7 「未亡人、ダメ絶対です!!」
ごめんなさい、謝ります。
わたし、ドアマット系ヒロイン属性、正直舐めてました。本当にごめんなさい。
まだ寝ぼけてた頭が、一気にシャキンとする。ジルに起こされたわたしは、実はいつもの朝よりも早めである。そのわたしよりも早いだろう彼は、いつから起きていたのだろう。聞くのが怖い。
「デミオン様は……その、いつお目覚めになりましたか?」
「俺ですか? 俺は恥ずかしながら、本日は日が昇ってからの起床です。普段は日が昇る前なのですが、今朝はゆっくりできました」
「ひ、日が昇る前……」
ヒュンと息を呑む。
それ、早くないですか? 明らかに早いですよね? わたしは思わず背後のジルを見る。彼女はわたしの気持ちを汲んだのか、頭を縦に振るばかり。
(ほら、やっぱり早過ぎる!)
「デミオン様! わたしは昨夜、ゆっくりたっぷりお休みくださいと伝えたと思うのですが……お寝坊しても良かったんですよ」
「ええ、ですから俺は寝坊させてもらいました。でもカンネール伯爵家の建物は、普段から綺麗にされているんですね。掃除するのに、それほど時間がかからなかったです」
さらに微笑んで彼は教えてくれる。
やはり、ちょっとこの一瞬は可愛いかも、と思ったわたしの油断を彼が突く。
「カンネール伯爵家はお掃除道具も素晴らしいですね。この箒も、モップも、チリ取りも、新品のようです! 節約のため侯爵家の道具は少々使い勝手が難しく、雑巾は穴があったり羽箒も羽根が抜け芯が目立つようになっていたので、使いやすさに感激しました」
「我が家の掃除道具を褒めていただき、ありがとうございます」
「備品の保管をしっかりされていて、伯爵家にお勤めの皆様は素晴らしいです。俺も見習いたいです」
わー、きらきらお目々が素直な子どものよう。本当に感心してるんですね。
いや、そうじゃない!
突っ込むべきはどこだ? 全てだよ!!
ライニガー侯爵家の掃除備品の状態も気になるが、やはりそこじゃない。
「この掃除道具、手入れを終えましたら俺がきちんと元の場所に返しておきます」
そんなデミオンの背後も右も左も、天井から床までぺかぺかに磨かれている。いつもお掃除してくれるハウスメイドの仕事もきっちりしているが、本日はそれ以上。まるで新築のお屋敷のようだ。
なんということでしょう! と懐かしの名フレーズを浮かべてしまったわ。わたしの婿殿、匠だったのですか。
朝日がやたらと眩しいのは、気のせいじゃなかったのですね。
「ちょっと、待ってください!! あ、あの、デミオン様、普段はどれだけ寝ていますか? わたし八時間睡眠をお約束しましたよね、間違えて、五時間ですよ! なんて、伝えてませんよね!!」
「ええ、リリアン嬢は八時間と言ってくれましたが、俺は体がとても丈夫な質なんです。三時間の睡眠で十分ですよ」
いや、ダメでしょう! その短時間で何とかなったのは、若さという時限魔法です。しかも後でツケが来るやつ。わたし前世のネットで知ってるから。そういう人が早死にするんですよ!!
かつて、好きな漫画家さんが早世した身としてはこれはアカン奴です。大好きな大好きな吸血鬼漫画、未完で終わった時の絶望を思うと、涙が今でも滲みそうだ。生まれ変わっても、ショックだった感情だけは記憶に残っている。
じとりと、わたしはデミオンを見た。
「……リリアン嬢?」
「デミオン様は、わたしを未亡人にするおつもりですか? まだ婚姻手続きも終えてませんのに、わたしを残してアルカジアの門を潜り、いと高き天宮の揺籠とへ還るだなんて許しません!」
アルカジアは理想郷だ。
魂の安寧が約束された場所。そこへ亡くなった者は還るという。天国や極楽みたいな所。だから遺族は皆、失われた家族が無事還れることを願っている。
そんな天国へ早々にお送りしてしまうなんて、絶対にしたくない。彼はわたしと一緒に大往生してもらう予定なのだ。子供と孫に囲まれて、良き人生でしたと逝きたいじゃありませんか!
「決して、そんなことを俺は望んでいません。俺は本当に丈夫なんです。何でもできなければ、侯爵家の長子として恥ずかしいと言われてきましたから」
「掃除ができない貴族の長子は、世に沢山いますよ」
なんなら、わたしもその括りに入るからね! 貴族の嫡男がすることではないね。
「その……リリアン嬢を悲しませたい訳ではないんです。俺は喜んで欲しくて、俺のできることをしたまでです」
「分かりました。わたしもデミオン様と同じ時間に寝起きするようにします! 婚約者ですもの、お手伝いしましょう」
「だ、駄目です! そんなこと、リリアン嬢がする必要はありません」
「あら、どうしてですか?」
「リリアン嬢が倒れてしまいます。病気になってしまうのでは?」
そりゃあそうだ。でも、誰だって同じなのを知らないのだろうか。わたしが病になるなら、当然デミオンにも可能性がある。
「デミオン様、わたしも同じ気持ちなのです。デミオン様自身がいくら体が丈夫と言っていても、倒れてしまうと心配します。不安になります。それに、人は休むべき時は休むべきなのです」
「……分かりました、リリアン嬢。では思い切って、五時間寝るようにします」
その真剣な顔に絆されそうになるが、わたしは無言で頭を振る。ここで甘やかしては、いつまでも不健康なままだ。
「八時間ですよ、デミオン様! 未亡人、ダメ絶対です!!」
「はい、俺は貴女を未亡人に致しません!」
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