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53 「わ、わたし、今日は鎖だった。ドン引きされないよう、悟られないように過ごすんだった」

数分、更新時間遅刻しました。



「リリアン嬢は、どの作品がお好みですか?」

「そうですね……、とても素敵な作品が多くて迷ってしまいます」


 デミオンに寄り添いながら、わたしは展示されている刺繍を見て歩く。

 講堂は天井が高く、開放的な造りらしい。大聖堂と同じく白い建物で、それは中も同じだった。大きな衝立で幾つか区画分けし、作品を飾っているようだ。


 とにかく人が多い。けれども夜会とはまた違った雰囲気がある。人々の興味は確かにデミオンに集中するが、やがてまた刺繍へと戻っていく。彼らの最も気惹くのは展示作品なのだ。

 立ち止まり、作品を興味深く眺め、また隣の作品へ。緩やかに進む人々の流れに添い、わたしたちも次の区画へ向かう。

 ついでに、迷子にならないよう気を引き締める。


(……手錠して良かったなんて、ちょっと思ってしまうなんて悔しい)


 そんな気持ちも貼付して、わたしはデミオンにくっつく。添えられた手をしっかり握った。それが嬉しかったのだろうか。


「俺はちゃんと隣にいますよ」


 と、まなじりを微かに染めて彼がいう。


「リリアン嬢を離しませんから……もう片方も繋ぎますか?」

「それでは、もうエスコートになりませんわ」


 仲が良くても、右手も左手も両方握っていたら、やり過ぎを超えて滑稽でしかない。


「このままで十分です。わたしたちは誰が見ても、お似合いの仲良しさんになってますから」

「……そうですね」


 やはり、何かが嬉しかったらしい。デミオンが弾んだ声で「リリアン嬢が一番素敵です」と、褒めてくれる。


 どういう心境かは分からないが、褒められて悪い気はしないのでわたしは微笑んで返す。途端、きゅっと彼の方にまた引き寄せられてしまった。


 そうしながら、わたしたち周囲の展示作品を見ていく。


 ここはクッションやコースター、ランチョンマットにナプキン。身近なものが多い。作品に添えられている題名と名前から、貴族以外の方の手によるものだと察する。

 単色の刺繍ばかりだが、丁寧に作られている。伝統的な図案もあれば、オリジナルのものもある。


「可愛らしいですね」


 わたしが声をかけたのは、寄り添う鳥の図案のものだ。クリーム色の光沢ある布のポーチに、同系色で寄り添う小鳥が刺されていた。


「リリアン嬢は鳥が好きなのですか?」

「鳥というより、可愛いものが好きで、特にこの子たちはぴたりと寄り添っていて可愛らしいなと」

「では、今の俺たちもきっと可愛らしくなってますね」


 「この小鳥たちと同じですから」と、デミオンが耳元で囁く。わたしの鼓膜はどうも良い声に耐性がないらしく、顔が赤くなってしまう。


 ぶんぶんと彼を振り払いたくなったが、ジャラッとした鎖の音に気が引き締まる。


(わ、わたし、今日は鎖だった。ドン引きされないよう、悟られないように過ごすんだった)


 キリリと顔も引き締め、わたしは次々と展示品を眺める。ついでに母から教わったように、知っている名前を見たら覚えようとする。


 わたしが今見ている区画は額に入れられた作品が多い。これら額装されているのは額ごと出展しているから、貴族の作品だと分かる。それに、各作品には必ず前に名前が付いているので、わたしに大変優しい。


「こちら側は、大きな作品が多いですね」


 大作が多く、華やかなものが目立つ。鮮やかな刺繍糸を惜しみなく使い、美しい作品を同じく美しい額でもって彩る。

 絵画と見紛うものもあり、図案も風景や花ばかりだ。


 その中でも、一際美しくも生き生きとした作品があった。サイズも大きく、ドア一枚分に近いほど。わたしはあっという間に目を奪われる。


「こちらの庭をかける子どもたちの作品は、とても素晴らしいですね。刺繍というよりは、油彩画みたいです」


 デミオンが添えられた作品名と名前を確認し、わたしに説明してくれる。


「ラドクリフ伯爵夫人の作品ですね。伯爵夫人は刺繍の名手として、国内でとても有名な方です。俺も噂は聞いた事があります。特にリリアン嬢が言った通り、油彩画のような独特の刺し方なんです」

「不思議です。まるで筆で描いたよう。それに今にも子どもたちの声が聞こえてきそうです。歌を歌っているのかしら? 皆、手につないで楽しそう」


「きっと、楽しく花園を散策しているのでしょう」


 その刺繍は本当に、特別だった。他よりも、一歩二歩の差ではない。圧倒する存在感で抜きん出ていた。


 図案は花咲く庭を歩く子供たち。男女複数名が手を繋ぎ、まるで歌うような笑顔のまま、常春を渡る。写実的かと問われれば、そうではないと首を振るだろう。

 しかし、刺繍の中の子供たちはみな生き生きしている。見ただけで、彼らがどんな子であるかも想像できるような、リアルさもあるのだ。


「伯爵夫人は幼少の頃、絵画を学んでいたそうですよ。その経験を、刺繍にも生かせないかと試行錯誤し、今の作風へとたどり着いたと言われています。ラドクリフ伯爵夫人の作品はとても人気があり、現王妃陛下のお声がかかるほどとお聞きします」

「では、伯爵夫人は今年の最優秀候補ではありませんか?」

「ええ、今までは一歩及ばす次点で甘んじていましたが、今年はその実力に相応しい地位に輝くと思います」


 その台詞に、わたしはどう返していいか惑う。


(多分、今まで最優秀に選ばれていたのは、彼の作品で、ライニガー侯爵夫人の名前だっただけで、紛れもなく彼の刺した物だったはず)


「デミオン様は……その、今回は」


 わたしの言葉に、彼は微苦笑した。


「俺の事なら気にしないでください。毎年ね……言われて渋々やっていましたが、好きでしたことではありませんから。解放されて気楽ですよ」


 それを示すよう、彼が大きく息を吐いた。


「年々、凄いものを大きく作れ、もっと凄いものでもっと大きく作れと無茶ばかり言われていましたし」


 それはご愁傷様で、ご苦労様です。


(大きければいいってもんじゃないと思うし、素人ながら)


 あれかなと思う。前の世界で見た、年末の歌番組。そこで毎年舞台装置に凝る歌い手さんがいた。彼女はいつも終わったと同時に来年のことを考えると、インタビューで答えていた。


(それと同じなんだろうな……うわー、大変そう)


 そこから解放されたならば、賞とか関係ない気がする。


「寧ろ、こうやって心を傾け、真摯に向き合ってこられた方が選ばれるほうが、俺としても嬉しいです」


 デミオンが伯爵夫人の作品に、顔を戻す。その横顔は純粋に美しいものを見つめるものだ。


「それに、見れば見るほど美しいと思いませんか? 今にも動き出しそうな子供の姿に、瑞々しい花々。人伝てに聞きかじった知識ですが、絵というのは面でとらえるんだそうです。スケッチなどを見ると、素人としては線を描くと思うじゃないですか? ですが、違うらしいですよ」

「……少し分かる気がします。ほら、私たちは立体ですから……多分、沢山の多面体みたいなものかもしれません」


 というのは、あちらの美術の先生がいっていた気がする内容だ。スケッチの授業で箱を描いた時に光と影の話になり、似通ったことを聞いた気がする。


 光が当たるとひとくちにいっても、眩しい箇所もあれば、普通の場所もある。それは影となるところも同じで、とても暗くなる箇所があれば普通に暗い場所もあるという。


(だから、先生は……ええっと、そうして四段階くらいにすれば、物がより立体的に見えるとか、いっていたんだっけ?)


「なるほど。そうですね、俺たちの体は立体で、多面体だ。リリアン嬢の鼻も、いろんな面を持つ立体ですね」

「なっ!」

「愛らしいと俺は思ってますよ。貴女を形作る愛すべきところだと」


 口付けするほどの距離で微笑まれ、わたしはまた顔に熱がいく。どうしてだろう。

 彼と過ごすと、どんどんデミオンに対する免疫が、減っていくようだ。平気だったことが、平気ではなくなるよう。

 それはそのうち、どうなってしまうのだろう。

 わたしが口を開くその前だ。

 展示会の更なる流れの先、先頭の方の区画が騒がしくなっていた。何事だろう。

 


「何ですってぇ───!!」


 

 見知らぬ夫人の金切り声が聞こえてきた。

 一緒に、わたしの隣で「これはこれは……」と、デミオンが何かを堪えるように呟く。

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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