25 「今が、幸せな夢のようで怖いです」
「そんなことありません!」
わたしは立ち上がり、つかつかとデミオンの方へ向かう。彼はわたしの行動を予想してなかったのだろう。
口を開けたまま、間の抜けた顔になってる。それをわたしはぺしゃりと両手で挟んだ。むぎゅっとしてから、うにうにとする。
「ほら、デミオン様は人間ですよ! 怖いものなら、わたしが怖気付いてつかめません。それにこんなことをされるがままなんてことだって、あり得ません!!」
「り、リリっ、アン、嬢……やめ」
「やめません! わたしのお婿さんに酷いこと言う方は、こうです!! いいですか、デミオン様でも容赦しませんからね!」
(これは、絶対許さん! 絶対、絶対、デミオンパパが土下座したって許さないんだから!!)
わたしはデミオンの頬をうねうねしながら、心に誓う。デミオンはうちで沢山可愛がって、うちでしか生きていけない体にしてしまおう。それがいい、そうしよう!!
「デミオン様はずっと、ずっと、我が家にいましょうね! 知らない人に声をかけられても、美味しいおやつを出されても、よそのお家に行ってはいけませんよ」
褒めて褒めて、ちやほやしまくって、我が家が安住の地になるようにするんだ。酷いことをいう人間のもとになんか、絶対返さない。わたしが手放さない、死んだって別れたりするもんか。
(はあ…デミオン様のほっぺ、思ったよりもずっと柔いし、スベスベで凄い!!)
これは、かなりの美肌になっているのでは? ちょっと吸いついて、もちっとしてるのが癖になる。一日一回はもちもちしたくなる。
「デミオン様、今度からわたしに一日一度で良いので、こうして触らせてください」
「そ……それは、かまっ、いま、せんが」
言質はこれでいただいた! もうダメだなんてわたしは聞かない、知らない。ついでに彼の綺麗になってきた髪に触れる。
(ここも、良い具合にサラサラしてて凄い。はあ……毛並みが癒しになる。最高っ)
「デミオン様、髪の毛も伸ばしましょう! わたし、髪の長いデミオン様が拝見したいです」
「……望まれるのでしたら、伸ばしますよ」
「ええ、わたしがお似合いになるリボンを毎日選びます!」
「ではリリアン嬢、その時は綺麗に結んでくれますか?」
「はいっっ!!」
ほら、こうしてわたしも貴方もニッコリだ。デミオンとわたしは顔を見合わせて微笑み合う。
悪いことをいう親なんて、ポイしてしまおう。子は親を選べはしないけれど、逃げて逃げて逃げまくることはできると思う。
「リリアン嬢……」
「何ですか?」
懐いた猫のように、デミオンがわたしの手へ顔を預ける。されるがまま、目を瞑って呟く。
「……俺はきっと、貴女を好きになりますよ」
「予言ですか?」
「そうです」
「とても嬉しいお言葉ですね」
「今が、幸せな夢のようで怖いです」
彼の輪郭を辿っている手を取られる。片手を掴み、デミオンがわたしを見上げた。深海の瞳に光が滲んでいると思うのは、わたしの自惚か。
この瞳に、これからもっと幸せなことばかり見せるのだ。世界の輝きを、わたしが知っているうつくしいものを、彼に知らせたい。この世はまだ捨てたもんじゃないと、語りかけたい。
「どうか、覚めないままでいさせてください」
(臆病なわたしのお婿様、心配ご無用なんですよ!)
わたしの両手はふたつでけして大きくはないけれど、それでも目一杯伸ばして広げて、抱きしめよう。貴方をひとり包むぐらい、きっとわたしにもできるはず。
「デミオン様が誘拐されたとしても、わたしが必ず駆けつけて救い出してみせます! デミオン様はずっとわたしのお婿さんです!!」
約束は守るために口にするもの。
誓いはやり遂げるために、願いは叶えるためだ。小指を絡めずとも、指切りをせずとも、わたしをひたすら信じて欲しい。
「……そこは、俺に言わせて欲しいですね。俺も、貴女を救う騎士になりますよ」
デミオンがわたしの手を握る。指と指を絡め、あちらの世界の恋人繋ぎのようにする。ぎゅっとすると、ぎゅっと返される。ここにいますと語り合うよう。
それは互いの体温が伝わり、とても照れくさく同時にとても温かな感触だった。
席に戻ったわたしへ、デミオンが忠告をする。
「リリアン嬢、ジュリアンには気をつけてください。サーカスの時は、あえて俺は気が付かないフリをしました。前にも言いましたが、彼は俺の手にあるものを取るために努力する人間ですから」
「勤勉の方向性が、大変間違っていると思います」
「以前のアラン卿のことも、ジュリアンのせいかもしれません」
それは正解かもしれない。記憶が間違ってなければ、アランは話をしたといっていた。
「彼、ジュリアン様にお会いしてますよ。そう聞きました」
「では破棄された夏の宴の時に、もう目を付けられたんでしょうね。貴女が俺を欲しがったから」
目敏い異母弟さんだ。行動も素早い。
「すぐには何もしてこないでしょう。ジュリアンは努力家ですから、じわじわとくるかもしれません」
それが普通に良いことなら問題ないのですが、こちらに対する悪意だった場合、とてもよろしくないと思う。
真面目な人の嫌がらせって、半端ではない分タチが悪そうだ。否、そもそも真面目な人は嫌がらせをしないんだった。
やはり、勤勉さがねじれておかしなことになっている。
「……昔は、子供の頃は、もう少し仲が良いほうだったんです」
「そうでしたか」
「成長すると共に、関係は変わりましたが」
子供は親の影響を受けるから、ジュリアンも兄を嫌うようになったのだろう。しかもデミオンは万能型の天才だ。努力がいつでも実を結べば、誰もグレたりしないもの。
けれども、現実はそうじゃない。コツコツ頑張っていても限界がある。それを易々と超えられた時、どう感じるのか。
(兄のものを欲しがる異母弟……か。これも定番な設定だけど、この場合彼は何のためにやっているんだろう?)
ジュリアンは本当に、アリーシュ王女が好きなんだろうか。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
絶許は調べると、「ぜっきょ」「ぜつゆる」「ぜっゆる」と三種類ぐらい読み方があるらしいので、個々に好みがあるのではと検討したので、セリフの言い回しを変えてみました。
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