43 「餌って言ってるー!!」
本日は短めです。
「お嬢様、無理に動こうとしないでくださいね! お嬢様はあちこち打撲され、意識がなかった間は熱まであったのですから、ゆっくりお休みください」
「分かったわ、ジル。だから、そう心配しないでね」
怪我をしてから、すっかり心配症になったジルに笑顔で返す。確かに、打撲で皮膚の色が変になり肩とか背中、足とか青黒くなってしまった。
今日もジルや他のメイドが湿布の交換や、塗り薬の塗布をしてくれる。
「一週間はこうやって湿布を貼り替えませんと。本当に本当に、無理しないでくださいね!」
「ええ、ジルの言う通りにするから、信じて」
ジルが慣れた手つきで、湿布を替えてくれる。足ぐらいなら自分でできるかもと思うが、背中や肩は人の手がいる。
お世話してもらえるのって、ありがたい。
「起き上がるのも痛みがともなうと言われていましたので、昨日は本当に驚きました。どうして、呼んでくれなかったのです」
あの後、バーク先生が来たので話は途切れたのだ。その時、先生を案内したジルにウミウシを見られてしまっていた。
(いやぁ……閣下を見られてどう言い訳しようかジタバタしたのに、閣下の姿が他の人には見えないんだから……)
とても恥ずかしい話だ。一言、いっておいて欲しい。
わたし、一人芝居してしまったよ!
「お嬢様が騒がれるほどの虫が、お部屋の中に入っていただなんて……」
「いやー、ホントわたしも驚いて、デミオン様は特に虫が苦手だったのよー」
(許して、デミオン様……)
婿殿へ心の底から謝罪する。
「誰にでも苦手はあるから、わたし頑張っちゃってー」
という理由で、誤魔化した。
(わたし、昨日から誤魔化すことばっかりなんだけど……)
肝心のウミウシ閣下はデミオンと一緒だ。デミオンは大変不本意な顔だったが、閣下のお仕事は愛し子の守護だそうなので我慢しているみたいだ。
(デミオン様にできないことも、閣下なら……と、考えてるのかな。でも、閣下って人外だし)
人外は人間の心も考えも、きっと通じない。そんな物語、わたしは前世で何個も知っている。だから多分、閣下はデミオンを守っても、わたしを決して守らないだろう。
誰にだって優先順位があり、その中身は千差万別。誰かの好物が誰かの嫌いであるように、わたしがそれに対して文句をいうこと自体お門違いだ。
(そうなっても困らないよう、知りたいことがいっぱいあって、でも今は動けなくて……)
わたしは寝たきりで、ため息しか出てこない。さらにわたしの部屋はとても湿布臭い。嫌ではないが、淑女の部屋としては微妙だ。だが一週間はこの状態らしい。
「お嬢様、大丈夫ですよ。お顔は綺麗に元通りになると、バーク先生も仰ってましたから」
わたしのため息を誤解して、ジルが慰めてくれる。
そう、顔のすり傷はわたしが貴族のこともあり、お高くつくが効果抜群の塗り薬を用意してもらったので、予想より早く治るらしい。
(デミオンの怪我も傷ひとつなくちゃんと元通りにって、閣下が言っていたのが唯一の救いかな)
あの素敵な芸術級の顔に、わたしのせいで一生ものの傷ができたら大事件だった。世界レベルの損失だ。賠償金は天文学的数字になるに違いない。
人として責任は絶対とるけど、どうやって償うか悩み続ける人生になるだろう。
「お嬢様、薬湯です」
ジルが薬湯を渡してくれる。これを飲むと眠くなってしまうが、飲まないと痛いままだ。炎症の鎮静効果もあるとかで、やはり飲まないといけない。
(何より、これ苦いのー!! 誰か、苦くないお薬発明してー!!)
そうして、わたしは眠りについた。
「……黙れ」
「……た、態度が違い過ぎないか?」
「……生物の癖に煩いな」
「……けたいのだろう」
誰かが喋ってる。枕元にいるのかな?
「……だれ?」
声をかければ、ぴしりと黙る。もしかして、まだ夢の中とか? 薬湯の効果で眠気が残ってる。頭がはっきりしない。
「……リリアン嬢」
「……ん、デミオン……さま?」
「起こしてしまいましたか?」
彼が覗き込む。
(ああ……寝起きで見ても、顔がイイ)
朝日のようにキラキラしてる。素晴らしく眩しい。
「ん、だいじょぶ……です」
つい、癖で起きようとしてしまうわたしに、彼が手を差し出してくれる。
「……ありがとう、ございます」
「いいえ、こんな時こそ俺を頼ってください」
クッションや枕で、デミオンが背もたれを作ってくれる。微笑みも優しくて、目がしぱしぱしてしまう。
「……薬が効いてるから、今は平気ですよ。それに昨日の話がまだでしたし」
そうだ。うかうかのんびり寝てられない。閣下から話を聞き出さないと。
「では、まずお茶でもいかがですか? リリアン嬢」
そういって、デミオンが給仕をしてくれる。ちなみに閣下は、本日もデミオンに邪険に扱われているらしい。さりげない仕草により、テーブルの上から落とされていた。
「今日はフルーツ茶にしましょう」
デミオンがカットした柑橘や林檎を、紅茶と一緒にポットに入れる。熱湯を注ぎ、時間ぴったりに注げば良い香りのお茶となる。
「お菓子はクッキーのジャムサンドです」
鮮やかな紫色は、きっと霧葡萄のジャムなのだろう。
「すごく美味しそうです」
お礼を告げてから口にすると、とても美味しい。ジャムの甘さとクッキーのサクサクがぴったりだ。それに甘酸っぱい果物風味の紅茶とも合って、幸せの味になる。
「閣下もどうですか?」
そもそも精霊が飲食するか謎だが、一応お誘いしてみる。まだ床下にいるけど。
「う、うむ」
「リリアン嬢、コレには必要ありませんよ。人ではありませんから」
デミオンの台詞に、よちよち登ってきた閣下がピッと跳ねた。
(わたしの知らない間に、もしや閣下躾けられている?)
何があったか気になるが、聞かない方が良い気がする。
精霊を調教するとか、流石デミオンやることが規格外。知らぬ間に、対人外者スキルまで入手済みとは恐れ入る。
「ですが、もし食べられるのでしたら折角の機会ですし」
「リリアン嬢は、海洋生物にも優しいですね。餌は果物にしましょうか」
(餌って言ってるー!!)
デミオンの言葉が悲しいのか、閣下の赤い触覚がぺたりと萎れていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
日々、暑い日が本当に続いているので、皆様お身体お気をつけください。
私もちょっとバテ気味なので、本当にお気をつけください。
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