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41 「駄目ですよ、こんなの毒に決まっています!! ぺってしないといけません!」

 

 

 デミオンとの初チューは、おでこだった。

 わたしが彼を見ていると、手で顔を隠してくる。こちらに見せまいとするあたり、照れているのだろうか。


「……悪かったですね」

「いえ、そんなこと思っていませんよ」

「……本当ですか? 格好悪いとか、気分が冷めたとか、ヘタレだとか言いませんよね」

「ええ」


 可愛いとは思うけど。


「……その、俺、初めてなんですよ。だから、ほら……そういうのは、ちゃんとした時にするべきかなと……思いませんか?」

「ちなみに、ちゃんとする時とはいつかうかがっても?」


 ぺしぺしして、顔から彼の手を引き剥がす。そこには恥じらうデミオンがいた。この人、見かけの割にピュアなんだな。


(まあ、でも、普通に考えれば、女性慣れしてるはずがなかった)


 侯爵家では虐げられて、婚約者は我儘姫で、まともな出会いがあるはずもなく、そのまま育った人だ。顔が良くて、なすことなすこと格好良いが、きっと恋愛経験値は最弱だろう。

 しかもさっきまで、しょんぼりしてたばかりだ。

 デミオンはちょっと顔を赤らめたまま、目を彷徨わせる。


「それは、ほら、そのですね……」

「大聖堂での婚姻式であるな」

「そう! 貴女ときちんと式を挙げ……」


 いや、待て!

 今の、何だ?

 知らん渋いイケボが混ざってないか!?


 そこで、わたしとデミオンは顔を見合わせた。

 たった今、知らない声が聞こえたような気がしたが、耳の不調だろうか。けれども、それを裏切るように何かが空中から降ってくる。

 青い、拳程度の大きさだ。


「デ、デミオン様……実は愛玩生物を飼われていましたでしょうか?」

「……いえ、身に覚えはありません」

 

 我々の前にぽてりとした謎の生き物が、ばばんと胸? 張って自己紹介する。人様の布団の上で、図々しく偉そうにぴょんと跳ね上がった。

 

「吾輩こそが、偉大なる精霊王陛下の一の臣下であるぞ!! そこの人間、我が君の恩寵たる白百合に対し、生意気ではないか!」

 

 愛し子のマスコットは、毛皮ふわっふわっのもふり系キュルルン仕様じゃないのかよ!

 くっそー、コレ解釈違いだ!!

 

 

 

 

「矮小なる人間よ、驚くのも無理ないな。特別に我輩との直答を許してやろう。貴様は少々貧相だが、我が君の恩寵たる白百合が選びし存在だ。特例中の特例で、吾輩が……貴様、何をするっ!!」


 思わずデコピンをした、わたしは悪くない。

 イケおじ風のイケボとて、上から目線が許せるものか。謎生物が睨んでくるが、知らんがなである。


(この形状……ウミウシでは? アオウミウシかな……青いし黄色の斑点あるし、ツノらしき赤い触角みたいのと同じ色の花みたいな尻尾もどきが付いてるし)


 前世で持っていたキーホルダーそっくりだ。ちょっとデフォルメされてる気もするが、リアル過ぎるよりはマシだ。

 あと一応、つぶらない瞳っぽいものもあるよう。


「リリアン嬢、これどうしましょうか? 何なら俺が細切れにして、犬の餌にしてしまいましょうか?」


 わーお、デミオンがイイ顔してる。

 そして当人は、いやウミウシかよく分からんが、多分頬? を染めている気がする。


「なんと! 吾輩に手ずから触れるというのか! 今代の白百合は大胆であるな」


 満更でもない口ぶりだ。それに反し、デミオンの顔色が瞬時に悪くなった。変態は気持ち悪いもんね。


「……コレ捨てましょう、リリアン嬢」

「まあまあ、デミオン様。これでもきっと精霊ですよね。凄いことではないですか、精霊は本来人に姿を見せないんですよ」


 わたしはてっきりとんでもなく美々しい人型だと思っていたんだけど……騙された。シャランラしたファビュラスな存在だと信じてたのに、精霊は海洋生物の形だったのか。


(めちゃくちゃガッカリだよ……)


 期待だけさせおって、許すまじ!


「貴様! 吾輩に対して不敬なことを考えたな!」


 いきなりウニョンと顔の方の二本の触覚が伸びて、頬をアタックされる。同時にデミオンが、ハエ叩きの如くウミウシをぶちのめした。

 たが奴にダメージはあまりないよう。勢いのまま壁に当たってから、こっちに跳ね返ってくる。そうして、またわたしの布団の上に華麗に着地した。

 多分、そうだ。

 ウミウシの美的基準は知らないが、触覚をクルクルして偉そうなので見事な着地をしたのだろう。


「ふん、貧相な人の子よ。吾輩のあまりの眩さに怯えるのも分からんでもないが、もっと丁重に扱ってもよいのだぞ」

「……いや、打ったのわたしじゃないし」

「お前が今代をけしかけたのだろう! 貧相だけではなく、何という悪辣な娘だ!!」


 やっぱりこれ、野良犬の餌に丁度いいんじゃなかろうか? それとも、デミオンに酢味噌和えしてもら……残念、こちらには味噌がなかったよ!

(でもウミウシって辛味があるって聞いた気もするし、甘く煮れば甘辛に……そもそも精霊って食べられるのかな?)


 わたしはじっくりと、ウミウシを眺める。青い色に食欲はわかないが、肉厚そうでもあるし、ワンチャンいけるかもしれない。


「デミオン様……海洋生物の姿ですから、海の幸として美味しくいただくのはどうでしょう?」

「リリアン嬢、食べるんですか? 駄目ですよ、こんなの毒に決まっています!! ぺってしないといけません!」

「……お前、悪辣なだけではなく、悪食なのかっ!!」


 まあ、毒持ってるお魚でも何とか工夫して食べるのが、わたしの前世の国だ。食べ物への粘り強さには定評がある。


「加熱したら、縮んじゃうかな? でもスライスしてそのままなのも心配なので、炙るのもいいかもしれませんね」

「き、貴様、その物騒な思考で吾輩を貶めるのを止めろ!!」

「あら、今更出てきて威張るしか能がない人外に払う敬意なんて、わたし持っていませんのよ。慈しみとて、一方的に押し付けられれば迷惑です」


 大体、勝手に恩寵を押し付けて、何が白百合だ。

(そういえば、精霊王って……性別あるんだったっけ? 漠然と男性な気持ちだったけど、実は女王様なの)


「吾輩どころか、我が君を愚弄するか! 折角、貴様らに合わせた姿としたのに、なんたる言動!!」

「我々に合わせて、海洋生物になってくださったんですね。感謝する代わりに、美味しくいただきます!」

「だから、食うなと吾輩は言っているわ!! 貴様ら人間は階位が低い。だから身をやつし仮の姿となったというのに、吾輩を食うとは何事だ!!」


(へー、ほー、ふーん? つまり、霊的高位ってことなのかな)

 だから人間は、淡い光でしかとらえられないのか。


「ですが、出てくるならもっと早くても良いんじゃないですか?」


 そうして、早々にデミオンを助ければよかったのだ。偉大だと自称するなら、そのマジカルパワーでどうにかすれば良かっただろう。

 そうすれば彼は侯爵家で苦労せずに済み、婚約者とて改心してくれたかもしれない。人と違うことが苦しみになると、分からなかったのだろうか。

 しかし、ウミウシには伝わらないらしい。きょとんとする。


「何故だ?」

「だって、デミオンを助けるために姿を現したんでしょう!」

「ああ、だが脅威は貴様であるのだぞ!」


 びしぃ! と、ウミウシがまた触覚を伸ばす。

 わたしを今度は指差すようだ。


「お前、誰ぞに恨まれたな? 貴様から、卑しい臭いが漂ってくるぞ。そうでなければ、吾輩が人間に姿を現すものか。迷惑なのは貴様だ!!」

 

 つまり、わたしはデミオンを不幸にすると、宣言されたらしい。

(……やはりコレ、炙り焼きして塩振って食べてしまうのが最適解なのでは?)

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 誤字報告も、毎回ありがとうございます。

 やっと、ウミウシ君の出番まで書けました! ちょっと嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
 某侯爵家の面々の所業はスルーしたのに、リリアンは害悪扱い? 灰になるまで加熱処理しようか。
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