51 「確かに……紐の縛りで愛を深める方々もいるとは聞きますが、俺はなにぶん初心者なので……」
本日も短めです。
──ガッシャン
我が家の馬車の中で、とても残念な金属音が響き渡る。
「これで、リリアン嬢も安心して刺繍展を楽しめますね」
(うわーい、感動が台無しだよ!)
わたしは、わたしの手首を戒めた無情なる金属と、それを成した婿殿(仮)を眺めた。
(デミオン様に……ちょっと庇護欲高まったのが間違ってました)
「あの、これは……紐ではダメなのでしょうか?」
「紐では切れてしまいますよね」
「いえ、やはり紐でも……大丈夫なのでは?」
揺らがない笑顔へ、わたしは食い下がる。
それから、元のウミウシに戻ってデミオンの肩にいる閣下を示す。閣下の守護のお裾分けみたいな物なのだから、紐でも何とかなると思う。
わたしは最後の悪足掻きをしてみせる。手錠というハードルの高さに比べれば、紐のひとつふたつ、どんと来いだ。
「紐ですとお手軽ですし、重さもありませんし、紐なら見られてもそれほど奇異な視線に晒されずにすみますよ」
「確かに……紐の縛りで愛を深める方々もいるとは聞きますが、俺はなにぶん初心者なので……」
え、そこで言葉を濁さないで! まるでわたしが、特殊な嗜好を抱えた人のようではないか。デミオンに目を逸らされ、わたしは焦る。
妙な憂いの横顔で且つ顔も良いからか、真実味がボリュームアップだ。分厚い歴史書の如く、もっともらしく語りかけるよう。
(ほら、ジルが自分何も気にしてませんけど? って、手振りでアイコンタクトしてきてるじゃないですかー!!)
やめてジル、お嬢様にそんなご趣味が! なんて、意味深な視線。わたしは侍女に大変な誤解を受けている。
「結ばない分、手錠の方が手軽だと思いますよ。それにもうかけたので、今更変更するのも難しいかと」
ジャラッと音する金属の重みが、わたしへのプレッシャーになる。
(だけど、これを見られたらわたしの貴族人生真っ逆さまでは……?)
プークスクスの比ではない。ごく当たり前にドン引きだ。わたしでも見てしまったら、そうする。関わり合いにならない。いや、なりたくない。
(わたし、今、人生の大事な岐路に立たされている!)
「この手錠の鎖ですが、飾り細工にも見える装飾的な物にしたんです。頑丈な物もありますが、リリアン嬢が身につけるには無粋ですからね。女性にも似合う物にしたくて、選ぶのに時間がかかりました」
俺頑張りました! って顔していう台詞ではない。頑張るべきは、別なところでも良かったんですよと、指摘したいわたしだ。
(というか、手錠って専門店とかあるのかしら?)
ニッチな世界過ぎて、覗き見もしたくない。想像にプルプルと首を振り、払いのける。それよりも、こうなったら肯定的に考えよう。
(確かに、よく見ればこの鎖丸みを帯びて、円が四つくっついた花の形だ。こ、これなら、アクセサリーです! と、言い張れるかもしれない)
とても前向きに無茶を考えるわたしの向かいで、まるで「無理ですよ」と語るように、過剰な瞬きするジルは正直者だと思う。そして酷い。
たが、こうでもしないと、わたしはやっていけない。
「今日のリリアン嬢のドレスには袖にレースが付いていますし、分かりませんよ」
「繋がっているの、丸分かりになりませんか?」
「ずっと俺の傍にいてくれれば、問題ないです。貴女は鎖細工のブレスレットをしているだけ。ほら、こちらにも同じ鎖をつけておけば、お揃いでしょう?」
そうして反対側の手首へも、わたしは同じ鎖仕立てのアクセサリーを付けられた。
「念の為、これには小粒の精石を付けてもらってます。日数の都合でオーダーメイドとはいかないので、出来合い品ですが」
少し悲しげな顔をデミオンがする。
眉が下がり、煌めく深海と相まって、わたしの胸にくる。別に上目遣いされているわけではないのに、濡れてべそべそになったワンちゃんのよう。
「髪飾りは、俺が加護を欲張ったので今日に間に合いませんでした。ですが、リリアン嬢には俺の贈り物を身に付けて欲しかったので……」
美人の哀しげな顔は卑怯だ。こう、ムズムズと湧き上がるものが、わたしを焚きつける。
「この手錠とブレスレットでは、……駄目でしょうか?」
「ダメじゃないです! わたし、この手錠が最高に似合う淑女になりますわ!!」
手錠と鎖がなんぼのもんじゃーいっ!! っと、関西弁で啖呵切ってしまう心地になってしまう。
ばいーんと胸張るわたしにあわせて、鎖がジャラジャラするが気にするものか。最早退路なし、目の前には可愛い婿殿が嘆願している。
ここでノーを突きつけるほど、極道な人でなしなわたしではない。
(熱々の熱愛バカップルのように、始終程よくべたべたしていれば、いけると信じるわ!!)
「娘、お前……アホの子なんじゃな」
やめて閣下、そこで冷めた目と同情と台詞とで、現実を突きつけないで! わたしの心の声が通じたわけでもないが、暴言と取られた閣下が、またデミオンにさりげなく床へ落とされる。
そのまま馬車が停止し、わたしたちは大聖堂に着いてしまったようだ。
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