31 「デミオン様は、はっきり言うと面倒臭い方ですね」
「そうですね、祝福なんて呪いと同じものです。呼び名を変えて、優良品のフリしてるだけの不良品です。全く、タチが悪くて憎たらしいです。お節介が過ぎれば嫌がらせだと、精霊も知らないのでしょう」
わたしの言葉に彼が瞬く。そうだろう。基本、この国の人間は精霊を悪くいわない。彼らのお陰で良い生活があるから、いえないのだ。
だけど、いうべき時はいうべきだ。ちょっとぐらいの文句で怒るなら、最初から人間に干渉しないで欲しい。
(これぐらい、有名税みたいなもんでしょ!)
「デミオン様が言えないなら、わたしが幾らでも精霊に悪態つきますから! 要らないもの押しつけるなって、聖堂に赴いて文句を言ってきますよ」
ケンカも辞さない覚悟もある。婿殿を守るのはわたしの役目なのだから、お任せあれだ。
そこで、彼が困ったように眉を寄せる。
「リリアン嬢は、いつも俺が言うべき台詞を奪ってしまいますね。それは俺に言わせてくださいよ」
「いえいえ、わたしは婿殿を大切にできる淑女ですので、これぐらいの甲斐性は持つべきです」
キリリとわたしは顔を引き締め、そうデミオンに告げる。いつもより二割増くらい格好良くきめたい。そうすれば、真実味も増すというもの。
「貴女は凄い女性だ。どうして、そんなにグラつくようなことばかり言ってくるんです?」
いやむしろ、デミオンもなかなかのものだ。
伸びた髪が頬にかかり、細められた瞳がものいいたげに鮮やかになる。長いまつ毛が縁取るからか、憂いさえ帯びていた。
出自不明な罪悪感と保護欲とをかき立て、容赦なく上乗せさえしてくる。デミオンの方が圧倒的に背が高く足だって長いのに、なんてことだ。
(小動物に魅入られた心地になってしまう!)
生後間もない子犬を思わせる、魔性の雰囲気ではないか。
「……そ、それは、デミオン様に道を踏み外して欲しいからです!!」
魅力を振り払い、わたしは発言する。説得を絞り出す。
そう、今までと違う進み方をして欲しいのだ。分からないなら、わたしが道案内をしよう。
(わたしも間違っているかもしれないけど、その時はふたりで迷子になっても良いよ)
「小娘の妄言と思って構いません。それでも、どうかわたしと手を繋ぎ続けましょう。わたしは最初告げた通り、デミオン様と断崖絶壁を登って朝日が見たいです」
「扇情的な口説き文句ですが……俺は約束された子で、リリアン嬢がご存知の通り精霊の寵愛がある身です。それが貴女に不幸をもたらしても良いのですか?」
よし、手応えがきた!
そうだよね。人の身に過ぎたものって、周囲にも良いと思われたりしない。本人にすら牙を剥くことがある。前世でも、神の声を聞いたって女の子が、祖国のために戦って色んなことの末に捕まって火炙りになっていた。それだって、分不相応と思われたからじゃないのかな。
(でも、わたしはあの時彼に決めたんだ! それをやっぱり遠慮しますなんて、致しません!!)
「それでも一緒にいますよ! 崖を登りきれないならわたしが支えます。無理だったら共に落ちます。信じると言ったわたしが、デミオン様を蹴り落としたりはしませんよ」
「俺が貴女を落としたら?」
あ、悪い顔してきた。これは説得が効いてきた証なのでは。もうひと声なのでは?
「そんなことになったら、わたしが空中で大回転して方向転換します。何がなんでもしますから、お付き合いください!」
「……その、手強いところ本当に良いですね。ますますグラつきます」
「じゃあ、もっとグラグラして身軽になりましょうね」
そうしたらわたしが見事な一本釣りで、彼を海底から引き上げてしまおう。
「……リリアン嬢は、例えば俺の髪が伸びて変だと思わなかったんですか?」
「健康の証だと思います。それにお忘れですか、わたしが伸ばしましょうと言ったんですよ」
ならば責任はわたしにある。それなのに、どうして彼を変だと思うのだ。
「俺は、俺がどういう存在なのかすら分かりません。約束の子なんて、ていの良い呼称で、みんなと違うのが俺なんです。俺だけが、よそ者でのけ者なんです。世間と釣り合うための分銅が、普通というそれが、俺だけにはない存在なんですよ」
「ですが、デミオン様はわたしに愛される夫になるんですよね! なってくれる、と、そのお気持ちをわたしは信じています」
「ええ、俺は……貴女ならと願ってます。ですが……リリアン嬢が望まれないなら」
「そういうことは、全く言ってません!!」
わたしは彼へと体を傾ける。手は離さない。少しでも離れれば、あっけなく彼が諦めてしまうような気がするからだ。
「デミオン様は、はっきり言うと面倒臭い方ですね」
「では、俺を婿にするのはやめますか?」
「とんでもないことです」
そういう捨て鉢発言が、まさに面倒臭いを表している。でも、これはこれで燃えてきた。わたしはめげるつもりはもうとうない。これっぽっちもない。
「そうではないと言ったばかりですよ。それに面倒臭い人間は、世の中に普通にいます。デミオン様がとても特別というわけでもありません。ご安心ください」
「……では、どうします?」
じっと、彼が深い海の眼差しで見る。
また試したくなったのか、それとも全てを投げうって賭けてみる気になったのか。
彼は掴みたいといった口で、素早くやめますなんていえる人なのかもしれない。そうして、拗らせて生きてきたのかもしれない。でもわたしとて、対デミオンに限っては悪足掻きに自信がある。
諦め慣れしているならば、こちらは口説いて口説いて、口説き落とす所存なのだ。
わたしは掴んだ手を繋ぎ直す。以前したように、互いの片手と片手を恋人繋ぎに転じた。そうして、デミオンにニッコリと渾身の微笑みひとつ。
そのまま彼の手ごと立ち上がり、華麗な椅子ドンをする。両腕と椅子の背でデミオンを閉じ込めてしまう。
整った彼ならば、驚きの顔すら美しい。
「何十回、何百回と、わたしが生涯デミオン様を幸せにしますよ。……ええ、デミオン様が幸せで嬉しくて泣きじゃくるほどにわたしは頑張りますから、覚悟してください」
デミオンの瞳を独占するよう、わたしは目前で彼だけを見つめ、囁いた。
「……それは」
互いの呼吸すら飲み干せる距離で、彼が呟く。事実、デミオンの喉がごくりと何かを嚥下した。
腹へ流したのは不安か諦観か。そのまま解けて消えてしまえとわたしは願う。
「それはとても楽しそうです。どうかリリアン嬢、俺を見事泣かせてみせてください」
掠れた声が熱を孕み、挑発めいて返すのだった。
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