62 「し、白百合が、吾輩を『閣下』と呼んでいる!!!」
ちょっと本日は更新遅刻しました。、
「閣下、あれは何ですか!!」
帰宅したわたしはお茶の準備をジルにお願いし、空いているお茶会用の応接室でデミオンと歓談する旨を告げる。
実際は、わたしとデミオンと閣下とのお話し合いだ。
「大きな透明な手が見えたんですが、あれがわたしへの呪いの正体なんですか?」
書類上は夫婦ですという無茶でふたりきりにしてもらい、早速わたしは閣下に詰め寄る。
「……そのことなのだが」
デミオンの肩から降りた閣下は、テーブルの上でプルプルする。どうも口が重そうだ。
「言いにくいことなんですか?」
デミオンが閣下に尋ねる。
「……多分だが、人ではないものが関わっている可能性が出てきた。あの超巨手は、普通の人間に扱えるものではない」
「つまり、普通でないならば、できるということであってますか?」
さらにデミオンが問えば閣下が嫌そうな顔になる。
「そうだ。例えば……精霊を使役する。或いは別の存在の協力者がいる場合だな」
そこでわたしは、かねてからの疑問をぶつける。
「精霊術は、そういったものではないのですか?」
「吾輩らを使役など出来るわけがなかろう!! 精霊術とは、吾輩らが其方らに力を恵んでやっていて成り立つものだ。……そうだな、恩寵の白百合は精霊術を扱うことはない。その意味が分かるか?」
「閣下の言い方で考えると、デミオン様は精霊の愛し子なので……そうか、好きな子に恵んでやるなんて上から目線はないですね。むしろ、してあげたい! 命令してよ! な、お気持ちになるのでしょうか?」
「そ、そうだな。大体そんなところだ。吾輩らにとって、白百合は特別な存在なので精霊術など成り立たない」
それは知らなかった。
わたしのイメージだと、精霊と約束事をして力を使わせてもらうものだと思っていた。けれども実際は、精霊が上位者で下位である人間に施しとして、力を渡している。
「どの精霊とて、人よりは上位となる。だからこそ、使役などあり得ないのだ」
「だが、閣下の予想だと……精霊が使役され、リリアン嬢へ害をなした。そう考えられるんですね」
その瞬間、閣下が弾けたようにぴょんぴょん跳ね、四方八方に飛んでいく。何が起こったのだろう。
「し、白百合が、吾輩を『閣下』と呼んでいる!!!」
叫びながら、目をキラキラさせている。
「……そういえば、デミオン様は今まで閣下のこと閣下とは呼んでいませんでしたね」
「今回、リリアン嬢を助けてくれたので、呼んでもいいかなと判断しました。ですが、リリアン嬢の迷惑となる存在になるのでしたら、干物にして鳥の餌にしてしまいましょう」
笑顔でデミオンが、そう言い切る。
これは本気のやつだ。閣下の今後によっては、庭に来る小鳥の餌になるかもしれない。
「……吾輩、我が君の第一席の臣下なのだぞ」
「では、キリキリ今後も働いてください」
デミオンはピシャリとそう告げる。
これが飴と鞭なのかと思うが、途端しょぼくれてテーブルに戻ってきた閣下を見ると少し可哀想でもある。
「閣下、今日はありがとうございます。このクッキー、ナッツとレーズンがたっぷり入って美味しいですよ」
ジルに小皿もひとつ用意してもらったので、今回は閣下の分をお皿の上に小盛りで用意した。
(閣下、意外と焼き菓子好きよね。甘党で渋イケボとか、ウミウシじゃなかったらモテそう)
なんて美味しいギャップ持ちだ。
わたしの差し出したおやつに、閣下がまたうるりとする。
「娘、其方……思っていたより良い奴だな」
「……リリアン嬢、やはりこのウミウシは干物にしましょうか?」
その酷い言葉に、また閣下はピャッとなりしょぼくれるのだ。
「で、話を戻すぞ」
閣下の声に、わたしはこくこく頷く。今、お口にクッキーが入っているので声が出せないのだ。
「さっきまでの説明によれば、使役される筈がない精霊が、使役されているかもしれない可能性ですね。けれども、別の存在の協力者もいるとも言っていました。別の存在とは何です?」
「……精霊ではない者だ」
「それは、俺たち人間とは異なる存在のことですか?」
「そうだ。この国に我が君の恩恵が満ちているからこそ、吾輩たち精霊も人間へと施す。だが、海を超えればそこは吾輩らの管轄ではない」
デミオンの質問に、閣下が次々答えていく。
(あれ、でもそうすると……海の向こうって……)
わたしはごくんとクッキーを飲み込むと、急いで話に参加する。思いついたことをぶつけてみた。
「閣下!! じゃあ、この国以外のところには不思議な存在がいると言うことですか。ど、ドラゴンとか、ドラゴンとか?」
前世で読んだ小説に出てくる生き物が、この世界にもいるということだ。わたしは興奮してしまう。
「トカゲのでかい奴か?」
「いや、ドラゴンですよ? 竜ですよ?」
「だから、トカゲのでかい奴じゃろ!! 多分、海の向こうの山奥行けば、いるんじゃないのか? 吾輩、トカゲは好かないので、よう知らん」
ドラゴンはトカゲのでかい奴なのか。いや、閣下がそう思っているだけで、実は想像通りの格好いい生き物かもしれない。
(人型になれたりするのかな? 番とかいるのかな?
宝物とか持ってるのかな? 空を飛べたり、火を吐いたりするのかな?)
わたしはソワソワしてしまう。この世界に、そんな素敵な秘密があったなんて知らなかった。
「その、ドラゴンとやらを……リリアン嬢は愛玩動物に欲しいんですか?」
いきなりの質問に、わたしはまた口をつけようとしたカップを落としそうになる。
「で、デミオン様、ドラゴンは巨大な生き物だと思うので、愛玩動物は無理だと思います」
「白百合よ、トカゲのでかい奴は面倒な生き物なのでやめておけ! あれは思い込みが激しくて、会話するにもイライラするからな。あと、人間の女子供に惚れっぽいから気を付けておくべき生き物だぞ」
「閣下、素晴らしい助言ありがとうございます。それはとてもいけない生き物ですね。リリアン嬢は俺と書類上は婚姻した仲ですから、ドラゴンを愛玩するのは諦めてください」
いや、そもそもわたしは、別に欲しいなんていっていない。胸にあるのは子供並みの清らかさだ。怪獣を見て、わーきゃーする童心と同じなのだが、デミオンの目があんまり笑っていない。
爽やかな笑顔なのに、その猫うちでは飼えません! と、叱るママのよう。
「そ、そうですね。ドラゴンは会わない方がいいかもしれません」
なお、閣下はデミオンに褒められて感激して涙を流している。とても幸せそうだ。
「ええ、危険な生き物だと事前に分かってよかったです」
ちなみに、閣下の追加情報によると、ドラゴンは極々稀に、人間の婦女子を攫ってしまう厄介な個体もいるそう。そのかいあって、デミオンのドラゴンへの心象はますます悪くなるのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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