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3「わたくしたちは美しき真実の愛を分かち合う、運命の恋人なのよ!!」


 

「もう耐えられません。醜悪な貴方のことを愛するなど、これ以上関係を続けるなど、できなくってよ──デミオン、今夜を以て婚約破棄よ! もう近寄らないで!」

 

 若い女性の声が、城の大広間中に響き渡った。その代わり、静寂がさざなみのごとく人々を飲み込み、端々まで行き渡らせる。給仕役の城お抱えの使用人すら、動きを止めた。

 わたしも驚き、動きを止める。わーお、これ婚約破棄って奴じゃないですか? わたしもつい最近されたから、めちゃくちゃ覚えてますよ。

 

 いや、でも、ちょっと待ってよ。

 今夜は王家主催の宴でしょう? この国のお偉いさんいっぱい集まってズンちゃっちゃするんでしょ? これはあかん奴では?

 

 ここはソニード王国王都、その王城。不滅の灯火と呼ばれる大広間は、この城ご自慢の場所だ。言うまでもなく、この仕組みの元は精霊だ。精霊術という不思議能力でこういう物が作れるし、店にも売られている。ロウソクよりお高いので、誰もが使えるとまではいかないが、煙も煤もないので便利な灯りだ。

 その精霊術で、光の粒子を集めた光球が夜であろうとも照らしてくれる。異世界版の電球みたいな感じ。そのため、精霊に感謝を捧げる儀式やお祭などあり、春夏秋冬それぞれ楽しみがあるのも好きなところだ。わたしは生まれた国を気に入っている。

 

 ただ、一国民として気になるのが王女様。

 そう、先ほど高らかに婚約破棄を叫んだお方。本日は夏をお迎えする祝いの宴。毎年行う大切な年中行事なので、国中の貴族の当主は必ず出席する。勿論、うちのお父様もバッチリだ。そうして、若い人たちにはちょっとした出会いの場でもある。何しろ、普段出会えない地方の方もいらっしゃる大規模なもの。

 陛下の開会の挨拶も終わり、程々に盛り上がったところでこれだ。誰も彼もが声のする方向、一際明るく輝くシャンデリアの下に大注目だ。

 わたしも進んで目を向ける。まさか生婚約破棄イベントが起きるなんて、思ってもみなかった。自分の破棄イベントだけでなく、他の人もあるなんて。実はここ乙女ゲームの世界だったのか、非常に不安になる。

 いや、そうだったとしてもわたしはモブ。明らかにモブ中のモブのガヤサイド。登場すらしない、その他大勢だろう。現在進行形でそうなのだから。

 

「わたくし、以前から思っておりましたのよ。貴方、血の繋がる弟を虐めていたんですって? しかも、自分の無能さを無視して、逆恨みして悪虐に走るなど……なんて愚かで醜いこと」

「……アリーシャ王女殿下」

 

 そこには一組の男女と、男性がひとり。

 輝く美貌を振り撒くのは王女様。御年十七歳。太陽のように眩しい黄金の髪がふわふわで、今流行りの髪型の元締めだ。湖水のような透明な水面の瞳に、肌は白く儚げで精霊の如き美しさともっぱらの評判だ。どんなお化粧かは分からないが、プルンプルンのツヤンツヤンの肌が遠目でも分かるぐらい。

 ひと言も喋らなければ、まさに絶世の美少女そのものだ。

 その彼女の側には金髪のイケメンが寄り添っていた。こっちもお肌プルツヤ系で、なんと羨ましい顔面素材。全体的に気取った雰囲気で、身にまとう衣装も凝っている。口角の上がり方で、気位が高いんだろうなと思わせた。

 そうして二対一で、もうひとりの殿方を非難してるよう。

 なんだか既視感ある光景だ。同じ被害に遭ったからか、懐かしさまで感じてしまう。偉い人だろうと、やる時は皆似た感じらしい。

 せめて、場所と時間を選んではくれないんですかね。

 王女様の断罪劇は、まだまだ続く。扇を手に憤慨ですわなポーズで、婚約者らしい相手を責め立てた。


「そのくせ成人を迎えた殿方だと言うのに、わたくしに贈り物ひとつ、手紙のひとつ送らないなんてどう言うことかしら? 会いにだって来ないなんて許し難いわ! 代わりに貴方の異母弟であるジュリアン様よりわたくしはいつも謝罪を受け、お詫びの品を受けております。こうやって弟君が真摯に支えているというのに、当人が傍若無人に振る舞うなんて本当にあり得ないことよ!」

「アリーシャ王女殿下、申し訳ありません。私の愚兄がこんなに人として、いえ男としても最低の存在であるなんて」

「ちが、違うのです。王女殿下、どうか話を……」

 

 ぼっちで立たされてる婚約者が、何かを告げようとする。けれどもだ、王女の側に立つイケメン──ジュリアンが完全に邪魔をしてくる。

 こう、フサっと前髪をなびかせて、やたらめったら格好つけたまま、王女に負けぬ声量で兄を叱責し始めた。

 

「兄上、言い訳は見苦しい! 私は全て知っております。父上や母上に暴言を投げつけ、毎夜次期当主としての仕事を放り投げ遊びに明け暮れているではないですか? それどころか、我が家の使用人にさえ酷い有様だ。食事が気に入らず食器を片っ端から落とし、服の色が違うからペーパーナイフを投げつけたとか。メイドには猥褻な言動を繰り返し、老いた庭師の背を動けぬまで蹴ったこともありましたね」

「そのようなこと、するわけがない」

「口では何とでも言えるのですよ、兄上」

「何を、何を言うのだ。……違うのです、アリーシャ王女殿下」

 

 しかし、どれだけ彼が訴えてもジュリアンは鼻で笑うばかり。しかも王女の耳には決して届かないのだろう。多分聞く気がないに違いない。

 王女は顔を青ざめ悲壮感満杯に、悲劇のヒロイン顔負けでしおしおと泣き崩れる。いや、側のジュリアンが支えていた。

 これでは本当に、誰が婚約者か分かったものではない。

 

「わたくし、このような相手に耐えられません! ああ、今もあまりの恐ろしさと愚劣さにこの身が震えて止まらないわ。性根の卑しさが見目にまで現れて、怖気が立つわ。わたくし無理です──無理ですわ!」

 

 そして、王女渾身の魂の嘆きが大広間中に広がった。

 これが舞台なら、まさしく最高潮なのだろう。知らんけど。

 王女の婚約者であろうデミオン卿が、呆然としていた。なんでかこの人すっごく痩せ細ってない? あと、服がダサい。

 さっき使用人に暴力したみたいなこと言われたけど、うちの庭師のお爺ちゃんボブ爺のほうがとっても逞しいと思う。庭師のお仕事、体力勝負なところあるから、年取ってもガタイ良いんですよ。

 多分、うちのメイドの誰よりも、デミオンさんの方が華奢なんだけどな。なんなら、王女よりも細くない? 顔もこけてる気がするし、実は体弱い人なのかな。

 卑猥な言動する前に、貧血で倒れそうに見えるんだけど。

 

 かくして、王女殿下主演の愛の劇場は非道の婚約者を脇へ、その婚約者の弟君をメインに大盛り上がり。スポットライトがあれば、バッチリふたりが浴びていただろう。

 

「アリーシャ王女殿下! なんとおいたわしい。我が愚兄の不始末に言葉もございません。代わりに、尊くも美しき御身を私が生涯かけてお守りしましょう。お慰めいたします」

「まあ、ジュリアン様! そのような言葉をわたくしに捧げてくれるなんて、その清らかさ精霊王様も感激なさいますわ」

 

 いや、精霊を統べる精霊王様なら、こんな不貞見向きもしないんじゃないかしら。前に母が言った通り、一般に精霊術を使う術師は、絶対に浮気をしないとされている。

 精霊の好みが一途な想いであると聞いたし、むしろそういうのを嫌うとされており、我が国でも人々の倫理観として不貞はよく思われない。

 彼らも、大陸風の価値観に染まっているのだろうか。

 

「アリーシャ王女殿下、お許しいただけるのですか。我が不滅の愛を?」

「ええ、ジュリアンの優しくも清廉な気持ちに、わたくし何度も助けられました。そう、貴方はわたくしの偉大なる騎士だわ! わたくしたちは美しき真実の愛を分かち合う、運命の恋人なのよ!!」

 

 残念、拍手もスタンディングオベーションここでは、ありえない。こんな三文芝居、むしろしらけてしまうだろう。

 第一、一流の楽団の皆さんがめちゃくちゃ困ってしまわれている。本当はさ、そろそろ王太子殿下と王太子妃殿下がファーストダンス踊ってくれて、ダンスしましょうねとなる訳だ。

 それが、こんなことになってしまったんだもん。王家の皆様、頭痛いだろうな。

 

「あ、あの……俺は」

 ぽつりと、デミオンが問う。けれどもだ、王女の顔はまるでゴミを見るような目。

 

「要らないわ」

 

 さらに追い討ちがかかる。

 

「兄上、此度の不祥事。父上も母上ももう我慢の限界だそうです。残念ながら、我がライニガー侯爵家に兄上の居場所などありません。侯爵家からの除籍手続きを行いました」

「……そうか。俺はもう要りませんか」

 

 いやいやいや、そんなことってありますか。わたしは目を丸くする。あんぐりと開けてしまったお口は扇で隠したが、多分周囲の皆さんも似通ったお気持ちじゃないかしら。

 今の話、おかしいでしょう? だって今、除籍手続きを行いましたって、言ったよね。これから行うではなく、もう行ったのですか?

 つまり、この話全て仕込みってことでは? 酷い話だな。絶対、あの王女と次男最初からデキてるから。大体、婚約者でもないのに、距離近過ぎなんですよ。

 まあ、こそこそ噂にもなってましたしね。王家のことだから声高になんて言えないけど、アリーシャ王女殿下は婚約者のデミオン侯爵令息よりも、その異母弟のジュリアン様をお気に召してるって。

 何度も城内でふたりの逢瀬を見たとか、デミオン侯爵令息が行うべきところで堂々とジュリアン様が王女殿下をエスコートしたこともあったらしい。

 火がないところでは、煙なんて出ないもんね。


「アリーシャ! 何をしている。そなた、ジュリアン卿もだ」

 王太子殿下がやってきた。華麗なお顔は、信じられないほどに厳しい。イケメンが怖い顔すると、迫力がとんでもない。

 しかしそりゃそーだ。陛下がどうにかすると大事になる。既にある種大事だけど、これ以上目立たせるのは得策ではない。


「話ならば、別室で行いなさい。卿も」

 

 デミオンへ、ジェメリオ王太子殿下が声をかける。けれども、デミオンはぼんやりしてちょっと危なげだ。それにやっぱり、デミオンさんだけやたらと痩せてない? 顔色が悪いのは婚約破棄のやり取りだけとは思えないほど。

 わたしはこの大注目の場をよく見えるように、少しずつ移動していたので、今は最前列の方にいる。

 

「あら、お兄様。その男なら、もうこの場にいる資格などございませんこと。だって、貴族ではないでしょう」

「アリーシャ!」

 

 兄である王太子に咎められても、ツンとそっぽを向く王女様。自分は全く悪くないと思っているの、丸分かり。そこはもっと取り繕うよ。

 この王女で、うちの国大丈夫なのかな。

 

「デミオン卿、我が妹が失礼をしたようだ」

「いいえ、殿下」

 

 首を振るデミオンへ、王太子が痛ましいものを見てしまったような顔をする。

 

(あ、ダメ!)


 それをしてはいけない。

 しちゃダメなんだ。だって、そんな顔をされてしまうと、まさしく自分に価値がないと言われるようなもの。別に憐んで欲しいわけじゃない、彼はこれっぽっちも考えていないし望んでない。

 そう思ったら、わたしはもう口走っていた。

 

「──あの、その……大変恐れ多くて申し訳ございませんが、こちらの殿方をわたしめがいただいてもよろしいでしょうか?」

 

 ごめんね、お父様。

 背後のどこかで、顔面蒼白になっているだろう父に、わたしは心の中で詫びたのだった。

 

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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