表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

46/89

45「デミオン様は、わたしの不自然さに気がついていたんですね」

 

 

「俺の母が、その異界渡りとはどういうことだ?」

「そのままの意味だ。それ以前に、異界渡りとはどんなものか分かっているのか」


 閣下の言葉に、わたしは言葉を続ける。


「こちらの世界ではない世界で生きた者が、転生したということですね。その前世、つまり以前の記憶があったり、それが人格にも影響があると、そういうことでしょう……閣下?」


 ばらしたくない。だけど、もう無理だ。

 わたしの一番の秘密、誰にも伝えていない秘密。ここではないどこかで生まれて死んで、こちらに転生してきたこと。


「そうだ」


 閣下が肯定する。


「それはつまり……」


 わたしは腹を括る。呟くデミオンを見た。

 本当は土下座するべきなんだろう。だが生憎と、今の体ではできない。けれども、わたしは精一杯頭を下げる。

 ぎゅとした両手が震えた。打った背中が無理な姿勢で痛む。だがわたしの心は違う痛みを恐れていた。


 怖いなと思う。今までだって怖いことは沢山あったのに、今が一番怖い。

 全部知られたら、どうなるんだろう。

(なるようにしかならないよ!)

 そうだ。

 なるようにしかならない。だから、彼に全部説明しなくては、それがわたしに不利だとしても仕方がない。


(……軽蔑されたらどうしようかな)


 考えただけで苦しくて、きゅっと唇を噛む。かわりに涙は零さない。わたしは、こんなことで泣ける女の子じゃないから。

(……そうだね、わたし可愛くない子だ。愛想尽かされるのも仕方がない、か)

 特別なデミオン。

 そして、わたしも普通じゃない。

 普通ではないのに、普通のフリをしてきた分だけ、わたしの方がずっと卑怯だろう。


「デミオン様、ごめんなさい。わたしは貴方へ秘密にしてきたことがあります。本当はここではない世界で生まれた記憶があり、今のわたしもその影響を受けています」

「ですが、それは俺に謝ることではないですよね。俺こそ貴女に伝えていないことが多くありましたから」


 その言葉に、わたしはかぶりを振る。


「わたしは、デミオン様の境遇を多少は知っていました。その上でお声がけしましたが……そこに、打算があったのです。その……前世のわたしもよく物語を読んでいたんです。それらには種類があるのですが、わたしはよく継子虐めものを読んでいました。不遇の主人公が、やがて幸せになる話ですね。デミオン様はまさにそれらの物語の主人公のようであり、だからわたしは貴方を……」

「俺を選んでくれたんですね」


 こくりと頷く。


「わたしは物語の登場人物のようなデミオン様だからこそ、お声がけしました。そうして、物語通りならばきっと彼は素晴らしい人だと決めつけて、思い込んで、貴方を見ていました」

「そうですね、どうして貴女が俺を選んだのか、不思議ではあったんです。俺も貴女も見ず知らずの他人だ。噂で俺のことを知っていたとしても、どうしてだろうと思いました。何を考えているか分からなくて、警戒もしていましたね」


 その返答に、わたしは乾いた笑いを漏らす。馬鹿な自分を笑う。

(ほら、彼は既にわたしを見透かしていた)


「そうでしたか……デミオン様は、わたしの不自然さに気がついていたんですね」

「ええ」


 彼に肯定されてしまった。

 そうだ。わたしの行動は突飛だったろう。根拠も曖昧で、勢いだけできた。なにしろその根底が前世の記憶で、物語のお約束なんていう馬鹿げたものだ。

 頭がおかしいどころではない。


「リリアン嬢、俺が貴女に尋ねたことを覚えていますか?」


 何の話だろう。


「俺はね、初めて会った貴女に聞いたんですよ。俺を信じてくれるのかと。あの時、どう答えたか言ってください」

「……お任せください、と言いました」

「そうです。他にも色々言ってくれましたね。さらに最後に、運命を共にすると言ったんですよ」


 デミオンの深海の瞳が、すっと細くなりわたしを捕らえる。唇が淡い笑みを彩り、まるで質の悪い花のようだ。

 それとも、あちらの世で魂を欲しがる悪魔はこんな顔でサインをねだるのか。

(だったら、わたしもきっとペンを持ってしまう)

 そうして熱に浮かされた選択をし、己を引き渡すのだろう。


「貴女は、貴女が思うよりもずっと善良な人間だって知っていますか? だから貴女は、俺が貴女を捨てる、或いは別れるなんて考えているでしょう」

「ですが……」


 言い募ろうとするわたしの唇へ、デミオンが指を当てる。覆い被さるように、彼に迫られていた。


「前にも言いましたが、俺は性格の悪い男ですから、そんなことしませんよ。寧ろこれ幸いと貴女につけ込みます。例えば、発言の責任をとってくださいとね」


 デミオンが唇を寄せる。

 一緒に彼の髪が流れた。わたしが寝てばかりなので結っていないからか、彼の三つ編みはどこかへちょっとしている。だが、彼自身は器用なので辻褄が合わない。

 もしや、わたしができるようになるまで、わざと不細工にしているのだろうか。

 それはあながち間違いではないと、すぐに知らされた。


「でも貴女は、こんな俺を好きでいてくれるでしょう?」


 わたしの鼓膜へ、毒のように甘く囁くのは懇願だ。太々(ふてぶて)しいほど我儘な願いごと。


「ね──リリアン、もっともっと俺を好きになってください」


 彼の息づかいが、わたしの皮膚をなぶる。他人のそれにぞくりと駆け上がるものは何だろう。距離が近すぎて、相手の体温までこちらに伝わりそうだ。

 否、もう伝わっている。

 だからわたしは、こんなに顔が熱いのだ。そうでなければおかしい。

 去り際、その顔も俺だけのものですよ、と告げるのだって原因だと思う。

 

 後から、そっと閣下に声をかけられるまで、わたしはすっかり使いものにならなくなっていたのだ。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 できる事が多いわりに、持ちものの少ない人なので、手に入れたものを手放すわけがないという話です。


 この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
画像をクリックで、ビーズログ文庫様の作品ページへ
皆様のお陰で書籍化しました。ありがとうございます!! 
ビーズログ文庫様より発売中です!
メロンブックス/フロマージュブックス様、
書き下ろしSSリーフレット特典付き
アニメイト様、特典ペーパー終了しました
電子版、書き下ろしSS特典付き
※メロンブック/フロマージュ様の通販在庫は残りわずかとなっております。
― 新着の感想 ―
食べ物、表情、情景、背景、感情、風景、色んな表現が現存するかのように、細かく書かれているのでものすごくあふれるような気持ちで読んでます。 心がいっぱいになる。愛しい人たちと世界。 ありがとうございます…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ