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4「異母兄弟に継子虐め、それに婚約破棄までいったら三種の神器でしょ!」


 

「今度の大会の団体選手は以上だ。立花は補欠、マネージャーも兼ねてレギュラーのみんなを支えて欲しい」

 

 顧問のセリフに、周囲の仲間がわたしへ視線を走らせる。知ってるよ、一度選ばれたのに本番では全くダメだったの。

 おかしいよね、大会前が最高に絶好調。でも、プレッシャーに弱いのか、当日は全然結果を出せないんだ。これじゃあ、団体戦の足を引っ張る。顧問がすぐ見切りをつけて、わたしを外すのは不思議じゃない。

 だけどさ、みんな見ないでよ。そう、可哀想な感じでさ。補欠からレギュラー入りした子も、こっち見ないで。やたらとすまなそうにしないでよ。

 もっと胸張って、選ばれたんだって顔しなよ! 誇らしくあってよ!

 

 

   ※※※

 

 

 ぼんやりと浮かぶのは、前世の記憶だ。

 わたし、結局その後レギュラーにはもうなれなかったんだよ。器用か不器用かでいうと、多分わたしは不器用だったから、他の子よりちょっと癖もあったし。しかもプレッシャーに弱いとか、完全にスポーツが向いてないタイプ。

 

(ホント、可哀想なんて同情はやめてほしかったな)

 

 じゃあ、わたしの積み上げた時間ってなんなのさ。可哀想で一括りにされる程度のものなの? なんて、あちらの頃では考えてたな。

 

 そしてこちらでは、王城の応接室で深刻そうな顔をした王太子の側近さんが、しばしお待ちくださいと言ったきりだ。

 ちなみに、呼ばれたであろうわたしの父も同席している。あと、先ほど婚約破棄されてしまったデミオン卿も。王女とジュリアン側はこちらにはいない。もし一緒にしたら、さらなる騒ぎの種にしかならないぐらい想像がつく。

 

 わたしの知っている範疇で分かるのは、全ての元凶が先王陛下にあるということ。先王陛下は代替り後、伴侶を亡くされた。そのせいで、孫娘にあたるアリーシャ王女殿下をとても可愛がっていたのだ。

 孫可愛いは、異世界でも共有できる価値観らしいが、それにしてもやり過ぎた。お爺ちゃんとしては花丸であっても、為政者としては赤点もの。あれこれ言われては全て叶えていたもんだから、アリーシャ王女はすっかり我儘姫になっていた。

 

 その姫の幼い頃より交わされた婚約相手が、デミオン卿。これまた先王自ら選んだ相手だったので、アリーシャ王女は勝手できない。しかし彼女は噂があるように、デミオンの弟に懸想していたのだろう。

 さて元凶の先王陛下だが、春の宴のひと月前に遂にアルカジアの門を潜られた。いと高き天宮へと魂が上り、安らかな揺籠へと還られたに違いない。

 だからこそ、王女とその恋人は大盛り上がりで、此度のことをやってのけたのだ。これが若さで思い上がりか。痛々しいね。

 

 

 

 

 はー。この部屋、本当に沈黙が重い。

 扉の警護の騎士も、給仕としているメイドさんも、本当に音を立てないし直立不動。お茶と焼き菓子は超一流で大変美味しいけど、心底味わえない雰囲気がある。城勤教育は素晴らしいが、心安らかとは遠いところ。


 わたしは渦中のデミオン卿を見る。

 気持ちはもう、うちの婿様な感じ。だって要らないって王女が言ったんだから、欲しいと希望するのは至極当然だ。こんな優良物件、そうそう目の前に落っこちていない。

 その当人は頬がこけてクマもくっきりで、髪の艶も失っている。前後左右どう見回したって不健康そう。醜悪とか、卑しさが見目になんて言われてたけど、わたしにはそう見えない。

 ぶっちゃけイケメン風味の最低野郎のアランより、断然整っているだろう。ただ天然物の容姿も、これでは映えまい。破棄からこのかた相変わらず青ざめ、否、もう雪のように真っ白だ。

 

 そりゃあ今回の件、堪えただろう。細い体は薄っぺらく、夜遊びする体力すらなさそうだ。やはり弟が言う内容なんて真っ赤な大嘘ではと思ってしまう。

 

(あとね、着てる服やたらとペラい気がする。幼児のお遊戯会でも、もっと素敵な衣装だってば!)

 

 衣装のセンスが本人のものかは知らないが、侯爵家の嫡男だった人が着る仕立てではない。そもそも体のサイズに合っていないし、気のせいかデザインも古臭い。懐古主義を行き過ぎて、アンティークに片足突っ込んでるレベルだ。

 それなのに布が悪いんだから、これって本当にどっかの舞台衣装のお古じゃないよね。だけど精一杯綺麗にしようとしてる気持ちだけは伝わってくる。お洗濯係さんの頑張りが、丁寧な染み抜き跡に透けて見えるんだよ。

 

 デミオンのご実家ライニガー侯爵家は、東部に領地を持つ大貴族。大陸との貿易港を持ち、島国ソニードの玄関口でもある。確かな領地経営と的確な商業手腕によって、国内有数の経済都市を誇っている

 貴族の後継は、普通長子の男児と定められている。なお、我が家は長子の男児がいないので、わたしのお婿に一旦仮として預けられ、わたしの生んだ男児が後に正式に継ぐこととなる。

 まあそういうわけで、順当にいって長子のデミオンが次代当主で覆らないはずだった。多分、彼らは何らかの理由をでっち上げたのだろう。良くあるパターンが、脆弱で当主の務めができませんというもの。

 

(きっと、これで手続きしたんだろうな)

 

 しかも、すでに成人してる男性ならば、さらにもっとえげつない理由を付けていそうだ。

 

(あ! 子種がないとかかな)

 

 これならば確実だ。どう証明したかは知らないが、本当にそうなら酷いレッテルを貼ったもの。自分がされたならば絶望しそう。貴族でこれではもう行く先がない。最悪の所業だ。

 

 その時、やっと応接室のドアが開く。護衛と側近を連れ立って訪れたのは、ジェメリオ王太子殿下その人だ。王妃陛下に似た容姿は正統派な美しさ。ふわふわしてるアリーシャ王女とは系統が違う。あちらは先の王妃様に似たらしい。だから先王も亡き妻恋しで孫バカジジイになってしまわれたのか。

 さらさらの金髪に、湖水ではなく海色の瞳の殿下はまず最初にデミオン卿に謝罪した。

 

「すまない、デミオン。貴殿にはなんの落ち度もあるまい。全ては我が妹、アリーシャの我儘だ」

 

 それをぼんやりと、けれども首を振りつつ彼は断る。

 

「頭をお上げください、ジェメリオ殿下。王女殿下が俺に愛想を尽かしたのは紛れもない事実です。俺自身の不徳の致すところ。父上にも義母上にも、異母弟にも見限られたこの身も含め、何もかも俺が悪かったのでしょう」

「しかし、私にはどうしても信じられない。卿の素行が酷いと言われていたが、それは全て作り話ではないのか? それに随分と身が細くなっている。私は卿を廃嫡し除籍までする侯爵に、納得いかないのだ」

 

 デスヨネー。

 それに、ライニガー侯爵は確か後妻を迎えてるから、ジュリアンとデミオンは母親違いの兄弟だ。普通に考えたら、まず間違いなく継子虐めだろう。庇うべき実の父親も一緒になって行ったに違いない。

 

(これ知ってる。不遇系のドアマットヒロインでは? 異母兄弟に継子虐め、それに婚約破棄までいったら三種の神器でしょ! さらに廃嫡除籍のツーコンボ決めてるんだから、もうそれしかないのでは?)

 

「……それでも。いいえ、だからこそ俺は王女殿下の心を捉えることができませんでした。家族に捨てられる程度の、魅力のない人間なんです」

 

 力なく笑う姿は、己への失望なのか。

 見てるだけで痛々しい。吹けば飛ぶような体だからか、余計に辛い。我儘王女の行動を、自己責任ととるなんて貴族として正しくても、人としてはどうだろう。そこまで己の責としては生き難かろう。

 彼を貶めた連中は、負うべき責任すら背負わない頭頂部お花畑人間かもしれないのだ。真面目な人ほど馬鹿を見るなんて、ちょっとわたしは我慢ならない。こんなの、やっぱりおかしいよ!

 わたしは大きく息を吸うと、思いっきり吐き出した。

 

「話の途中、よろしいでしょうか!!!!」


 余程の声だったのか、ぎょっとした顔で両者が振り向く。ついでに部屋の空気と化してた父もあんぐりとした表情だ。

 だが、構うものか。

 女は度胸、恋は玉砕、当たらなくてはチャペルの鐘すら鳴らせない。行動すればそこに道ができるはず。

 ズンズン大股でわたしは進む。マナーもへったくれもないが、先手必勝、猪突猛進、人間万事塞翁が馬! ローマだって、一朝一夕では成り立たない。欲しいものは手を伸ばせ!

 

「デミオン様!」

 

 呼ばれた彼は目をパチクリさせた。あ、その顔可愛いね。わたし好みの感じだよ。

 

「わたしから言わせてもらえば、全くそのように思えません。とりあえず王女殿下のお好みではなかっただけ、ただそれだけです。悪くなんてありません!!」

「あ、あの……」

「君は……カンネール伯爵令嬢かな?」

 

 ちらりと父を見て、殿下は気が付かれたらしい。若干引き気味なのは見なかったことにする。イケメンでもドン引き顔ってあるんだ。

 わたしは今更ながら、王族へカーテシーをご披露だ。

 

「はい、わたくしはリリアン・カンネールでございます。そして現在我が家では、婿殿を熱烈に大募集しております!」

 

 わたしの言葉に、父が慌てふためいた。まさか、いきなり言うとは思ってなかったらしい。だけど、何でも最初が肝心。

 要求は的確に分かりやすくが一番だ。

 熱意が猛烈に、わたしの体を押してくれる。

 


「デミオン様。失礼を承知でお伝えしますが、我がカンネール伯爵家に婿入りなさいませんか? 美味しいご飯とフカフカベッド、八時間睡眠をお約束します!! おやつもありますし、綺麗なお庭もあります!! うちのメイドは骨太既婚者が多いですし、庭師は筋骨隆々で変な噂にも屈しません!! 服も我が家で仕立てましょう!! 馴染みの店に活きのいいデザイナーがおりますし、我が家のかかりつけ医は優秀です!! うざったいところもございますが、腕は確かな人なのです!! 日当たりの良いテラスでお昼寝や、日向ぼっこだってできますよ!! なので、わたしのお婿になって欲しいのです!!」



 

 轟くわたしのお願いに、どうやら室内の誰も彼もがびっくりらしい。あの城勤さんたちも身体を揺らして驚いている。いやでもだって、先ほど大広間でもわたしは言ったではないか。

 それに何よりも、さっき見てしまった彼の顔がとても悲しそうなのだ。あんな風に自分は無価値だなんて、そういうのは良くないよ!

 笑う門にはハッピー来々、イケメンのとびきりの笑顔をわたしに見せて欲しい!

 そうして、幸せになって生きたって良いじゃないか。あの王女と異母弟に、目に物見してやるぜの精神を宿して生きる糧にするのもいいと思う。背中を丸め、過去を嘆くよりはずっと正義だよ。

 

「わたしは、貴方の笑った顔が見たいです。是非見せてください、きっと見せてください!! 嫌なことなどポイポイして忘れてしまいましょう。わたし、前向きな殿方って素敵だと思うんです!!」


 そう言って、マナー違反で破廉恥だとは思うけど、わたしはデミオン様の手を思いっきり掴んだのだ。

 

 

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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ランキングから来ました。 なんか泣けた……冒頭の、前世で部活でレギュラーになれなかった話から、ラストの逆プロポーズまで琴線触れまくりでボロボロ泣けました。 自分なりに頑張ったことが周囲からの憐れみで…
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