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33 「淑女の守秘義務なので、喋りません!!」

 

 

「デミオン様、さあどちらに参ります?」


 我が国の王都は国の南西部にある。やや西寄りを流れるビクロース川の両岸にまたがっており、東西で人々の階級が変わってくる。

 東区は王城や行政施設、貴族の屋敷や富裕層の邸宅などがあり、中央広場を中心とした繁華街に高級店がずらりと並ぶ。所謂(いわゆる)、貴族街と呼ばれる場所だ。王立図書館や植物園、中央歌劇場といった文化的施設もこちらに属する。大聖堂もそう。

 反対に西区には様々な職人工房が川沿いに湾岸へ向かって連なり、庶民の生活圏となっている。養育院や生鮮市場はあちら側だ。


 わたしたちが出掛ける先も、大広場から続く繁華街だ。ここは選ばれた一流の店が並び、道も綺麗な石畳。土が剥き出しのままでは、雨の日の歩行が泥で困難であるし、馬車もぬかるむと動けなくなってしまうからだ。ここでは道の端の方まで掃除がなされ、ゴミや吐瀉物(としゃぶつ)など落ちていない。お金持ち相手の商売なので、景観を大事にしているらしい。

 わたしたちはとりあえず中央広場で馬車を降りた。


「実は、リリアン嬢に精石の装飾品を贈りたいんです」


 それから、少し困った顔をする。


「突然過ぎてご迷惑でしたか?」

「いえ……ですが、デミオン様自身が欲しい物はないのですか?」

「俺は貴女に愛される夫になりたいので、欲しいものは今言ったような未来ですね」

「……それは、ありがとうございます」


(そうか、そうなんだ)

 ストレートにいわれて、わたしは上手く返せず感謝だけを告げる。でも、前にも彼はいっていた。それを生きる指針にするらしいとは聞かされていた。

(……だけど、なんか不思議な感じだ)

 前はそういう物が貰えなかったからだろう。そもそも淑女からねだるのはマナー違反なところもあり、男性が贈ってから女性が返すのが基本。


 だから最初はやきもきしていて、そのうち待つのがしんどくなり、やがて諦めかけていた。違う。完全に諦めるのは悲しいから、やって来るだろういつかをずるずる待っていたんだ。

(だって、失敗したなんて嫌だからさ。恥ずかしいし、情けないし)

 精石のアクセサリーも貰えないなんて、女の子として情けない。そこに貴族も庶民も関係ない。


「リリアン嬢?」


 デミオンに顔を覗き込まれる。立ち止まったままのわたしを疑問に思ったのだろう。


「……家族以外から貰うのは初めてなので……ごめんなさい。あ、でも、そういうのじゃない物はあったんですよ。ただ、それだけがなくて……ふふふ、こんな年なのに、わたし格好悪いですよね」


 破談したとはいえ婚約者が以前いたのにこんな体たらくで、わたしは誤魔化すように早口で話す。彼の手を引いて、宝飾店が並ぶ通りへ歩き出した。


「さあ、デミオン様。お店はこちらの方なので、迷子にならずにいきましょう!」


 そうだ! ついでに、自分用にも何か買おうかな。精石が付いていない細工品なら、手頃な価格だろう。それともデミオンの物を買おうか。意味深にならない、やはり手頃のものがいいかもしれない。

(普段使いできるものの方が、使いやすいかも)

 装飾に限らず、文具とかどうだろう。レターナイフや栞など当たり障りなく、重くもならないだろう。

 急に手を引かれたデミオンが、その長い足を持て余すようにもつれる。けれども転ぶなんてことはない。反対にわたしを抱え、真正面で向き合わさせる。


「──リリアン嬢」

「ぎゃ!」


ぐるんとされて、わたしは吃驚だ。


「奇遇ですね、俺も贈ったことがありません」

「……まさか」

「そのまさかですよ。言ったでしょう、王女殿下は俺が気に入らないから、彼女への精石の貢物はジュリアンが用意した物です。いや、その頃にはもう俺の贈り物なんてお払い箱だったので、渡す必要もなかったかな……」


 なんてことないように彼が説明する。


「リリアン嬢、俺たちお揃いで良いと思いませんか? きちんと初めての贈り物を交わし合えます。だから俺にもっと我儘を言ってください」


 そういって、最初の頃のようにデミオンが語りかける。否、初期よりも魅了力チャームが格段に強くなっている。そうとしか思えない。


「なんでも叶えますよ……ね、欲しいものありませんか?」


 海の底、見通せない青さが瞬く。細めた瞳は昏いのに容赦なく惹きつける。彼のまつ毛がよく分かるほど、その顔が近い。

 デミオンの指先が促すよう、わたしの唇に触れようとした矢先だ。


 ──ウォッホン!


 ジルの盛大な咳払いで、わたしは我にかえる。ヤバい、この位置はやばやばだ! 破廉恥で赤面もの。我が家の蔵書のロマンス小説とて、もっと控えめだろう。


(しかも、こんな人の目もあるところで、何してるのわたしー!!)


「わ、わたしは自重できる淑女なので、そんな顔してもダメです! 悪いことを言わせようとしてますね!!」


 もう、しゃがんで顔を隠したい気持ちでいっぱいだ。いやいや穴があったら潜り込みたい気持ちだろうか?

 わたしはデミオンの囲いから脱出すると、二歩三歩と前方へ向かう。羞恥で頬が熱いような気がするが、気のせいだ。きっと気のせい。そうだといって、わたし!


「リリアン嬢の悪いこととは、どんなことですか? 興味がありますね」


 後方でデミオンに問われるが、わたしは知らない。


「淑女の守秘義務なので、喋りません!!」


 マカロンタワーの二の舞は御免なのだ。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 いつも誤字報告ありがとうございます。

 また、ヒロインを気に入っていただけ、とても嬉しいです!!ご感想ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 何だろう……末永く爆発しろ! といいたくなりました。
[一言] この2人、ほほえましくて、全力で幸せになれーと思いつつ読んでます。周りは蹴散らせ。
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