34 「蜘蛛の巣にかかった蝶でも良いですが、それは引かれるかなと思いました」
ちょっと、更新時間遅刻しました。
「デミオン様、こちらの方にお母様が懇意にしている店があるんです」
繁華街にはそれこそ王宮にも卸されている商品を扱う高級百貨店もあるが、今回の趣旨はそちらではない。わたしは覚えている道をデミオンとジルと一緒に進む。
ここ一帯は景観も整えられているが、治安が良いのも売りだ。地域で自警団を使い、スリなどを取り締まっているらしい。だからわたしも安心してお店のショーウィンドーを眺め、お買い物を楽しめる。
(屋敷に商人を呼ぶのもいいけど、散策しながらあちこち見て回るのも楽しいよね)
同じように、親子連れや友達同士、婚約者か恋人かと思われる人々と通り過ぎていく。
「楽しそうですね、リリアン嬢」
「はい、ここは知らないものや可愛いもの、綺麗なものが沢山あるので、見ているだけでワクワクします」
季節に合わせて、ショーウィンドーの陳列が変わるので、わたしとしては毎回見て回るためにここに来たいと思ってしまう。今は収穫の季節の始まりで、どの店もこっくりとした落ち葉色に染まる。豊穣の印としてかぼちゃを飾るのもこの国の風習だ。春には芽吹のマグノリア、夏には黄色い鳥と風物詩になるのが面白い。
(黄色い鳥というか、どう見ても黄色のアヒルちゃんは予想外なんだけど……伝統らしいんだよね。地方の夏祭りには金魚掬いならぬ、黄色い鳥掬いがあると聞くし)
特にわたしが大好きなのが一年の最後、終わり月の頃だ。
十三ヶ月最後の月は王の月とも呼ばれ、精霊王の月でもある。終わりと始まりを示す月でもあって、この月だけ三十日なのだ。祝祭のある月なので、あちらのクリスマスみたいに街のあちこちが綺麗に飾りつけられる。また二十九日から三十日にかけて年が変わるので、どの家も家族揃って過ごすのが慣わしだ。
王城でも終わり月には冬の宴と称し、国の守りを祈る儀式を行うらしい。
そういうこともあり、わたしは冬が嫌いではない。
「見えました。あの店です」
他の宝飾店より些かこぢんまりとした店舗は、燻製チーズのような美味しい色をしている。店の入り口の両扉にはいつも左右に大きな鉢植えが置かれ、季節に合わせた彩りになっていた。
今は銀木犀の淡い黄色の花が愛らしい。金木犀と違い、香りも薄く顔を近づけなければ分からないほど。
「失礼するわ」
挨拶しながら、ジルが開けてくれたドアを通る。天窓から光差す店舗の中は、誰かの宝箱の中のよう。フカフカの布張りの居心地良いケースの中で眠る細工物が幾つも並ぶ。
天井には照明もあるが、それとは別にサンキャッチャーみたいな物が下げられている。精石を扱う店や精霊術が組み込まれた道具を扱う店は、皆この手の飾りを下げている。
精霊はその漏れ出る光しか見ること叶わないので、この輝きを精霊と見立てているのだ。大聖堂の特大のサンキャッチャー擬きもそうである。
「いらっしゃいませ、お嬢様」
「こんにちは」
店主がカウンターとなっているガラスケース越しに、挨拶する。その背後にも、カウンターの両端にも、木枠のケースが並び美しい装飾品が飾られていた。
店内にも花が幾つも生けられ、華やかさを誇る。
「本日は何をご入用でしょうか?」
「ええ、その……今日は」
咄嗟に口籠る。そのわたしの台詞に被せて、デミオンが続く。
「彼女に似合うアクセサリーを選びたいんです。こちらは、カンネール伯爵夫人がご贔屓にされている店だとうかがいました」
「はい、当店はいつも大変お世話になっております。お嬢様、伯爵夫人はご息災でいらっしゃいますか?」
「ええ、お陰様で健やかに過ごしています。お母様は春に購入したネックレスとイヤリングのセットを大変気に入っていると言っていました。こちらはいつもセンスが良いと褒めていたわ」
「勿体ないお言葉、大変ありがたく存じます」
それから待ち時間もなく、奥から店主が現れる。
「ようこそいらっしゃいました、お嬢様」
「約束もなく、急にごめんなさいね。どうしても見たいものがあったの」
店主の案内で個室へとわたしたちは向かう。カウンターに並べられているものは、殆どが平民向けだ。貴族向けの商品は店の奥で見せてもらうか、屋敷に呼び寄せる時に彼らが持参する。
今回もこうして、個室に通された。
ドアを開けた先は、瀟洒な部屋だった。森の奥深くにしげる老木のような緑の壁紙と敷物に、煮凝ったスープの如き艶のある建材がしっくりと合う。玄関にもあった銀木犀の鉢植えの淡い黄色が、淑やかさを添えていた。
天鵞絨張りのソファに腰掛け、わたしはテーブルへと運ばれた品を見ていく。
「どれも素敵ですし、美しいですね」
普段使いできる物をと告げたからか、ゴージャスなものはない。ネックレス、イヤリング、ブローチ、どれをとっても大人しめの品だ。
「リリアン嬢はどのような物がお好きですか?」
「その、目移りしてしまって……なかなか選べません」
モチーフはわたしがデミオンを連れているからだろう。百合が多い。流石商売人、勧めるべき物を心得ている。
(でも、初めてデミオンから貰うのに、いきなり百合なんかねだったら……重いとか思われそう)
白百合は相愛の恋人や婚約者、夫婦のど定番だが、それだけに親密さがある関係だと周囲に告げるようなもの。わたしたち熱愛ラブラブでーすと、宣伝することなのだ。正直、結構ハードルが高い。
いや、婿殿になるのならば、それは普通なのか。そうでなければ、デミオンの立場も悪くなるかもしれない。他人につけ入れられる。
(だけど……)
前の時は押し付けがましいと考え、当たり障りないデザインを選んだものだ。
(そのうちに……なんて考えて、貰えないままで終わったけどさ)
「どれも選べないほど気に入ったならば、複数にしますか? ここにある物全てと言えるほどではありませんが、幾つかは選んでも大丈夫ですよ」
「そ、そんな大それたことできません!」
それはどこかの大貴族や、あちらの世界の石油王にだけ許された特権なのでは?
(あれでしょう、端から端まで、全て包んでくれっていうやつ。あ、それとも、店ごとくださいっていう奴かしら?)
そんな恐ろしいこと、デミオンにいえるわけがない。つい昨日までお財布が空っぽの人だったのだ。公爵家からの依頼のメニューはあのケーキ以外もレシピと作り方指導をしたらしく、数回に分けて報酬が支払われるらしい。が、それをわたしが当てにしてどうする。
財産を食い潰す、酷い嫁になってしまう。
「で、デミオン様……わたし、これはという品物一点だけで良いですから。今日という記念になりますし、思い出は少しずつ増やしていくものですわ」
「それは素敵な考えですね、リリアン嬢。贈り物を見るたびに、貴女は俺のことを思ってくれるのでしょう? きっと俺は貴女が身に付けてくれるごとに、その喜びを味わい噛み締めますよ」
「大袈裟です、デミオン様」
「そうかそうでないかは、どれかを贈ってから感じてください。……アクセサリーですが、リリアン嬢は髪の色が優しくて美しいので、この金色の髪飾りなど似合いそうです」
今、凄いことをいわれたような、そうでもないような、気がする。
(でも、デミオン様は王女様に冷たくされて、贈り物も喜んで貰えなかった方。初めてだと言っていたから、とてもはしゃいでいるのかも)
そうだ! そうに違いない。そして、それはわたしも同じだろう。守護を込められた精石は相手を思うからこそ、贈るもの。親が子へ、夫が妻へ、恋人が恋人へ、その心の代弁として相手に渡すのだ。
(わたしは結局、思う心を渡されなかった。愛されなくとも、せめて信頼される相手になれれば良かったのに、それも無理だと言われたようなもんだ)
恋愛だと思っていても、表層の形ばかりだったのだ。
「ほら、鏡を見てください。リリアン嬢の髪色に映えて、美しいと思いませんか?」
デミオンが店主から渡された手鏡で、わたしを映す。そこにはよくある緑の瞳の娘が、茶色い真っ直ぐで重そうな髪に飾りを当てていた。
流行りの髪型でも、色でもない。地味だといわれれば、そうだと頷くような見目だ。だけど、これが一生懸命なわたしの姿だ。淑女らしく、華美過ぎず、下品にならないよう選んだ姿。
母のようなしっかりとした貴婦人になりたくて、自分なりに頑張ってきた結果だ。
「似合いますか?」
口を突いて出た不安に、デミオンが微笑んでくれる。深い海が、その大らかさを示すよう。
「とても似合っていますよ、リリアン嬢」
(そうかな……そうだといいな)
手鏡を外せば、代わりに彼がわたしを見る。その海原がわたしを映してくれる。
「俺の見立ては確かですよ」
金色の細工物は、わたしの心を汲んだように、百合ではない花の意匠。小花と蔦が絡み、そこに小さな蝶が一匹集うモチーフだ。
「まるで貴女のようでしょう。蜘蛛の巣にかかった蝶でも良いですが、それは引かれるかなと思いました」
「そ、そうですね……」
思わず、口元が引きつってしまうのは何故か。
もしやわたし、デミオン様を食べるとか思われてないよね。蜘蛛って、そういう意味ではないよね?
蜘蛛は子沢山でもあるので、きっと繁栄万歳的な意味の言葉だとわたしは思うことにする。何より、彼がわたしを見て選んでくれた事実が胸を温める。
(綺麗だと思ってくれるなら、そう感じてくれるなら、凄く嬉しいな)
「ありがとうございます、デミオン様」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。
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