47 「ほら、ほら、断れない奴きたー!!」
「顔色が悪いです。変な物を見せたせいですね。俺の母の毒気に当てられましたか?」
「……いえ」
しばらくぼうっとしていたからだろう、デミオンが心配気にわたしを見る。
「そうではないのですが……」
「心配事があるのでしたら、どうぞ俺に言ってください、リリアン嬢」
ゆるく結ってある髪を撫でられ、優しく見つめられるとわたしの不安が出てきてしまう。零れるのだ。
「もし、もし……この世界に、デミオン様の運命の方がいたらどうします? 正しく結ばれる相手がいらっしゃったら……」
「どうもしませんよ。母の日記にあるような思い込みですか?」
「違うんです、思い込みではなく……本当にそんな方がいるかもしれないんです」
ゲームだろうか、漫画、それとも小説か。そこに描かれる存在ならば、きっと対なすように間違いない相手だ。
(彼を幸せにできる人が、わたしよりも……できる人がいる)
それは良いことでもあるはずなのに、わたしは悲しくて苦しい。そんな気持ちだから、恨まれてしまうのか。
「わたしは、デミオン様に幸せになって欲しいです。だから、それはわたしの手でなくとも良いはずで、他の方ができるなら、それでも問題ないはずなんです……」
「そうは見えませんよ。リリアン嬢は嫌なのでしょう?」
「……そうですね、きっとわたしは嫌なんです。でも我儘だとも思うんです」
独りよがりの果てが、デミオンの母親の姿だ。あんな風に、わたしも彼を縛りつけて執着するのが怖い。
それは幸せとは正反対だ。
わたしが望むのは、そんなものじゃない。
(わたしは……きちんと、この人に幸せになってほしいんだよ。みんなが持ってるささやかさを、彼の手のひらにもあるのだと知ってほしいから)
その願いは、悪いことだろうか。
(ううん、悪いというなら、わたしがとこだわる気持ちの方だ)
わたしでなくとも運び手は誰でもよいのに、自分であればと欲深い感情がやはり怖い。
それはいつか増長するだろう。その愚かさが、やがて大切な彼自身をおろそかにしてしまわないのか。大事なものを大事にできなくなるんじゃないかと、心が震える。
(わたしは、わたしを裏切るのが恐ろしいんだ)
俯くわたしに、デミオンが声をかける。
「我慢が常に正しいとは限りませんよ。それに、俺はいつでも俺の味方であろうとする、貴女が良いんです。他の人間はいりません」
「それは……勘違いかもしれなくても?」
「勘違いで構いませんよ。俺は、一番最初に手を差し伸べてくれた貴女がいい。それにね、リリアン嬢は選択を間違えていません」
「どういう意味ですか?」
デミオンが微かに唇を上げる。
「そのうち、俺の父と会えば分かりますよ。そうですね、秋の大聖堂の刺繍展、最終日に俺と見に行きましょう。その頃には体も良くなっていると思います」
「デ、デミオン様?」
突然のお誘いに目をぱちくりとするわたしの前で、デミオンはにこやかな顔のまま。それ以上は語るつもりはないよう。
彼がちょいちょい指で呼ぶのは、閣下だ。ぷよぷよと閣下がデミオンの側による。少々怯えているようにも見える。
これも調教の賜物なのだろう。
「リリアン嬢をどうしたら、その恨みとやらから守れますか?」
「そうだな、まずこの屋敷にいる分には大丈夫であろう。貴族の古い屋敷には、必ず祖先の加護がある。思いの積み重ねがそれを強固にするからな、脈々と受け継がれたここならば、娘を守り切れる」
けれども、それでは外出できない。基本、貴族の令嬢は頻繁に出かけたりしないが、全くのなしではない。
「では、俺の持つ恩寵でどうにかできますか?」
「無理だ。白百合の恩寵は白百合だけのもの。魂と結びついている。いかに大きな恩寵であろうとも、それはかわらん」
「他に方法がないと言うんですか?」
デミオンがテーブルの端をトントン指で鳴らせば、閣下がプルプルし始める。
「だから、白百合と娘とで婚姻式を行えと言っただろう。場所は我が君の聖域のある大聖堂だな。そうすれば、縁が結ばれ吾輩の加護も少しは与えられる。いいか、吾輩は白百合の守護のために人の世に来た。だからこそ、それに縛られる。その範疇でなければ、吾輩とてどうにもならん」
つまり、閣下には制約があるわけだ。何でも好きに振る舞えるわけではないと。
(それが、デミオン様の守護という枠になるのか)
「その……いきなり婚姻式は無理ですよ」
貴族の結婚式になるならば、それなりの準備が必要になる。書類に名前を書いて提出するのとは、訳が違う。
「俺もいつかは貴女と挙げたいですが、今すぐには無理だと分かりますよ。リリアン嬢が俺のために着飾ってくれる時間が必要ですからね」
そういう言い方になりますか。
わたしはちょっと恥ずかしくて、目を逸らす。
「……ならばその守護の範囲に、俺が繋いだものも入りますか?」
「そうだな……白百合自身が繋ぐものも白百合のものとして考えれば、吾輩の守護の範囲にあたるだろう」
繋ぐもの……ね。
恥ずかしい予感がするのは、気のせいだろうか。
「……リリアン嬢、良かったですね。俺と一緒ならば外出も問題なくなりました」
「そ、そうですね」
笑顔を向けられれば、わたしもつられて微笑むしかない。だが、予感が消えずにひしひしする。
「まずは、手を繋ぎエスコートを常にしますが、それだけでは心配なので……手錠をしましょう」
今、物騒な単語が出てきたよう、な。
「ハ、イ?」
「手繋ぎが一番ですが、何があるか分かりませんので、物で繋いでしまいましょう。仲良く寄り添っていればばれませんよ──ね、リリアン嬢」
(ほら、ほら、断れない奴きたー!!)
艶やかな唇は弧を描き、長いまつ毛が瞬く。小首を傾げたあざとい美貌に、深海の瞳にひとたび映されれば、わたしは否定を失ってしまう。
「……はい」
こくりと頷くしかない。
「貴女と繋がれるなんて、嬉しいです」
それ、頬染めていう台詞じゃない!
かくして、わたしは今度手錠デートすることに相成ったのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
8月に入りました、6月から続く連載ですが半分は過ぎていると思っているので、ふたりの後半戦もお付き合いいただければと願っています。
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