42 「お前……そんな破廉恥尽くしのことを、我が君の白百合に求めているのか?」
「リリアン嬢、どう考えてもこれは捨てて良い生き物です」
先程の暴言で、またウミウシを叩き飛ばしたデミオンが真面目な顔で提案する。
「ですが、きっとデミオン様を守護してくれる存在ですよ」
「俺の大切な人を大切にできない輩に守られるなんて、業腹ですね」
そうして、飛ばされた精霊がまた戻ってくる。
くりくりしたつぶらな瞳が、ギュンと三角になっていた。やだ、わたし睨まれてる。
「この、スカポンたん娘め!! おのれ、一度とならず二度も吾輩に暴力を向けるとは、なんたる存在だ!! そんなんだから、人に恨まれるんじゃ!!」
(……く、一言余計な海洋生物め)
しかし、わたしは落ち着いてものを考えられる女なので、できるだけ穏やかな声を出す。
というか、後で絶対復讐する! ので、今は我慢の時である。
「あー……、閣下? ちょっとお尋ねしますが、もしや閣下は始まり月を司る方でありませんか?」
何だか偉そうなので、命名閣下でいいような気がしてきた。それより情報収集だ。きっとこのウミウシならば、わたしたちでは分からないことを知っているに違いない。
この国は一年が十三ヶ月で、最後の月は精霊王を冠する月だ。だから残りの十二ヶ月は、王の配下の精霊が司るとされる。
つまり、自己紹介してきた『一の臣下』であるならば、アオウミウシは一月を担当してるわけだ。
(あれ? でもそうすると、本当に偉い精霊ってこと?)
だからといって、拝む気持ちなどさらさらないが。
わたしの大人な対応が功を奏したか、ウミウシ閣下がほほうなんていいながら、気をよくし始めた。
(ククク……こやつ単純だな!)
「少しは、ものが分かる頭を持っていたようだな」
言動にピクリとするデミオンを、わたしは視線でステイさせる。このまま海洋生物には、気持ちよくお喋りしてもらうのだ。
「閣下は大変有名ですが、そのお姿は誰にも分かりませんから……わたしも混乱してしまったのですわ。ですので、どうかご容赦を」
わたしは賢く見えるように、お上品に微笑む。今こそ、母に鍛えられし令嬢パワーを全開にする時だ。
あとは適当に撫でたりしたら良いんだろうか? キュルルン系の愛されマスコットならば、それが正解なんだけどイケおじ風のイケボには何が最適か分からない。
とりあえず、ちょっと側面を撫でてみる。
プリっとしてツルンとして、弾力のあるゼリーを触ったような感触だ。下の方のひらひらみたいなのが、足なんだろうか?
「閣下はこのお姿でも、大変鮮やかでお美しくあるのですね」
「ふむふむ、多少は見どころのある小娘になったか。仮の姿とはいえ、吾輩の美しさは隠しきれるものではないからな。その手つきもなかなかなので、先程の無礼には目をつぶってやろう」
よし、手応えバッチリですよ!
そして、デミオンは大人しくしてね。舌打ちとかしてるけど我慢して欲しい。視線が怖いけどさ。
(デミオン様も、わたしに撫でられたいのかしら?)
やはり、家族間でのスキンシップが圧倒的に足りなかったのだろう。後で頭を撫でたら、安心してくれるかもしれない。
「それで、閣下はどうしてわたしたちの前に現れたのでしょう? 取るに足らない人間の小娘に、もう一度分かりやすくご説明いただけませんか?」
「うむ、身をわきまえたその言動。身の程を理解したならば、吾輩も応えてやろう」
頭の触覚二本が、ピクピクして嬉しそうだ。
「まず、そなたへ接吻した者が、我が君の恩寵たる白百合であると理解しているな?」
「それは、精霊王様の愛し子ということでしょうか?」
「まあその考えで間違いない。恩寵たる白百合にはその証となる印が体にある。さらに言えば、その印の形でどれほどの恩寵かも分かるようになっているぞ」
すかさず、わたしはデミオンの方を向く。彼はわたしとウミウシとの様子が気になるのか、丁度わたしの隣になるようベッドに腰掛けている。
あと、やたらと距離がわたしと近い。
(いつでも、ウミウシを捕まえられるようにかしら?)
「デミオン様の白いアザは、実は白百合の形でしたのね」
一瞬のことだったから、分からなかったけど……そうか、百合の形だったんだ。
けれど、彼はわたしの言動に驚いたよう。
「あ、え? い、いつ俺の体を見たんですか?」
つい、服の襟を押さえるとか、ちょっと失礼ではなかろうか。わたし、痴女ではなくってよ!
真っ赤になられると、わたしが大変破廉恥したみたいじゃないですか。
「デミオン様の衣装を作る時です。ほら、布が崩れて助けていただいた時に……チラッと」
「……あ、あの時に」
デミオンがわたしの視線を避けるように、顔を逸らす。耳まで赤くしてそんな生娘みたいな反応されると、困るのですが。
グエッヘッヘ……と、まるでわたしが襲ったようだ。
(あの時、許してくれたんじゃなかったの!)
ついでに、ウミウシ閣下の視線がちょっと厳しくなった。完全に誤解されている。
「……きっと俺の体、貧相でしたよね」
「は? いえ、当時はデミオン様もまだ健康ではありませんでしたし、気になさらなくても」
「……今なら鍛えましたし、城の騎士にも負けませんから。そのうち全勝して、脱いでも大丈夫になって見せます」
「それは、それは素晴らしいですね」
城の騎士に全勝って、やること目指すことが、いつでも超人的なところが彼らしい。すでに何割かは勝っているようなので、そのうち我が国最強になってしまうかもしれない。
「ですが、ご無理しないでくださいね。わたし、デミオン様が怪我をされたり傷ついたりするの、嬉しくないです」
「ええ、リリアン嬢ならばそう言うと思ったので、俺は誰にも負けないようになります。そうして、貴女を抱き上げられるくらい、立派な俺になりますね」
(抱き上げるとは、何かな? え、もしや、お姫様抱っこ的な奴?)
「リリアン嬢は、そういうのが好きなんですよね? 蔵書の中に恋愛に関する話の本がまとまって置いてあり、何冊か読んでいるんです。本にそういった場面が多々ありましたので、俺も頑張ります」
はにかむ笑顔は眩しいし、無垢で心打たれるが、いってる内容に身に覚えがない。
「あー、はい、そうですね。素敵なことだと思います。ええ、デミオン様……楽しみにしておりますわ」
ホホホ……と笑って、わたしは誤魔化す。
我が家の蔵書、どうなってるの?
(ちょっとわたしのお祖父様で先代様、どんな本集めてたんです!!)
わたしの知らないところで、わたし夢見る乙女になっている気がする。どんなシチュエーションをデミオンは読んだのだろう。
(お姫様抱っこして、チューとか仕掛けてくるようになるのかしら。デミオン様の戦闘能力が高すぎて、わたしの手に余ってしまうのでは)
あと海洋生物の視線と、ペタンペタンしてる触覚が怖い。ウミウシ閣下の赤い二本が、伸びてはバシッと布団を叩いているのだ。
どう見ても、ご不満な態度である。
「お前……そんな破廉恥尽くしのことを、我が君の白百合に求めているのか?」
ほらほらほら、来たよーこの舅が! いわんこっちゃない。
(舅閣下でよくない、コイツ)
「あらあら、閣下怒らないでくださいな。デミオン様はわたしの婚約者で、将来を誓う仲なのです。とっても仲が良いだけですわ」
ホホホ……と、ここでも笑ってわたしは誤魔化す。早く話を進めて、問題解決しなければ。うん、そうしよう。
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