幕間 マリア・スコット男爵令嬢
「言われた通りあのお店に行ったら、あの女がいたのぉ。すごい、予言みたい!! マリア、驚いちゃったぁ!!」
そういうと、今流行りのふわふわとした髪型の令嬢が微笑んだ。身にまとうのは、目の前の男性が用意したドレス。
それどころか、髪飾りも、イヤリングも、ネックレスも素敵なものを贈ってくれた。それらを全て身に付け、彼女は自分の運の良さにうっとりとする。
マリア・スコットは男爵令嬢だ。
父は貿易商で、母はその商い先の国で見染められた異国人。この国ではない世界を知っている母は、マリアにとって誰よりも素晴らしく思えた。
大陸では恋愛が大切にされ、想い合うふたりが結婚できると聞く。そのために、魅力的であることがどれだけ大切なのか、それがなければ幸せになれないのだと、誰もが口にしない世の中のホントを教えてくれた。
だからか、マリアはこの国の偽善的で閉鎖的なところにずっとうんざりしていた。何しろ、異国の血を引くというだけで、見る目を変える連中がいるのだ。古いものが良くて、新しいものは敵とでもいうのだろうか。
それに加えて、新興貴族という立場も同じ。さらに男爵位で令嬢という肩書きを積み重ねれば、反吐が出そうなほど偏見に晒された。全く酷いものだ。
幼い頃は見えなかったその線引きが、成長とともに姿を現し、マリアに襲いかかった。
見目が可愛いのも、それに拍車をかけたのだろう。
同じ年の子爵令嬢には睨まれ、隣の男に色目を使ったなどといわれる始末。マリアには身に覚えのないことで、実際は勝手にあちらの婚約者が鼻の下を伸ばしたのだろう。
その責任を、どうしてマリアがとらないといけないのだ。
だからマリアはこの国の貴族が嫌いだ。
特に昔からある、三百年、五百年前から貴族をしていましたと顔に書いてあるような埃臭い相手はもっと大嫌いである。
けれども、マリアとて男爵の娘。さらにマリアはひとり娘なので、跡取りを得なければならない。しかも父がいうには、それなりの家の貴族が欲しいという。
そうすれば、新興貴族などという嘲りも鳴りを潜めるというわけだ。
(でも、父のお眼鏡に適う相手となると、難しかったわ)
何しろそれは、マリアの嫌いな古き良き貴族の令息というもので、家柄しか見栄えがない男のことだ。上辺で人を見下し、女であるからとやることなすこと全て軽んじてくる輩だ。
それでも、マリアは家のために我慢した。
(コイツら、あたしの婿になったら好き勝手できるって考えてるようなバカばっかり。きっと頭の中身はおが屑でも詰まってるんでしょうよ)
このくだらない男の内からひとり選べば、あとは好きにしよう。婿になればもうどうだっていい。人脈をひと通り搾り尽くしてしまえば、こっちのものだ。
どうせボンクラ過ぎて、種馬の代わりにもならない。正式に家を継ぐのはマリアの生む子供だけなのだから、別に相手が婿である必要もなかった。
(アランも、そう。あのバカ、ひとりで自分可哀想ですって顔した浅い男だったわ)
だからマリアは同情するフリをした。
望み通りに可哀想可哀想と口にして、煽っておだてればすぐになびいた。それでも婚約者の伯爵位には未練があるらしいので、その分お金があるとどれだけ楽しいのか教えてやった。
(でも、アランってばお金の使い方にセンスがないのよね)
ただ何も考えずに遊ぶだけ。彼は商売人にはなれないだろう。それでも育ちがマシなので、他の男よりはマリアに優しかった。
なにより、実家は伯爵家だ。しかもそれなりに歴史もある。何年も続く婚約者がいたが、すぐに結婚しないあたり程度のしれた仲なのだろう。
男をその気にできなかった女なのだから、それはもう悲しいほど魅力がない婚約者に違いない。
(でも、本当にあの女地味だったわ。流行りも追いかけないなんて、しかもちょっとお高く止まってる感じがダメよね。伯爵令嬢ですって態度で、受け答えもつまんないんじゃ、男は喜ばないわよ)
マリアは母という素敵なお手本が、そばにいた。どうすれば良いかなんて、母を見ていれば分かること。
(無邪気なおバカさんのフリして、可愛くしてなきゃ……そうじゃないって事は後戻りできない所でネタバレしてあげるくらいでいいのに)
男はバカなので、こちらも合わせてバカを装ってあげるのだ。その程度の演技もできないなら、結婚なんて考えない方がいい。
(……でも、あたしにも運が回って来たわ)
アランは実家で謹慎させられマリアに泣きついてきたが、伯爵家の良い息子でなくなった彼に用はない。商いをする家の婿に、悪い噂は迷惑だ。縋りついて面倒だったので、家の用心棒を使って引き剥がしたほど。
その後家を抜け出したことがバレて外に放り出されたそうだが、どうなったかなんてマリアは知らない。知ろうとも思わない。どうせ貴族のボンボン人生で、たっぷり今まで楽して生きて来たのだ。その分のツケがきただけのこと。
さっさと貴族なんて身分に見切りをつけて、庶民として仕事でも何でもすればいいのだ。
大体、他人の家で暴力沙汰を起こすなんて、愚かが過ぎる。
(地味女に嵌められたって言ってたけど、じゃあ嵌められないようすれば良かっただけじゃない!!)
「この間は大聖堂にいたんでしょう、あの子ぉ!! マリア、遠くからでしか見えなかったわ」
しかも、店で会った時同様、随分と見栄えする相手を伴っていた。まるで絵に描いたような貴公子で、背も高く歩くだけで美術品のよう。
地味女のくせに、何故あんな優良物件を見つけたのだ。思い出すと悔しくて、イライラする。魅力的であるために、マリアはいつも色々試行錯誤してきた。
それなのに、そんな苦労とは無縁の相手にしてやられたのだ、とても納得いかない。
「ねぇ、言う通りにしたら……マリアのお願い、聞いてくれるぅ?」
マリアはそういって、とっておきの顔をする。上目遣いで、少しだけ潤ませる奴だ。古典的でコテコテなのだが、王道はいつの世でも受けがいい。
相手は分かりやすく、少しだけ考えるフリをする。本当は二つ返事で了承するくせに、そうやってもったいぶる。
全く、身分と資産が揃う男となると、そういうところがウザく感じる。
(でも、利用できるうちは利用して、あたしに都合よくしてもらわなきゃ!)
貪欲さも我儘も、悪いことではない。マリアの母もそうだったから、父を捕まえたのだ。
毎日貢がれるのが当然だと思っている、どこかのお姫様とマリアは違うのだ。だから、彼女は美味しいご馳走を逃してしまった。笑うほどに哀れな顔だけ女。
今頃、城で地団駄を踏んでいるだろう。それとも、ショックで引きこもっているのか。噂じゃ、部屋の外に出られなくなったらしい。
(──あは、馬鹿な女)
「あの地味な子の相手が欲しいんだけどぉ、マリアにくれるって本当?」
問えば、相手は頷いてくれる。
「約束よ。……代わりに、言うことは聞いてあげるからぁ!!」
そういって、マリアは相手と小指を絡め、約束ごとを交わす。これで地味女の相手は、マリアのものだ。
そもそも、身の丈に合わない男を見せつけるのが悪い。誰もが指を咥えて羨む赤ん坊ばかりではないと、分からせる必要がある。
(賢しい口をきく女って、ホント嫌)
彼女の当たり前が、ある種の特権だと気がついていないくせに、そんなことすら知らないだろうに、生意気なのだ。
ふと、過ぎるのは母のいいつけだ。
小さな頃に聞いた、おとぎ話。
『小指と小指でする約束は、ちゃんとした相手じゃないとイケナイの』
『どうして?』
『だって時々、人じゃない相手が混ざっているからよ』
母は異国出身だから、聞いたことがないおとぎ話を沢山知っていた。例えば、人ではないものが親のフリをして子供を攫ったり、食い意地の張った生き物が誰かの心を食べてしまう話だ。本物そっくりの偽物の宝石を王様に売る話なんてのもあった。
母が語る人じゃないものはみんな綺麗で善良そうなのに、嘘つきで、平気で人間を騙すという。人間よりも実に人間らしい面を持つ。
でもきっと……あたしは間違えていないわと、彼女は思う。アランを通じて知り合った相手だ、間違いようがない。
マリアは最初と同じように微笑み、正面の相手を見た。
そこには大貴族、ライニガー侯爵の次期当主が整った顔で穏やかに笑む。
「ええ……私の哀れで憐れな兄上を、悪い女性から救ってくれるようお願いしますよ──マリア嬢」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ご感想、ありがとうございます!!
閣下の声のイメージは、ジョージさんか大塚さんかなと、思っています。素敵なお声ですよね!
人外の皆さん、絶対自分のとこが他よりマシ!!と思っている方たちなので、きっと自分以外はボロクソに言っていると思われます。
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