37 「……約束です、貴女は俺だけの専属だと」
「お嬢様、とても愛らしいですね」
ジルが満面の笑顔で、ウサギと戯れている。こういってはなんだが、わたしの侍女のジルは可愛い女の子だ。年はわたしより下だが、しっかりしてるのでいつも助かっている。
デミオンとの距離感もちゃんとチェックしてくれているので、本当にありがたい。そんなジルがお仕事中ではない顔で、とても楽しそうなのだ。良いことだと思う。
(今でないなら、心底そう思うわ)
しかしだ。
「ほら、お嬢様……大丈夫ですよ!!」
ジルがウサギを抱いて、見せてくれる。
看板の絵の通り、ミヤコウサギは耳が短く、ずんぐり体型にふわふわっとした体毛だ。長毛とまではいかないが、短毛よりは長くしっとりとした感じである。
だが、わたしが手を伸ばした途端、ウサギは耳をきゅぴんとおっ立ててジルの腕の中で身をよじる。
右に伸ばせば左へ逃げ、左に伸ばせば右へ逃げ、わたしをとても避けてくれるのだ。
「あらあら、きっと人見知りするウサギさんなんですね」
いや、そうじゃないのでは?
「お嬢様、エサを与えてはどうでしょう?」
ほらとばかりに、腕の中のウサギはジルにエサを与えられてモグモグする。ちなみにエサは有料で、一袋単位で売っていた。中身は何かの野菜だろう。人参ではない根菜だ。棒状のそれを、ウサギに与えればよいとのこと。
事実、わたしたち以外にもお客がいる。そこそこ人がいるので、やはりもふもふには需要があるのだろう。きゃっきゃしながら、みんな楽しそうだ。
ならばわたしもそこに参戦するべく、袋からエサを掲げる。
「ウサギちゃん、エサですよ」
できるだけ可愛い猫撫で声で、渾身の笑顔もセットで挑もうではないか! ハートマークも飛ばせる勢いでわたしはチャレンジだ。
とりゃ! とばかりにウサギの口元に差し出すのだが、そっぽを向かれてしまう。こっちか、あっちか、そこなのかと、向く方、向く方へエサを出すにもかかわらず、ウサギは一向に食らいつかない。
「お嬢様、もっとゆっくりなさってはどうでしょう?」
そういって、ジルが出したエサへは齧り付くのだから、このウサギ人を見ているとしか思えない。
(わたしの、わたしからのエサは受け取れないっていうこと? それとも何か、触れ合いコーナーのウサギは気位でも高いのか? 客を選ぶというのか!)
ウサギのくせに生意気な!
がうがうしたくなるのだが、それをするとますます悪循環でウサギに距離を取られそうである。
(悔しいー!!)
ここのウサギ、軒並みウサギ鍋にしてもいいのでは?
「お嬢様、リスと仲良くなるのはどうでしょうか?」
わたしのよからぬ気配を察知したのか、ジルが新たなるチャレンジを提案する。
「そうね、リスはウサギと違うからきっと懐いてくれるかもしれないわ」
──と、思ったのだが、世界は残酷だった。
ジルに懐くミヤコリスを見ながら、わたしは爪を噛んで世を儚みたくなる。キーキー喚くべきでは? この不平等、なんなのだろう。
(そうだった、この世は酷い世界だったんだ。自力で願いが叶うのはちっぽけな可能性で、普通は叶わないことが多いんだよ!)
だが、動物と仲良くできるくらいのささやかなものぐらい、叶っても欲深くないはず。別に動物の言葉を理解させろとか、口笛ひとつで馬を召喚できるとか、そんなチート望んでいないのだ。おかしい、あんまりだ。
わたしは使いがいのないエサを手に、しょんぼりだ。目の前ではジルに大きなドングリを与えられ、頬張るリスがいる。
(あのもりっとした頬袋を両手で挟み、バンっとしたい。わたしをボッチにさせた罪を償わせたい……)
こうして見ると、参加している誰も彼もが小動物に好かれているではないか。このわたしとの落差はどこでどう生まれたのだろう。
(しょんもりな気分だ)
持て余したウサギのエサとリスのエサを片手に、鬱々としてしまう。わたしはどうやら、動物に嫌われるタイプらしい。
前世ではそんな属性、付いてなかったと思う。漫画なんかで見かける惨い特性が、今世で付与されるとは。
上を見上げれば、ここだけ木々が薄いので軽く日差しを感じる。秋の訪れが木にも現れていた。木の上部から色付き始めている。日にあたる箇所から色が変わりやすいのだろう。
これがもっと進めば、ここは黄色と赤の天然絨毯になる。そうなれば、より美しくなるだろう。
(また、デミオン様と一緒に来たいな。そうして、綺麗な景色を共にしたい)
冬の静謐さを、春の賑やかさを、彼と味わいたい。この世はまだ見所があって、捨てたもんじゃないと思って欲しい。
そういえば、デミオンはどうしただろう。すっかりわたしのもふり欲に負けて、自分のことばかりに集中してしまった。
(きっとデミオン様のことだから、絵になる姿で戯れているはず!)
わたしはにこやかに、周囲を見回す。どうぞといわんばかりに最初は見ているだけだった彼だが、四方八方でもふってる人間を見ていれば、きっともふりたくなるはすだ。
「デミオン様、どちらに……って、何かしら? もふり山!?」
わたしの視線にはウサギとリスがたわわに実る、否、山のようにしがみつかれている誰かが映る。どころか、行列になってやしないか?
ここの触れ合いコーナーのウサギとリスは、みなリボンが首に結ばれている。野生の生き物と区別するためだ。
それなのに、このもふられ行列にはリボンのないものまでいる。なんていうか、もみくちゃだ。そこから、ぴょこりと飛び出すのは銀色の三つ編みで、本日わたしが選んだ緑のリボンが先端で蝶々結びとなっている。
「デ、デ、デ、デミオン様ー!!」
おのれ、獣め、愛され動物め! わたしの大事な婿殿を襲うとは、なんたる破廉恥。勇んで駆けつければ、ぱっかり海が割れるかのよう。ウサギとリスが避けていくではないか。
山となした獣たちが、ザーっとわたしからあからさまに逃げていく。釈然としない。なんだかとても釈然としないが、見る間にデミオンまでの道ができたので此度は良しとしよう。
「デミオン様、大丈夫ですか?」
獣に揉まれたのか、少し髪がほつれている。それでも輝きのくすまない美貌が、わたしに微笑みかけた。
(……く、顔が良い!!)
同時に、周囲のウサギとリスがよろめいていく。ばたばた、ばったりだ。デミオンは小動物も誑かせるらしい。おとぎ話のお姫様かな?
「すみません、リリアン嬢。よく分からないまま動物に懐かれてしまって……正直、襲われてる心地でした」
「助けが遅くなり、申し訳ありません。わたしがもっと早く気がつけば、リスもウサギものさばらせず散り散りにしましたものを」
ぷんすこ鼻息荒く、なおも近寄ろうとするウサギを睨む。それだけで彼らは縮こまり、距離を取る。気になるが近寄れないといったところか。
「勇ましい貴女がいてくれて良かった」
「ええ、わたしは二言のない淑女ですから、デミオン様はどうぞ遠慮なく頼ってくださいね」
「そうですね。今はリリアン嬢のお言葉に甘えたいです」
座り込んだデミオンに合わせて、わたしも傍に寄る。ハンカチでお顔やお髪などを拭く。一度髪を整えた方がいいようだ。鞄から念の為と持っていた櫛を出し、デミオンの方を向く。
「デミオン様、お髪が乱れてしまったので直しても良いでしょうか?」
女性ならば、髪が乱れればあらぬ噂をされるかもしれないが、男性ならば大丈夫だろう。
「かまいません。煩わせてしまいますが、お願いします」
「あら……これはお楽しみですから、わたしこそありがとうですよ!」
そういえば、彼が瞬く。
それからふわんと綻ぶ。
「どうぞ、リリアン嬢……貴女が喜んでくれるならば、幾らでも俺の髪を差し出しますよ」
芝居がかった仕草で、ぼろっとなった三つ編みを手に取る姿はまるで舞台の王子様のよう。それがあまりにもさまになっていて、わたしも微笑んだ。
「ではわたし、デミオン様専用の髪結師になりますね。他の人に触れさせてはいけませんよ……て、つけあがり、ます……よ」
デミオンの手袋に包まれた手が、わたしの手に触れる。櫛を持つ利き手へ唇が寄った。触れる瞬間、彼の深海の瞳に映しとどめられる。
「……約束です、貴女は俺だけの専属だと」
秋めいた風が上空で吹くのか、ひらりと葉が舞う。ジルはまだリスにかかりきりだ。わたしと彼との間をまだ寒くない風が通り過ぎ、わたしの頬を撫でる。
「……はい」
小さく頷いていた。
夏の日差しはもう去ったというのに、わたしの頬はその温度を思い出す。暑いから熱いへと変わってしまうのだ。
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