたしがデミオン様のほっぺをなでなでしても、今日は大丈夫ですか?」
「ええ、リリアン嬢が触れたいと思うならば、好きなだけ触れてください」
「行きと帰り、それぞれですよ? 一日に二回もしてしまいますよ?」
「ええ、どうぞ。それに……お披露目も終え正式な夫婦になったら、もっと自由に触れるようにしましょうか」
「触り放題なんて……そんな、デミオン様、もっとご自分を大切にしてください!!」
それでは、猫にまたたび、犬に骨である。そんな出血大サービスが日常と化したら、わたしの欲望を抑えられる自信がない。
(朝昼晩と触ってしまう。いや、まず目覚めのなでてに、お早うのひとなで、さらにお出かけのなでなでとか、おやつのひとなでとか、お出かけのなでなでとか……止まらなくなってしまうやつだ!!)
わたしはあまりの幸福と、人としての自制との狭間で迷ってしまう。
「こ、これは……いけません。ケシカラン! ってものです! わたし、欲に耽って……ほっぺの触り通しになってしまいます。で、デミオン様、やはり一日一回にして、時々特別処置で二回に増やすとかしましょう」
「そうですか? リリアン嬢の好きにできるんですよ?」
「でも……」
「では、俺も時々貴女に触れましょうか? 交換条件なら、お互い様で平等でしょう」
「それなら……でも」
わたしはとんでもなく悩んでしまう。自他共に夫婦になったならば、確かにそれも大丈夫だろう。
「でも、わたしばかり良い気がします」
「俺はリリアン嬢を喜ばせたいので、全然構いません」
そうして、彼が悪いお顔でわたしを誑かす。
色々な感情を表せるようになった深海の瞳が、今も違う色をにじませてわたしを映す。
シャラシャラと、今日の鎖は繊細な音を立てて、彼に囚われ中だと教えてくれた。それでもわたしは目を逸らすことができない。
「……リリアン嬢だけの特別なんですよ」
そう告げたデミオンは、さらなる畳み掛けのためか、わたしの手袋へ唇で触れる。
指先を唇で食み、一本一本引っ張り、拘束を外していくよう。
彼の唇が手袋を咥える姿を見せつけられる。時折こちらを見、悪戯っぽくウィンクまでされて、わたしは頬が赤くなるのを自覚してしまった。
心臓が跳ねる音がしたのは、幻聴か。
彼はどこで、こんなお色気仕草を覚えてきたのだろう。
わたしはされるがまま、手袋を外されるがままだ。
「ほら、貴女のこの手で触れてください」
最後のひと食みで、指が抜ける。
気がつけば、わたしの片手は完全に素手になっていた。無防備極まりない。
その正面で、手袋を咥えた彼が艶やかに笑む。
シャランと鎖が揺れて、彼がわたしの素手を自分の頬に当てていた。
「──ね?」
吐息のような声に、わたしのどこかがきゅっとなる。
ギャー!! と、悲鳴を上げたわたしが、心の中でのたうち回った。
(だ、ダメ! 助けが、誰かの助けがいる───!!)
日に日に、デミオンの魅力が磨かれて、魔性さを孕んできている。歩く危険物になる日も近いだろう。
しかし、救世主はいた!
現実を伝えてくれる、渋イケボが割り込んできてくれたのだ。
「お前ら……出かける最中だぞ、程々にしとけ」
閣下のご忠告はもっとも。
ただそれ故に、直後、肩を回したデミオンによって落下の憂き目に遭ってしまったのだ。
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