44 「閣下は、デミオン様の裸をご覧になったと!!」
本日も短めです。
今、時間足りなくてちょっと短めが続くかもしれません。
「あの……ジャムサンド食べますか?」
尋ねれば、うにょんと触覚が復活する。クッキーをソーサーに乗せて渡すと、ぴょこぴょこ荒ぶってくる。
「一の臣下だと自認するくせに、礼も言えないんですか」
「……う、うむ。感謝するぞ」
デミオンに突っ込まれて、閣下が身を縮こませわたしへ謝意を口にする。やはり彼に色々仕込まれているらしい。
初対面の物言いが、今となっては懐かしくなる。
しかもあの体でどうやって食べるのだろう。気になってしかたがない。
(口ってどこにあるんだろう? ヒトデみたいに、裏側にあるのかな)
「リリアン嬢、そんなに見てもこれは食べ物になりませんよ」
わたしが観察していると、デミオンがさっとまた手で払おうとする。
「デミオン様、おやつをどう食べるのかと見ていただけですから、大丈夫ですよ」
「ですが、美しくありませんので」
その最中に、閣下が急いで食べてしまったらしい。わたしが再び見た時にはもうソーサーの上は空っぽだ。
「それよりもこのウミウシに話があるので、さっさと必要なことを喋ってもらいましょう」
深海の瞳に睨まれ、ピャっと閣下が硬直した。それからプルプル振動して、閣下が自前の渋イケボでボソボソ語りだした。
「……娘、其方には昨日言ったように恨みの痕跡、つまり何者かが、其方に呪いをかけてる可能性がある」
小娘から娘に変わり、お前や貴様が其方になっている。これは相当デミオンに何かされたのだろう。
「その、可能性だけではなく、もっと具体的に分からないのですか?」
ウミウシ閣下は頭を振る。
「現時点で、吾輩に犯人当てを求められても無理だな」
「……つかえませんね」
あ、閣下が落ち込んでる。デミオンは愛し子だから、言葉が堪えるのかもしれない。
「仕方なかろう。吾輩から見れば、人の子などどれも同じようなものだ。お前たちは蟻の種類までは分かっても、蟻をそれぞれ個体識別できるか?」
「それは無理ですね。わたしは蟻は蟻だなとしか、分かりません」
精霊にとっては、人が蟻か。
それならば、個人を特定するのは無理そうだ。
「でも、デミオン様は分かるのですよね?」
「当たり前のことを言うな。我が君の恩寵の白百合は二つとない存在だ。いいか、我が君の恩寵とは我が君の夢だ。泡沫であるそれが、人の世に流れついたもの。本来はその時に弾け粉々に砕けるのだが、ごくごく稀に無垢なる人の赤子に欠片のまま宿ることがある」
「それが、精霊の愛し子ですか?」
「うむ。我が君の夢を宿す子だ、大切な存在だろう。その上、夢の欠片はその時々により大きさが違う。普通は本当に小さなものなのだ」
ああ、でもデミオンのは違ったのだろう。
だから、閣下がこちらに来た。
「今代の白百合は欠片が大きかったのだな。花弁が欠けることなく、印の百合も綺麗に咲いていた」
はて?
(デミオン様のアザが百合の花だとは分かったけど、綺麗に咲いてることは……見ないと分からないよね)
いや、それだけではない。
「閣下は、デミオン様の裸をご覧になったと!!」
大変なことに気がついてしまった。
「い、いや……待て!」
「デミオン様、もしやこの海洋生物に襲われたのですか?」
わたしが尋ねれば、つっと彼が顔を逸らす。
「……寝ているところを」
そうして、顔を覆ってしまう。
ちょっと待ってー!!
「閣下、デミオン様に何をしたのです? 今なら正直に言ってくれれば、三枚おろしで許してあげます。そうでなければ、いっそ干物にしますよ!!」
「どれを選んでも、吾輩食べ物扱いなのか!! しかも生かすつもりないだろう、お前!!」
「デミオン様を手籠にしたからには、わたし妥協はいたしません!!」
紳士の寝込みを襲うなど、なんたる卑猥な卑怯者。さらに嫌がる殿方を剥くとか、完全に犯罪だ。精霊だとしても、やって良いことと悪いことがあると教えなくては。
「て、て、手籠とか、娘が口にする言葉か! 落ち着けお前、吾輩それを確認するのも仕事なんじゃぞ!!」
「お仕事ならば、正々堂々と頼めばよいではないですか?」
「頼んでも無理じゃったから、吾輩頑張ったのだ」
「きっと、誠意が足りなかったのですよ。デミオン様、わたしがお願いしたら、見せてくれますか?」
顔を隠してる彼に問えば、そのままこくんと頷く。
「リリアン嬢がどうしてもと、仰るのであれば……」
小さな声で、ちゃんとお返事だってしてくれた。
「ほら、きちんとお願いすればデミオン様とて許してくれるじゃありませんか」
「娘が、特別だからだろう。ふん、其方は愛し子と接吻した仲なのだから、肌とて晒すだろうさ」
閣下がプルプル震えて、恨みがましい雰囲気でこちらを見てくる。何だろう、もしや閣下いじけているのでは?
(好きな子とられた的な奴?)
キッと、こちらを睨む。
「だが、吾輩は分かるのだからな! 其方と白百合との接吻を通して目を凝らして見れば……娘、お前異界渡りだろう。ほんの少しだけ歪な魂をしている。何を引きずっている? 記憶か、人格か? 両方か?」
閣下の視線にひやりとする。
わたしはいつもの笑みを浮かべた。何でもない、いつもの顔だ。
「何のことです、閣下?」
けれども、閣下は目を逸らさない。
「嘘をやめろ、娘。異界渡りとて、吾輩には珍しくもない。たまにあることだ」
イカイワタリ……多分、前世のことだ。わたしの前のわたしのこと。それを閣下は分かるという。精霊には人の魂まで見えてしまうのだろうか?
「……いいか、娘。異界渡りは物珍しくない」
閣下がため息のようなものをつく。目はあるようだが、口がないのに不思議なものだ。
けれども、閣下の次の言葉の方が大問題だった。嵐の前の静けさのように、僅かな沈黙の後に閣下が爆弾を投下した。
「今代の白百合の母とて──異界渡りだ。其方だけではない」
え?
え??
「……それは、どういう意味ですか?」
反射的にデミオンが立ち上がっていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
閣下は多分他にいる11精霊の中でも、対人スキルが上手ではないタイプです。ただ狡猾ではないので、そこが閣下の良いところかと。
この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。