26 「以前も言いましたが、驕りの素なので甘えの過剰摂取はダメなのです」
「リリアン嬢、そのドレス姿とても素敵ですね」
「ありがとうございます、デミオン様」
遂にやってきてしまった、王太子妃殿下との非公式のお茶会だ。心臓がばくばくしている。この日のために、わたしは母にいわれた通り立ち振る舞いを再度チェックした。
(その苦労が報われますように!)
少しクラシカルなドレスは、派手な飾りこそ少ないがその分布はとても上等なもの。アクセサリーもシンプルながら、高価なものにしている。
真っ直ぐ過ぎる髪も、できるだけ編み込み整え、賢そうな感じにしてもらった。
(外見大事、あまりにお馬鹿さんな格好しては、弾む会話も弾まなくなっちゃう……)
「で、で、デミオン様、わたしおかしい箇所はありませんよね」
「大丈夫ですよ、リリアン嬢は本日も魅力的です。エスコートできる俺はとても幸せ者ですね」
デミオンはわたしをよく褒めるようになった、気がする。いいや、前もそうだったかな。まあ、褒められて嫌な気持ちはないので、お言葉は素直に受けとる。
わたしは深呼吸して、馬車に乗り込んだ。
本日の装いは、デミオンも素晴らしい。
(ベネットが良い仕事をしてくれた!!)
凄くいい、とても良い、素晴らしい。何もかも眼福だ。わたしはデミオンをひたすら鑑賞する。彼は緑がかった深い青色の服に、わたしの瞳と同色の刺繍が彩る衣装だ。刺繍には少し銀糸が混ざっているので、同系色でありながら角度によってはきらきらしている。
デミオンの深海の瞳とも合い、やはり素敵だ。しかもデミオンの髪の毛は栄養が行き渡ったからなのか、近頃ぐんぐん伸び始めたのだ。何の変哲もない髪型から、肩で切り揃えたような見事なおかっぱになってしまった。
これはこれで良い。知性輝くイケメン風に見える。わたしの婿殿(仮)の顔が、今日もイイ!!
「デミオン様、本当に素晴らしいです。今日も頬を触りますね」
少しでもリラックスするために、わたしは早々に彼の頬へ手を伸ばす。この行為ができるよう、馬車の座席は隣同士にしてもらった。
向かいでジルがもう慣れ切った目で、わたしの日課を眺めている。
「……はぁ、デミオン様凄く癒されます。益々すべもちになったのではありませんか?」
「そうですか? 俺からすれば、リリアン嬢の方がずっと滑らかな肌に見えますが」
「いえ、絶対デミオン様の方が極上です!!」
確かに、わたしも少し良くなっている気もする。これも素晴らしい婿殿効果に違いない。病も気からと前世でいわれていたのだから、美肌も気分からなのだ。
「デミオン様のお髪も、はぁ……本当にイイです」
(めちゃくちゃサラサラで、もはやこの界隈のてっぺんいくのでは?)
でろでろな顔で頬と髪を堪能していたせいか、ジルの咳払いが入る。淑女として警告ものらしい。確かに、異性へこんなにべたべたしてはいけない。
性的なものは一切ないが、致し方なし。わたしは断腸の思いで、デミオンのすべもちとサラサラとお別れした。さらば頬と髪よ、また会う明日もわたしをしっかり癒して欲しい。
「緊張しなくとも大丈夫ですよ。サスキア王太子妃殿下は気さくな方なので、リリアン嬢とも仲良くしてくれるでしょう」
「デミオン様は、王太子妃殿下とお知り合いなのですか?」
「俺は子供の頃、王太子殿下の遊び役として登城していたことがありましたので、その時お会いしました。祖父がまだ壮健だった時ですね」
「サスキア王太子妃殿下は、その頃すでに王太子妃候補に上がっていたのですね」
「いえ、多分……彼女は他の目的があったと思いますよ。とにかく、ご安心をリリアン嬢」
「ですが、サスキア王太子妃殿下は公爵家のお方で、生粋のお姫様ですから……」
「彼女はそう思ってはいませんよ。実際、お会いしたら分かると思います」
この国で公爵家は四家。その内、三家は王家の傍系だ。だから、サスキア王太子妃殿下の実家のチルコット公爵家は、この国唯一の臣民の公爵位なのである。
(教えられた歴史の通りなら、チルコット家は遠い昔、大陸との戦争時に王族を守った功績で公爵位を授与されたはず)
とても凄いことを、かつてのご先祖様が行ったのだ。それ以来、チルコット家は王家に忠誠を誓い続け今に至る。
(やはり、とんでもないお姫様なのでは? チルコット公爵家は歴史と伝統ががんがん積み重なった、名門お貴族様なんだから)
すーはー何度も息をする。
(大丈夫、大丈夫、わたしだって伯爵家のお嬢様)
それでも、やはり慣れないことは怖い。城内の廊下ですっ転ばないよう祈ったり、迷子にならないよう願ったり、わたしの頭は大変忙しい。
「リリアン嬢、そんなに不安がらないでください。もし何かあったら、俺を呼べばいい。きっと駆けつけますから」
「……お気持ちだけ、ありがたくいただきます」
「甘やかされてはくれないのですね」
「以前も言いましたが、驕りの素なので甘えの過剰摂取はダメなのです」
恋愛経験値が低いわたしでも、つけ上がるのは良くないと知っている。特に、デミオンみたいな何でもしようとする相手は注意が必要だ。
(だって人は慣れちゃう生き物で、大切にしてくれる気持ちを当たり前にしてしまうんだ。だから、気を引き締めなきゃ)
誰かの特別に胡座をかいて無下にするなんて、よくある失敗の定番だろう。
「リリアン嬢はしっかりしてますね」
「そもそも、デミオン様だって王太子殿下に呼ばれているのですから、わたしに構っている暇はありませんよ」
「そこを何とかすると、言っているんです」
「何とかしなくて結構です」
わたしはきっぱりお断りする。全く、油断も隙もない。こういう時は話題変更だ。
「そういえば、デミオン様。あの箱には何が入っているのでしょう?」
わたしの正面に座るジルは、立派な箱を大切に抱え、膝の上で固定している。出かける時に、デミオンに渡されたものだ。
「あれは、リリアン嬢への援護ですよ。サスキア王太子妃殿下に、俺からだと渡して欲しいんです」
「中身を聞いてもよいでしょうか?」
「美味しいケーキです。お探しのご遺愛の品ですとお伝えください。それで通じるはずですよ」
「どなたかが愛されたケーキ、ということですか?」
「そうです。このケーキで、きっとサスキア王太子妃殿下は貴女と打ち解けてくれます。俺を信じて。ね、リリアン嬢」
微笑む彼を見ながら、断ってもしゅんとしなくなったとわたしは気付く。何でもすると望みながら、もう断られても動じない彼の本心は、実際のところどこにあったのだろう。
(試していた……とか?)
すとんと落ちてきた可能性は、妙にしっくりくる気がした。同時にわたしには関係ないと首を振る。なにしろ、わたしはわたしでしかない。考える中身も、できることも、わたしはわたしという人間を超えることはできない。
真相がどちらにせよ、わたしは常にわたしらしいことしかできないのだ。後悔なんてするだけ無駄。試されていたとしても、それがどうした。少し感情面で腹が立つくらいだ。ムカっとするくらいの自由と権利は、わたしにだってある。
(思ったより、面倒な性格なのかも。でもまあ、安心でもあるかな……)
つまりそれは、デミオンが思うほどにデミオンは完璧ではない証となる。
(ほら、やっぱりデミオン様は普通だよ!)
良いことを思いついたので、わたしはによによしてしまう。機会があったら、彼にも伝えよう。
「元気が出てきたようですね?」
「ハイ! わたしはいつでも、デミオン様の味方ですからね。ケーキ、ありがとうございます」
よし、お助けアイテムももらったことだし、わたしお茶会頑張るぞ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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