65 「リリアン、どうか俺に繋がれてくださいよ──ね?」
更新のお時間、少し遅刻しました。
「閣下、このブレスレットではどうでしょうか?」
翌日、デミオンと一緒にやって来た閣下にアクセサリーを見せる。
場所は前回同様、我が家のお茶会用の応接室だ。お茶会用なので、他の応接室と違って室内の雰囲気が女性的だ。
その中にデミオンがいても違和感ないのは、やはり顔が良いからだろう。
(うーん、わたし日に一回は顔が良いと考えてる気がする)
仕方がない。もはや、デミオンの顔の良さは年中無休で、定休日がなくなってしまった。ならば素直にその良さを、今日もありがたく拝見するだけだ。
「石の大きさに関して、特に何も言っていなかったので、こちらにしましたが……ダメですか」
「いや、大きさは関係ない。そうだなぁ……娘、我輩らの特徴が分かるか?」
「傲岸不遜なところですか」
「ち、違う!! 誰が悪口を言えといった!!」
「それこそ違いますよ。悪口ではなく、事実です」
「なお悪いわ!!!」
くってかかる閣下の大口に、わたしは我が家特製のマドレーヌを押し込める。これは蜂蜜とレモンピールが入っていて、わたしの好きな味なのだ。
我が家のはコロンとした小型の丸いシェル型なので、閣下の大口にはぴったりサイズ。閣下も突然の甘味に、口をもぐもぐして黙って食べてくれる。
「精霊は『一途な思い』というのが好ましいという、定説ですか」
ごっくんした閣下は、デミオンの答えに深く頷く。
「そうだ。精霊は人の子の感情、特に何かに対して思いをひたすら傾ける……そういったのを好ましいと感じる」
「閣下、質問です! それは例えば、お金が欲しい!! 寄越せ、うおー!! って、お金に執着してる人もありですか?」
「あー……それな」
挙手したわたしの質問に、閣下がすごく嫌そうな顔をする。
「ありと言えばありだ。精霊による。だが、ほとんどの精霊はそうではないから、好かれはしないな。特に我輩はそのタイプは嫌いなので、却下だ」
どうやら、一途といっても好き嫌いがあるらしい。
「我輩は特に捻くれたものや、卑しいのは好かん!! それでいうならば……娘、このブレスレットに関わる思いは良いものだ。我輩は好ましく感じる。これはどういう事情でもらったものだ?」
閣下の目がほんわりして、ブレスレットを眺めている。角がとれて、丸まった石みたいだ。
「わたしの十才のお誕生日の時の、両親からの贈り物です」
もう十才なのだからと、お人形やぬいぐるみではなくなったのだ。大きくなっても使えるように、あるいは雰囲気を変えて楽しめるように考えたデザインにしたそうだ。
「成る程な。だから、このブレスレットには良い思いが込められているのか。これならば、我輩好みであるし、きっと娘を守るという守護の力ともよく結びつきやすく、馴染みやすい」
「それはどういうことですか?」
デミオンが尋ねる。
「よいか。我輩、精霊の力は適当に宿るものではない。其方たちがちょっとした灯りを使うためであろうとも、そこには心が求められる」
それは、精霊術師の資質みたいなことに関わるのだろうか。
「周囲を照らす光でも、誰かを包む明るさでも良い。思いがあれば、我輩らはそこに重ねて力を馴染ませることができる」
「つまり、灯るなと願われている場合、反する力は宿せないという訳ですか?」
「うむ、白百合のいう通りだ。あとは階位に影響される。我輩ならば、反しようとも宿せるが、それは良いものとはならないだろう。そして、失われやすい」
「閣下、それは粗悪品になっちゃうということですか?」
「頷くのに抵抗があるが……実際行えば、そういう品となるだろう」
「閣下でも上手く出来ないことがあるんですね」
「娘、いいか! 我輩は我が君の第一席の臣下だ、質が悪いとは言え、何一つ効果のないものとはならんからな!! それなりのものになるぞ!!」
「興奮する暇があったら、リリアン嬢のための守りを早く作ってください」
興奮した閣下だったが、デミオンに睨まれたのでシャキッとブレスレットの前に立つ。
それからは、とても幻想的な一瞬だった。
ウミウシ閣下の尻尾のような花形の触手みたいなものが光ると、同時に回り始めたのだ。撒き散らされるのは光の粉。それらは周囲を舞いながらも、意志があるかのようさわさわとブレスレットへ集う。
やがて、随分と綺麗な鈴の音が、どこからともなく響き渡った。わたしはつい周囲を見回したが、音は外からではなく粉のような光からだ。
ざわめきのように、ばらばらに鳴っていた幾つかの鈴の音は、やがて重なりひとつとなる。
合わせて、ブレスレットの石へと閣下の触手の光が移される。いや、吸い込まれるのだろうか?
集った光は蕾となり、花開き、そして消えてしまう。
残ったのは、光の粉ばかり。
けれどもそれも、空中へととけ、見えなくなる。
静かになった室内で、わたしは今見たものの美しさにぼんやりとした。
「よし、娘!! なかなか良い出来のものになったぞ!!」
気がつけば、閣下が私の前で得意満面だ。頭の方の角のようなものを伸ばして、ブレスレットを渡してくれる。
「これで、屋敷にいる分は大丈夫だぞ!!」
──ん?
わたしは首を右へ傾げた。
「閣下、これは常日頃から身につけるわけですよね」
「そうだぞ。娘、其方を守るものゆえな」
「では、なぜ屋敷限定な言い方に?」
「外に出る時は、白百合も一緒だろう。その時は、其方は白百合に繋がれるのだから、アクセサリー関係なく白百合の守護内だ」
「え?」
わたしはよく分からず、今度は首を左へ傾げる。
「つまり……言い方が悪いのですが、その、多分、俺の一部のような認識で守護の範囲内に入るため、ブレスレットは離れている時用の盾のような効果なんだと思います」
デミオンが説明してくれた内容を、わたしは考える。
(つまり、これは結界的な効果みたいなもので、屋敷内だと離れてるからわたしに金庫が必要で、出歩く時は側にあるから大丈夫な訳で……)
「閣下……つまり、わたしへ出歩く度に手錠をせよと仰っているのですか?」
「それはそうだろう。我輩の力が及ぶ範囲となれば、そうなる」
「ブレスレットを付けたら、手錠しなくてすむー! って、ならないんですか!!」
「ならんな」
「閣下、そこをなんとか!! わたしを助けるためだと思って!!!」
「我輩、白百合の味方だから、そうはならんな」
わたしは、ギギギと首をデミオンの方へと向ける。そこには色白の頬を染め、恋する乙女もかくやな婿殿の姿。
「リリアン嬢、大丈夫です。俺の所有する手錠は装飾用の石が付いているので、今と同じように守りの力を付与しました」
そっと彼が、労わるようにわたしの手を包んでくれる。
「これで万全の対策となりましたので、いつでも安心して俺に繋がれてください」
優しそうな面は、それこそ極上の微笑みだ。老若男女、赤ん坊から墓場に足掛けしている方まで満遍なく蕩けさせる微笑とは、まさにこのこと。
しかし、酷いことを言われている気がするのは、聞き間違いだろうか?
「デミオン様、紐じゃダメですか?」
何度でも、隙あらばトライしたくなるのは、仕方がない。常識という名の、心のわたしが囁くのだ。手錠はやめておけと、素人にはまだ早すぎる愛の手段だと告げるのだ。
「鎖で共にいるのは、お気に召しませんか?」
しかし、デミオンに悲しそうな顔をされると、グッと胸にきてしまう。
「書類上にすぎませんが、俺とリリアン嬢は婚姻した仲です。以前よりも確かな関係になったのですから、問題ありません」
何故そんな至近距離で、彼はいうのか。わたしの鼓膜はお仕事できる子なので、耳に吹き込まなくても言葉は届くのである。
問題なく伝わり、問題なくこちらの心臓を揺さぶってくる。
「リリアン、どうか俺に繋がれてくださいよ──ね?」
「ふ、……夫婦になったのですもの、鎖のひとつふたつ、関係ないですわ!!」
もはや、やけっぱちである。
(そうよ、どうせこのパターンですよー!!!)
「リリアン嬢の寛大なところ、俺はとても可愛らしく思ってますよ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
明日は、所用があり更新お休みします。
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