6 「はい、喜んでー!!」
「お母様、わたしの婚約者が本日決まりました! 一緒に喜んでください!!」
新たな婚約者デミオンを連れて、わたしは父と屋敷に帰った。何しろツーコンボ決めてきたライニガー侯爵家のタウンハウスなんぞに、彼の居場所なんて木っ端微塵で綿ぼこりよりも立場がない。
なので、比べると手狭だろうが、我がカンネール伯爵家のタウンハウスにご招待なのですよ。
デミオンのことに関しては、王太子殿下がきちんとしてくれるという。凄い、王族にパイプができたのでは? しかも、次期国王陛下になる方だ。
と同時に、ライニガー侯爵家へのペナルティーに関しては、渋い顔をしていた。ライニガーの領地は王家の金づるでもある。大陸への扉を持っている、かの侯爵家が反抗してくるのも困る話。最悪、大陸の勢力を連れてこようものなら、国を揺るがす大事件だ。いや、戦争かな。
だから王女殿下の嫁ぎ先にも指定されたのだ。孫大好きお爺ちゃんの先王陛下も、要所としてるから王家の人間を送らんとと考えてもいたはずだ。
でも今夜のやらかしの片棒を、王家の姫が担いでる。人によっては、唆したのが王女殿下側と思う貴族もいるだろう。よって片方に重い罰を与えれば王家の求心力を脅かす。軽過ぎてもまた同じ。舐められるわけにもいかない。
痛み分けとするなら、ライニガー侯爵あたりが息子を謹慎させるとか何とか言って、王女殿下もそうしましょで終わらせそうなんだよね。バランスって難しい。
「まあ、リリアン!! その素敵な殿方はどちらかしら?」
ごめん、お母様。うちの執事の体格が良過ぎて、背後に隠れてしまったようです。執事のハリーは巨漢で執事に見えない執事ですもんね。でも変な輩を追い払うのに、彼ほどの適任はいないのです。
「こちらです、お母様。こちらの殿方が、わたしの婚約者となる……デミオン様です」
「ご紹介に与りました、デミオンと申します」
「まあ、ご丁寧に。ですが、デミオン様はただのデミオン様でしょうか?」
母の目が、キラリと光る。
「お母様、デミオン様は元ライニガー侯爵家嫡男のデミオン様なのです! ただ、一言では言い表せない深い事情がありまして、現在のみデミオン様なのです」
「分かりました。ロナルド、貴方もこの件に関してわたしに説明願いますわ」
母が父の名を呼ぶ。その目は相変わらず光っており、隠し事や誤魔化しなど許さぬよう。父には頑張って、母に説明して欲しい。
わたしも支援するから、納得してもらおう!
「分かりました。デミオン様は、侯爵家嫡男の座を追われ、廃嫡除籍とされたのですね。それで、前侯爵夫人の子爵位を襲爵なされると……」
円卓を囲み座る中、母イーディスが息をつく。僅かに陰るのは、やはりこの話を良くは思っていないからなのか。
食後の団欒に使用するファミリールームで、わたしたちは話し合っていた。主に父が母に説明してくれたのだが、やはりダメなのだろうか?
「お母様、わたしはデミオン様が良いのです! こう申しては何ですが、一方的に婚約破棄してきたホール伯爵令息よりも、ずっと誠実なお人柄だと思うのです」
「……リリアン、貴女はホール伯爵令息にも似通ったことを言っていたのよ。まあ、デビュタントしたばかりだったし、ちょっとお行儀の良い殿方を見るとそう感じてしまうのも、無理ないのだけど」
そうでしたっけ? はあ、でもそうだったような気もする。なにしろわたしは、前世で年中無休で彼氏いない歴を更新し続けた女。男を見る目が、養われてるはずがないんだ。
新卒で就職して、きゃっきゃして恋人欲しいなと夢みる女の子してたんだけど、思ったよりも難しい色恋沙汰にわたしは早々に退場してしまった。
(ごめん、つい二次元にも足出して沼ったり、干からびたりしてたから……転生してもそこが培われてないんだよ)
「わたしは前侯爵夫人は存知上げないのだけれど、現ライニガー侯爵夫人は少し知っているのよ」
「どのような方なのですか?」
「そうねえ……一言で言うならば、面倒そうな方かしら? 彼女はきっと、前侯爵夫人を快く思っていないわ。まあ、だからデミオン様もご苦労されたと思うのだけど」
「ああ、現侯爵夫人はお綺麗だけど、雰囲気がどうも苦手かな。僕も。うちは伯爵家だし、あちらと領地が近いわけでもないから、そうそうご挨拶伺いなんてないんだけど、夜会で遠目で見るからね。華やかではあるよ」
「そうね、綺麗な大輪よ。その根まで美しいかは分からないですけど」
侯爵夫人なんて、わたしもまず会わないな。噂でしか知らないし、噂も世代が違うから分かんないんだよね。
「お母様はわたしが面倒な方に目をつけられると思っているから、反対しますか?」
「できたら、問題が欠片もなく、石や窪みのない整った道を歩いて嫁いで欲しいと思っているわ。だけど、それがとても贅沢な願いだとも知っているの。生きていれば、大なり小なり面倒ごとが起きるでしょう。親というのは庇いたくとも、それを全て庇ってあげられることもできないの」
「カンネール伯爵夫人。よろしいでしょうか?」
デミオンが母の方を向く。
「今の俺では、何と驕った身の程知らずの若造とお思いでしょう。けれども、俺は俺自身を信じてくれたカンネール伯爵令嬢へ報いたいと思います。そのために、出来うる限り彼女を守るつもりでいますし、その先にかつて家族だった相手と敵対するとしても、怯まず盾となるつもりです」
「これは随分と大きなことを言う、婿殿だね。僕の役割を奪ってしまうのかい?」
「貴方……今からそんなことを言っては、この先もちませんよ」
父と母が顔を見合わせる。
何だか目と目だけで会話してるみたい。いいな、二人とも想いあって信頼してる夫婦って感じで、普通に憧れる。
「リリアン、わたしは貴女の判断に委ねるわ。確かにホール伯爵令息の時と同じようだと思ったけど、彼と今回の彼は違うようね。まず間違いなく、ホール伯爵令息ではこんな台詞言わないでしょう」
「じゃあ……お母様良いのですね!!」
「ええ、今度こそ上手くいくことを祈ってます」
やった! やったよ!!
大丈夫、わたし彼氏いない女だけど、今度は考えてるんだ。それに彼は前と違うと信じられる。
宴からの帰還なので、話が終わる頃にはもう遅い時刻となっていた。廊下で、わたしとデミオンはお別れだ。
側にはボディガードのような、逞しい執事のハリーが直立してる。わたしたちは年頃の男女なので、ふたりきりにはなかなかなれない。クソ野郎アランとのドーナツ屋だって、個室には店付きの給仕係が壁面に控えているものだ。
(あら、そうすると……わたしの婚約破棄って、ちょっとした公開処刑みたいなものなんじゃ! あの店行ったら、あの人婚約破棄されたあとにプロポーズを見せつけられたのよって、プークスクスされたらどうしよう)
思い出し悲しみのわたしは、しばらくベニエの店には行かないと誓う。食べたい時は使用人にお願いして、買ってきてもらうのだ。
執事のハリーの巨体の影で、わたしは彼に微笑む。
「デミオン様、ありがとうございます! 母を説得してくれて」
「いえ……説得などと言うものではありません。あれは今の俺の本心です。貴女は信じてくれると言った。ならば俺はその気持ちに応えたいですし、報いたいです」
ほら、やっぱり彼は凄く良い人だ。そして真面目で、信頼に足る相手だよ。まだひょろひょろだけど、明日からはわたしが腕によりをかけて健康にするんだ!
デミオンの今は白髪だなんて思われそうな髪だって、やつれた目元も、本人並みにくたびれた残念な衣装とだっておさらばですよ。体が整ったら、うちが贔屓にしてる仕立て屋行って素敵な衣装をてんこ盛りに作ろう。
「デミオン様、ここを安心できる家だと思ってくださいね。わたしは二言のない淑女ですから、どんな困難という名の断崖絶壁もふたりで登り切る所存です!」
「俺も、カンネール伯爵令嬢に相応しい人間となりましょう」
「……あの、デミオン様。デミオン様はもう、我が家の婿殿確定ですから、その……わたしの名前を呼んでいただきたいな、と」
「……そ、それは、失礼しました。その、俺がお呼びしても大丈夫ですか?」
「はい、喜んでー!!」
つい、どこかで聞いたフレーズが飛び出していた。わたしとしたことが、雰囲気ぶち壊しと思ったんだけど、デミオンにはそうじゃなかったらしい。
顔にじわじわ滲むものが、嬉しいものだといいな。彼の瞳が柔くなり、小さな声でそっと紡いでくれる。
「リリアン嬢」
「はい、デミオン様」
なんか、イイ!!
とても大切にしてもらってる気分になる。これが恋かはまだ未定だし、デミオンもそうだろう。だけど、信じる心は愛への第一歩に繋がるもの。仲良し夫婦の始まりだ。
「本日は色々あってお疲れだと思いますから、ゆっくりたっぷりお休みください。朝寝坊しても、全く全然大丈夫ですからね! デミオン様のそのクマが消えるような、のんびりとした生活をしてください」
「ありがとうございます。リリアン嬢も、どうかゆっくりお休みください」
けれども、正直まだわたしは分かっていなかった。デミオンの今までの頑張りと、その日常を。想像すら、ちゃんとしてなかったのだ。
その結果、翌朝いきなりだ。わたし付きとなっている侍女ジルに、叩き起こされる羽目になる。
「お嬢様! リリアンお嬢様! 起きてください、お願いいたします!!」
「……ふぇ?」
「起きて、起きてください! ヨダレは後で拭きましょう。ああ、二度寝しないでください、本気のお願いなのです! 婿様の一大事なのです!!」
彼女曰く、デミオンを止めて欲しいとのことだ。
え、何それ? デミオンは酷いこととかしない、優良物件な婿殿だよ。訳が分からないまま、朝の身支度開始。あれよとドレスを着付けられ、寝ぼけ気味の顔を整えられ髪までバッチリだ。
そして、ぐいぐい推し進められた廊下の先には、笑顔の婿殿(確定)だ。
「お早うございます、リリアン嬢。本日も良い一日が始まりそうです」
「……デミオン様は、一体何を?」
「俺は、いつものように朝の仕事をしたまでです。でも少し寝坊をしてしまって、リリアン嬢のお言葉に甘えてしまいました」
ぽやんと、頬がほんのり染まる。
おおう、恥じらうところはそこじゃないです!!
何でハタキに箒にモップや雑巾と、あれこれ掃除用具一式を背負っているんですか? 千手観音かな? 修学旅行先の三十三云々っていうお堂ですか?
美形な殿方が背負うのって、古典漫画ならばっさばっさの薔薇の花束で、そうじゃなければよく分からないイイ匂いとか、キラキラするイケメン胞子じゃなかったっけ……。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。