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52 「貴方の笑顔がとても嬉しくて、それが明日も明後日も、何年だろうと続くことを祈りたくなりました」

 

 

 秋の刺繍展は、身分関係なく楽しむイベントだ。大聖堂に隣接された講堂が開かれ、そこへ国中から出展された作品が集う。

 我こそはと、腕に覚えある方々の刺繍なので見応えが違う。だからだろう、多くの人たちが閲覧にやって来ていた。


「本日は最終日ですから、作品を出展した方が優先で入場できます」

「まあ、そういう決まりがあったんですね」

「ええ、それに最終日には投票結果が発表されますから、一番混むそうです」


 ちなみにジルは、使用人控え室でお留守番だ。講堂の収容人数に限りがあるためだと、入り口で説明された。


「デミオン様が、今年作品を出展されていたなんて……わたし知りませんでした」


 そうなのだ。

 受付でデミオンが作品名を告げたので、わたしたちは出展者枠で入れたのだ。


「提出期日まで時間がなかったので大きな作品は無理でしたが……どうしても作りたいものができてしまって」

「拝見するのが楽しみです」

「ええ、是非見てください。それに最終日は出展者枠でなければ、入場が厳しいそうです。俺もカンネール伯爵夫人に教えていただき、初めて知りました」


 わたしたちは大変仲良しな婚約者の如く、ぴったり隣同士で移動している。講堂内はやはり人が多く、それが寧ろありがたかった。わたしが人を避けるために彼にくっついていてもあまりおかしくない。


(だけど……周囲からやたらと見られているような……)


 キョロキョロなんてできないので確かめられはしないが、思っていたよりも人の目を集めているようなのだ。


「どうしました、リリアン嬢?」

「……その、想像以上に見られているような気がして」

「ああ、貴女が愛らしいからですね」

「ありがとうございます。でも、答えは違うと思いますわ」


 出展者中心ということで、圧倒的に女性が多く、ご年配寄りではあるが親子揃って来場した人もいる。年若い令嬢など、大変分かりやすい。彼女らの視線の先は、ただひとつ。


(……デミオン様になっちゃうよねー。分かる)


 わたしがその他大勢で来たとしても同じだ。吸い寄せられるように、眼差しを向けてしまうだろう。こんな方がいたのかと、こんな美しさがあるかと、一挙一動をつぶさに見てしまう。


 今のデミオンには、かつての貧相さなど全くない。それどころか、どこの名のある貴公子かと皆が考えるだろう。

 誰もが家名を頭で検索し、どこかの御曹司ではないかと想像するはずだ。


(閣下が肩にいるから、わたしにはおちゃめにも見えるけど……他の人に見えないしね)


 珍しいプラチナブロンドは艶々と輝き、背に流すほどに長い。顔立ちは完璧な左右対称で麗しく、その上人当たり良さそうな穏やかさも兼ねている。

 長いまつ毛が彩るのは深海の瞳。何を思っているかうかがえぬほど深く、ミステリアスな眼差しは色香を伴うもの。

 長身で、腰の位置も高い。理想を描いた美丈夫だ、目立たないわけがなかった。


 それでいて、装いはわたしに合わせ上下とも紺色だ。誰が見ても、わたしたちは婚約者かそれに準ずる関係に見えるだろう。

 わたしのドレスの花柄に似通った色で、デミオンの衣装にも刺繍が施されている。また彼のタイの色はわたしの瞳を模した色。髪を縛るリボンも同色なので、表面的には相思相愛なふたりとなっていた。


(割り込むには分が悪いと言うか……反対にみっともないと言うべきか……そんなところだよね)


 今日、紺色をお薦めされたのは、このこともあるのだろう。


「俺がそばにいるのに、考え事ですか?」


 デミオンがわざとらしく拗ねて、わたしをより自分へ引き寄せる。

 近くにいただろう若い令嬢が三人、それを見て憧れの目を向けていた。頬を上気させうっとりとしている。

 きっと夢見る光景に違いない。わたしとて同じ年頃なら、心ときめかせただろう。


(あちらの世界で見る、溺愛小説の表紙みたいな構図だもんね)


 自分もデビューしたばかりなら、こんな魅力的な殿方にエスコートされたいと願うはずだ。一度は妄想してしまう。


「……わたし、デミオン様のことを考えていました。とても素敵過ぎて」


 だから、隣を明け渡すのが怖い。


 嫌だと首を振る自分が胸にひそむ。それを傲慢だ強欲だと非難する己もいる。表裏一体で、わたしはクルクル回るカードのよう。

 そんな不安な頭に過ぎるのは、夢のような今が壊れてしまう瞬間だ。


(こんな時に考えることじゃない……だけど)


 誰かの幸せは、やはり誰かの不幸せだろう。

 誰かの正解は、やっぱり誰かの不正解なのだ。


 この世界は可能性がぎゅうぎゅう詰めで、日々生まれている。

 どれかを選べば、他全てが失われる。

 生きるのは、いつだって何かを手にし、何かを取り零す繰り返しなのだ。


 わたしは正ヒロインが現れたら、どうするべきだろう。早く方針を決めておかないといけない。


(……マリア・スコットは、取り上げられると言っていた。なら、彼女はこの世界のことを知っているのだろうか?)


 時間の問題だとも、彼女は口にした。


(やっぱり、どこかに主人公ヒロインがいるんだ……)


 パッケージ、もしくは表紙に描かれるのは、その相手なのだろう。わたしではない他人の誰かだ。


「俺の事を考えていたわりに、苦しそうですね?」

「……デミオン様が大切だからです」


 だから、最良の選択をしなければ。

 見上げ、彼の深海の瞳を見つめる。わたしを映してくれる、瞳を見つめ続けた。


(もし、もしも……物語の矯正があるというなら、わたしはこの手を離す必要がある)


 修正されて、書き換えられて、彼の目がわたしから去るのならばよりいっそう。潔くデミオンを諦めるのだ。


 大切な人の幸せを喜べる人でありたい。


 わたしの読んだ物語の主人公は、皆想う相手を大切にしてきた素敵なヒロインたちだった。だから、わたしも彼女たちを見習おう。


「貴方の笑顔がとても嬉しくて、それが明日も明後日も、何年だろうと続くことを祈りたくなりました」


 どんな結末がやって来ても、わたしは貴方を祝福できるわたしでいるよ。


 どうか、それまでは──、


「……デミオン様は、わたしの大事な婿殿ですから」


 そう、想い続けさせて欲しい。



 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。



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