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38 「いやそれ、わたしの言葉では?」

 

 

 王城とは建材が違うだろう白い石で造られた建物がウェールらしい。見た目も上品だったが、室内も同じ。絨毯こそ青みがかった緑だが、内側も基本は白い。途中、絵画や花が飾られており、どれも華美になり過ぎない配置になっている。ここは共通のホール席と個室が選べるらしい。

 スタッフはみな黒一色の制服で、エプロンはグレーと決まっているよう。どれもシワなどなく、ピンとしている姿に好感が持てる。

 だが、驚くべきはそこではなかった。


「デミオン様……天井から植物が……」


 そうだ。高めの天井にはまるで寄せ植えを逆さまにしたかのように、床へ向かって花と植物が植えられているのだ。

 淡いクリーム色の花はモッコウバラだろうか? 近くに一重咲きの別の薔薇が咲く。観賞用の緑は一見アイビーのような葉をした植物だ。

 照明を吊り下げている鎖に蔦植物が絡み、シャンデリアの装飾と思わせるように、灯りと共に蕾や花が一体となる。なんとも幻想的で、美しい。


「最初は俺も驚きました。どうやら精霊術で固定し、逆さまのまま育ててるそうです」


 明らかにお金がかかってるし、値するだけの景観がそこにはあった。


「デミオン様、わたし単純な人間なので、普通に水やりや花がら摘みはどうするのか疑問になってしまうのですが……」

「早朝、店が開店するよりもずっと前の段階で、ホールは一度上下逆さまになるそうで、その時に手入れをすると聞きました」


 とんでもない仕掛けだ。しかし、これだけぜいを凝らした空間ならば、通いたいと思う気持ちもわかるし、一見さんお断りも分かる気がする。


「天井の花壇は季節によって入れ替えられるので、季節の変わり目は予約客で忙しいそうですよ」

「じゃあ、冬こちらに来たら、また変わっているのですか?」

「冬は年明け前と後とで変わるそうですから、その前に一度どうでしょう?」

「約束ですよ、デミオン様」

「ええ、リリアン嬢。どうか俺と約束してください。貴女と未来の話をするのは楽しいんです。もう、どうでもいい訳じゃないですからね」


 少し柔くなる彼の目元を見て、わたしは色づいた未来を思う。きっと上手くいくと願って、その手をとる。

 

 

 

 

 予約しているわけではないため、わたしたちはホール席に案内される。ちなみにジルは、使用人専用の控え室へと別れる。東洋趣味のパーテーションで区切られ、ゆったりとした空間のホールは他の店よりも過ごしやすい。パーテーションに防音処理がなされているので、会話が他人の耳に届かない作りらしい。

 だから、思ったよりもずっと静かなのだ。感じるのは気配だけだ。

 猫足のソファはフカフカで、灰青色が落ち着いた色合いだ。ふたりがけをひとりで座るのも楽でいい。デミオンも同じで、わたしの向かいに座っている。


「デミオン様、どのケーキにします? わたしは……」


 メニューを開き、そこでわたしは言葉が止まる。はうっ……と、息が止まりかけた。これはなんということだろう。どれもこれも美味しそうで、とても迷ってしまう内容ではないか。


「期間限定のデミオン様のケーキに……どうしましょう、大変悩みますね」

「霧葡萄の焼きタルトは甘酸っぱく、添えられた濃厚なクリームとよく合いますよ。栗蜜芋のパイは馴染みのものですが、こちらの栗蜜芋は厳選の上更なる厳選された格別な物だそうです」

「せ、説明を聞いただけでも悩みます!」


 霧葡萄は霧がかる土地でないと育たない、葡萄だ。霧に染まったような白っぽい紫色で、けれども熱を加えると鮮やかな紫になる。ジャムなんかはまさしく宝石のように輝くので、人気商品のひとつだ。だから、この焼きタルトはとても見目が良いと想像つく。

 栗蜜芋のパイは王都ではお馴染みの秋の味覚で、蜜がたっぷりの栗蜜芋と呼ばれるさつま芋のような芋を使うパイ。サクサクとホクホクの食感に、とろりとした蜜が絡むような特有の甘さがクセになるのだ。

 思い出しただけだ、口の中がじゅるじゅるしてきそうだ。いや、まだしてないが。

(これ、焼き芋にしても蜜がねっとりトロトロで美味しいんだよね。庶民の屋台は焼き芋がメインだし)


「他には、青林檎のケーキに夜長梨のコンポートですね」

「夜長梨はこれからが、もっと甘くなるのではありませんか?」


 夜長梨はその名の通り、秋の夜長に収穫する梨だ。南部の方の品種で、一番甘いのが冬至の時とされる。だから、冬至の翌々日はこの梨が一斉に王都に出回り、終い月の味覚として誰もが口にする。


「早生の品種だそうです。だからか酸っぱく実が固く、それを長く煮ることにより飽きない甘さのコンポートになるとか。添えられた氷菓によく合いますよ」

「青林檎は食べたことがないです。確か……海沿いでしか育たない林檎だとか」

「そうですね、青林檎は地元では潮林檎とも呼ばれて、海からの風が無いと実がつかないそうです。潮風に何度も吹かれることにより、樹に貯められた養分が甘さと変わり実になるとか。その分収穫数も限られているので、市場でもあまり出回らない品種です」


 それを聞くと、なんとも食べ難くなるのは気のせいか。過酷な環境で、なんとか栄養を振り絞って実らせた林檎なのに、もぎ取られるなんて……辛い。

(でもそれが、弱肉強食。食物連鎖というものかしら)


「とっても……贅沢な林檎なのですね」

「林檎の中では一、二を争うぐらいの甘さだと聞きますから、とても美味しいと思います」

「デミオン様、実は全部食べたことあるのでしょうか?」


 彼の言動が推定ではなく、断定だったりしているからだ。


「一応、全て味見しました。レシピ提供の特権ですね」


 悪戯っぽく彼が笑う。


「では、その特権者一番のご推薦はどれでしょうか?」

「俺のケーキですけど、それ以外なんですよね。リリアン嬢は青林檎食べたことが無いと思うので、青林檎のケーキはどうでしょう? 青林檎は他の林檎よりも食感が柔らかくて、そこも楽しめると思います」


 確かに。名前だけしか知らない林檎だ。正直、あちらの青林檎のような気持ちでいたが、説明を聞く限り全然違う。凄く高級林檎だと分かった。


「では、デミオン様のケーキに、もう一つは青林檎のケーキにします」


 お茶も幾つか種類がある。大陸からの輸入品の希少茶から、やはり流通があまりない物に工芸茶、オリジナルブレンドのもの。


「コーヒーは置いていないのですね」

「珍しいですね、リリアン嬢はコーヒーをご存知でしたか? コーヒーは大陸が本場の飲み物ですからね、こちらでは中々良い物が手に入らないらしいですよ」


 なるほど、我が家でもまず飲まないからね。王都にも専門店が僅かにあるけど、美味しいって聞かないのはそういうわけなんだ。


「リリアン嬢はコーヒーがお好きなんですか?」

「いいえ、話に聞いただけなんです」


 ひっ! 余計なこといった?


「先ほども言いましたが、コーヒーは大陸が本場で、ただ大陸と一口に言っても国により飲み方が違うらしいです。こちらでは、一番楽な方法で飲んでいますね」


 それからは、ネルドリップコーヒーの話になる。紙フィルターはあちらの世界の当たり前だが、こちらは製紙量が異なるので、きっと自然とコーヒーフィルターも布になるのだろう。


「ではわたしは、飲み物はこの朝露のひと雫という紅茶でお願いします」


 デミオンがベルを鳴らし、スタッフを呼ぶ。彼はオリジナルブレンドの時知らずのお茶だ。

(しかしここ凄い。静かだけど、実は邪魔にならない程度に音楽が流れているし、綺麗な蝶が稀に飛んでるし)

 蝶の演出は天井の花の記憶による、幻影らしい。だから本物よりも美化された姿で、ひらひら飛んで目を楽しませてくれる。

 夏場は水場の植物へ変わり、時折聞こえるせせらぎが和ませるのだとか。高級カフェはやることが普通じゃない。


(まるで夢の中のような、現実味のない美しさがある)


 だが一番気になることは、ここのメニュー、お値段が載っていないのだ。

(いや、これはデミオン様が見た方のメニューに値段が載っているタイプかもしれない)

 だからここがお幾らの世界なのかも、わたしは分からない。スタッフ割がある店なのかも不明であるし、折角の報酬がなくなったりしないのか心配もある。


(精石のアクセサリーのお礼に、わたしが作る時は大奮発した素敵なものを用意しなきゃ!!)

 殿方なので、カフス釦やタイピンが良いだろうか? それともよくある、ブレスレットタイプやネックレス、指輪もある。

(こちらは指輪交換しない代わりに、精石のアクセサリーを交換する国だから、普段の贈り物とは違う、特別な物も別に用意しないと)

 特別な装飾品は、精石の質も違う。叶うならば、大切な人の生涯の困難を祓うような物が望ましい。とはいえ、それはお金との相談でもあるのだが。


 あれこれ考えているうちに、美味しそうなケーキと飲み物が届く。それらは想像以上で、わたしのお口はあっという間に極楽へと誘われた。

(林檎が、林檎凄い!! え、ナニかな、これ……柔らかさがマンゴーっぽいけど、でも味は完全に林檎だ!)


 むぎゅむぎゅとあまりの美味しさに一心不乱に食べていたせいか、向かいのデミオンに微笑まれてしまう。

 顔がイイ! と、思いかけもしたが、なんだが口いっぱいに頬張る年下の妹を見るような雰囲気もあり、わたしは複雑だ。

(もうちょっと、乙女らしくちょぼちょぼ食べたらよかったのかな)

 それでも口に入れてしまった物は、よく噛んで飲み込むより他になく、わたしはやはり無言で味わう。お喋りしてお口の中を見せてしまうよりは、ずっとマナーにそっている。


 それからわたしは微笑み、そっと席を外す。今日はあちこち行ったので、ここいらでお化粧を直さねばいけない。多分、デミオンも察してくれてる。

 視線でどちらにお化粧室があるのか教えてくれるので、ありがたい。それに従い、わたしは店の端へと向かう。それほど酷いことになってはいないと思うが、わたしの手に余るようならジルを呼ばねばならない。

 短い廊下の先に、目当ての場所があった。ありがたいことに、ここは自動ドアだ。多分、女性専用の場所なので押したり引いたりしなくてもよいようにしてくれているのだ。

 至れり尽くせりで、さすが高級カフェ!

 だから、わたしはそこに足を踏み入れ、もうひとりの同室人にぎょっとしてしまったのだろう。ふぎゃ! と、心で悲鳴が上がる。


「……ヤダ、地味女じゃない」


 そこにはお懐かしい美少女がひとり、マリア・スコット男爵令嬢ちゃんがいたのだ。


「なんでアンタがここに居るのよ?」


 いやそれ、わたしの言葉では?

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 誤字報告もありがとうございます。ギリギリで書いているため、とても助かっております。

 ご感想もとても嬉しいです! ヒーローを気に入っていただけて幸せです。マジックケーキのレシピはネットにもあるので、ご興味を持つ方が増えると、わたしも嬉しいです!

 この作品を気に入ってくださった方は、感想やいいね!、ブクマや広告下評価【★★★★★】等でお知らせいただけますと嬉しいです。

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