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29 「行き過ぎた愛情は時に災いとなすこともあるでしょう」

本日は定時更新に遅れました。

 

 

「本当に素晴らしい。このケーキを、わたくしだけ味わうのは勿体ない話だわ。……カンネール伯爵令嬢、こちらのケーキを商品として取引する気はないかしら?」

「……販売、ですか?」

「ええ、そう」


 それはどこかに売る、ということだろうか。

(あ、でも、これデミオンの手作りだから、彼に許可をもらわないとダメだ)


「お言葉は大変光栄ですが、このケーキはデミオン様の手作りなのです。ですので、彼に了承を得なくてはいけません」


 デミオンはどう思うだろう。お願いすれば大丈夫だろうが、本心をなかなか教えてくれない傾向があるので、慎重に尋ねなくてはいけない。


「……彼自身が作ったの。デミオン卿が、ね」


 王太子妃殿下が、側の女官に何事か言いつける。それに従ってだろう、周囲にいた女官たちが次々に下がっていく。思わず後ろを振り返れば、わたしのジルも東屋から下がるところだ。


「……あの」

「入口に人を置くから、誰も入ってはこないわ。それにこの東屋は盗聴されぬよう、水路に仕掛けがあるの」


 驚くわたしを気にせず、王太子妃殿下が告げる。

 わたしは落ち着いて、再び正面の相手を見た。サスキア王太子妃殿下は、目を逸らさずわたしを見つめていた。


「大事な話を、貴女としたいと思っています」


 水のせせらぎだけが、我々を包むかのよう。間を置き、彼女は慎重に口を開く。


「埃を被った本ばかり好む女の戯言として、話半分に聞いてくれて構わないわ──カンネール伯爵令嬢、貴女は精霊の寵愛をご存知かしら?」


 その瞳は、これこそが本来の目的なのだと告げていた。


「いえ……無知で恐縮ですが、精霊の寵愛に関してわたしは存じません」


(せいれいのちょうあい?)

 頭の中で、言葉を転がす。精霊の寵愛、それは字面ままの意味だろう。精霊が愛する存在だ。


「……これは、なぜか歴史にあまり出てこないの。精霊の干渉があるのかもしれないわ。もしくは秘匿され過ぎて、知る者が少ないのかもしれない」


 王太子妃殿下は続けて語る。


「ごく稀に、そういった存在がいるらしいの。彼らは他者より秀でている面を必ず持っているわ。だから、加護があついと言われたりするわね。それならば、聞いたことがあるかしら?」

「はい、そちらでしたら存じております」


 歴史に残る偉人には、そう例えられる人もいる。天才画家に音楽家、有名な騎士もそうだ。

(ん? ……チルコット公爵家も、似通ったことを言われていなかったかな)

 そうだ! 戦争時に王族を救ったから、その勇猛果敢ゆうもうかかんさを含め精霊の加護があついのだろうと、時折囁かれている。

(正確に言うと、ご先祖様がそうだったのだろうって、話だけど)

 わたしの顔で、考えていることを読み取ったのか。王太子妃殿下も浅く頷く。


「カンネール伯爵令嬢の思う通り、わたくしの実家であるチルコット公爵家もそうだとされているわ。でもその功績に関して詳しく記された史料がないの。我が家にも王家にも、よ。わたくしはそれがずっと不思議でたまらなかった」


 王太子妃殿下は苦笑しながら、ソーサーの縁を指でなぞった。


「……わたくしが古書や古い史料を好むのは、この謎を調べようとして始まったの。今では当初の疑問関係なく本が好きになったわ。だけど、最初の不思議は分からないまま。ただ、長年探して思うことがあるの」


 まだ残っている飲み物を、彼女はスプーンでかき回す。渦を巻く液体から持ち上げれば、スプーンより雫が落ちる。

 ぽたりと、一滴。水面を揺らす。


「人であろうとなかろうと、行き過ぎた愛情は時に災いとなすこともあるでしょう。その寵愛がひと雫なのか、ひと匙なのかは誰にも分からないわ」


 もしくは──なみなみと注がれた一杯なのかもしれない。

 それは、人ではけして分からぬこと。我々では理解できぬことだ。


「王太子妃殿下は……デミオン様を、その、精霊の寵愛があると、そう語られるのですか?」

「そうかもしれないし、そうではないかもしれないと願っているわ。……彼がアリーシュ王女殿下の婚約者となったのは、先王陛下の強いご要望だったのはとても有名でしょう? ここだけの話、王女殿下は幼い頃、体が弱かったの。だけどある時、ジェメリオ様とご一緒にデミオン卿が王女殿下をお見舞いしたところ、体調が良くなったらしいの。どれほどだったか、わたくしは詳しく分かりません。けれども、偶然だとしても二度三度と繰り返されれば、必然だと考えてもおかしくないわ」


 そこに、何らかの繋がりを人は見出すのだろう。見えない糸を探すのだ。


「もとより、当時のデミオン卿はライニガー侯爵家の嫡男たる身。王女殿下の降嫁相手として問題ない身分でしたから、先王陛下が求めるのも無理ない話です」

「……王太子妃殿下は、デミオン様のご生母である、前ライニガー侯爵夫人をご存じありませんか?」


 微かに彼女は首を振る。


「いいえ。でも……当時のライニガー侯爵つまりデミオン卿の祖父君おじぎみに当たる方が、わたくしの祖父に話したことがあるそうです。孫は約束された子だと、印もあるから確かだと」

「約束された子、ですか」

「そうです。何を約束されたのかは、語らなかったとも聞きます」


 これはもう、正解に近いのではないか。いいや、殆ど答えがもたらされている。わたしの前には、彼の持つ手札がめくられた状態で並べられてしまった。


(デミオン様は、きっと精霊の愛し子だ)


 わたしは苦いものを飲み込むように、その事実を受けとめる。

 彼が人を試すわけだ。彼が人との繋がりを諦めるのも、どうでもよいと人生を諦めたのも、全てこのせいだ。

(デミオン様は、やはり自分の力を嫌ってるんじゃないかな。だってこれは、彼自身が望んで得たものじゃない。与えられ、一方的に注がれたものだ)


 約束の子の印か、それは彼にある白いあざかもしれない。

 約束の子だから、彼は祖父に望まれ、実父に疎まれたのか。

 約束の子ならば、体が丈夫だということもあるだろう。


(以前言っていたのは、それを自覚していたから?)


 ふざけるな、とわたしは思う。


 精霊だか人外だが知らないが、本人の同意を得てからしろ!

(だって、そんなのあんまりだ。だって、だって……じゃあ、彼の努力はどこにいくの? 何かをチャレンジする時のワクワクは? ねえ、約束の子だから何でもできるの? ……そうじゃないだろうっ!)


 精霊の愛し子? 上等だ。


 だったらわたしは、ごく普通の幸せを彼に贈るのだ。前にも増して、そう誓う。拳を握りしめて、ファイティングポーズで受けてたとうじゃないか。

 そのために、必要なことがある。


「王太子妃殿下、先ほどのケーキの件、謹んでお受けいたします」


 デミオンの素晴らしさを、何としてでも彼に伝えよう。約束の子だからではない、彼が選んで行ったから素敵なのだ、とわたしは全力でデミオンに語りたい。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 連日、暑い日々が続き、皆様大丈夫でしょうか? お身体にお気をつけください。

 また、ケーキに関するご感想ありがとうございます。もしかすると、同じ本を読んでいるのかもしれません。デミオンの作ったケーキはマジックガトーと呼ばれるものをモデルにしています。

 私も流行った時に作ったことがあるのですが、綺麗に作るの難しいです。


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