58 「えっと……新婚さんの予行演習だと思うのは、どうでしょう?」
あの騒ぎの後、人々に詮索されるのを避けるため、わたしたちは急いで場所を変えた。
本当はまだ作品をゆっくり見たかったが、それどころではない。
(デミオン様の作品も見たかったのに、後で改めてとなってしまった……)
多分、彼は初めて自分の意思で参加した催しだと思うのだ。それがこのわたわたで、見そびれるなんて悲し過ぎる。
(展示時間ギリギリに行って、しゅばっと見るとかできないかな)
入賞されているかもしれないと思うと、ますます惜しい気持ちがいっぱいだ。
(そうだ! 今日を記念日にしちゃえば良いのでは? 刺繍展お出かけ記念日とかにしてさ)
会場である講堂を抜け、デミオンと手を繋ぎながらわたしはそう考える。我ながら良いアイディアだと思う。
記念日は素敵だ。毎年お祝いできるし、思い出を積み重ねられる。来年、再来年と続けられるので、お楽しみが一度だけで終わったりしない。
「デミオン様、今日の思い出を記念日にしましょう!」
「……記念日、ですか?」
彼はいまいちピンとこないよう。
(そうか、この国記念日とかあんまりないもんね。祝祭とかはあるけど)
「二人の思い出を記念して、毎年お祝いする日です。とはいえ、ちょっとふたりでお話ししたり、お出掛けする感じなのですが」
どうだろう。これで意味が伝わってくれただろうか?
「つまり、毎年刺繍展に俺と一緒に行くという事ですか?」
「そう……ですね」
「では、俺はあまり目立たない作品を毎年出展しましょう。来年が楽しみですね」
あれ? そういう意味でいったわけではないのだが、そういうことで良いのだろうか?
わたしは首を傾げ、デミオンを見た。
「それでは、デミオン様が大変ではありませんか?」
けれども彼はにっこり笑顔で、むしろ嬉しそうである。
「いいえ、何も大変ではありませんよ。それより、リリアン嬢と毎年出掛ける日が出来て、俺はとても嬉しいです」
声を弾ませ、彼はいう。
「守る事が前提条件になっている約束はいいですね。楽しみに繋がりますし、生きる事に張り合いがでます」
「それは良かったです。わたしも、とても楽しみにしていますね!!」
わたしもにっこり、デミオンへと返す。
(だって、守られない約束ってなんなのよ! 普通、それは約束って呼ばないの!!)
彼のためにと思いわたしは幾つも未来を語って、先があると示してきた。けれども、こんな風なことを聞くと胸がぎゅっとする。
普通のことであるのに、それを特別なことと喜ぶ彼の今までが辛い。悲しい。どうしていいか、惑ってしまう。
(いや、迷わないんだけどね。それなら、代わりにわたしがこれから事あるごとに、守れる楽しい約束をすればいいだけなんだから)
ジャラジャラする鎖の音が残念な現実を伝えつつ、わたしはデミオンを見上げる。取るに足らないことでも、多くの約束をして、それを叶えよう。
「デミオン様、わたしもっとデミオン様と仲良くなれる約束をしますね」
それに、丁度良い季節がやって来る。
「まずは終わり月のユルノエルの祝祭を、我が家のみんなで過ごしましょう。約束ですよ!!」
一年最後の月、終わり月で王の月の年末の二日間は前世でいうところの大晦日と元旦だ。それをこちらではユルノエルの祝祭と呼んで、家族みんなで過ごすのが慣わしだ。
この二日間はご馳走を食べたり、特別なお菓子を食べたりして過ごす。この日だけ飲めるお酒もあるし、家の中も精霊王が好む白百合の造花を作り、リースにしてあちこちに飾るのだ。
そうして、一年間ありがとうの気持ちとまたよろしくねという気持ちを交わし合う。子供でなくとも、プレゼントを贈る風習もある。
だから街中はユルノエル商戦で大変賑やかで、きらきらしい。
(わたしの大好きな季節だから、デミオン様も好きになってくれると嬉しいな)
「……えっと、リリアン嬢。そ、その、それは……俺も、一緒にいても良いという事ですか?」
「勿論です!! わたしのお隣の席は、デミオン様の特等席ですからね。お断りされるととても寂しいです」
途端、ジャランと鎖が大きく揺れ、わたしはギョッとする。が、運良く周囲に人がいない。講堂から大聖堂への渡り廊下の中間で動けなくなったが、誰にも見られていないのならばセーフだろう。
何しろデミオンがしゃがんでしまったのだ。
「デミオン様?」
どうしたのだろう。お腹が痛くなったとか? それとも、反対にお腹が空いてしまったのだろうか。残念ながら、わたしは非常食になるお菓子は持っていない。
閣下がぴよぴよ頭上で跳ねだしたのを、デミオンが捕まえて放り投げる。
「何じゃい!! 吾輩、白百合が喜んでいるから、スキップして祝ったのだぞ! 祝祭を一緒に過ごすということは、もう家族と同じだからな!!」
柱にぶつかった閣下が跳ね返ってデミオンの背中に着地する。その様子と台詞を聞きながら、彼をわたしは見る。
「デミオン様、首が赤いのですが……」
「リリアン嬢が大胆な事を言うからです! ユルノエルを一緒に過ごすなんて……ふ、夫婦みたいで」
そろりと、彼がしゃがみながら顔を覗かせる。その目元も赤く、何なら耳も赤かった。
「えっと……新婚さんの予行演習だと思うのは、どうでしょう?」
それがトドメだったのだろうか。
「……し、しんこんさん!!」
目を見開き動かなくなってしまう。しばしデミオンが、思考停止に陥ってしまったのだ。
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