22 「デミオン様は、わたしの特別ですから!」
本日分は短めです。
「凄かったです。それしか言葉がありません」
「お嬢様、わたしもです。もう本当にあの方を心配して……」
魂が抜けかけた声で、わたしは帰路についていた。ジルもそれに同意し、ごにょごにょいってる。
うんうん、ジルのその気持ち分かる。わたしはあの後、デミオンにエスコートされてふらふらしたまま自席に戻ったらしいのだが、記憶にない。それぐらい、迫力があってとんでもない手品だったのだ。
世の中って、まだまだ不思議で溢れている。
あの後は、頭に乗せた長い板へワイングラスを山のように重ね、バランスを保ちながらステージを一周する芸や、わたしも知っている空中ブランコ、最後にこちらの国では見ることのない健康的に日焼けした女性たちによる一糸乱れぬダンスで終幕となった。
団長の最後の挨拶でも、大勢の拍手と口笛、歓声が鳴り止まなかった。きっとサーカスの評判はさらに高まるだろう。こんなに素晴らしいのならば、また来て欲しいと誰もが熱望する。
わたしも、来年また公演するなら是非見に行きたい。ステージに立つのは勘弁だが、ただの観客なら大歓迎だ。
サーカスのテントの周辺は、屋台や土産物売り場などが並ぶ。団員の姿絵やテント内でも販売していた飲み物。串焼きのお肉や蜜を絡めた揚げ菓子も売られている。空腹に効き目がある香りがただよっていた。
夕食には早い時間だが、演目はどれも迫力があるせいか何か摘みたい気持ちになる。早く屋敷に帰り、お茶と焼き菓子をいただこう。
「そういえばデミオン様、どうして仮面を?」
思っていた疑問を、わたしは彼に問う。
「あまり今の俺を、お忍びでいらした相手に見せない方が良いかと思いまして」
「目立つからですか?」
「そうです。それに……リリアン嬢がいますから」
あちらさんも、それぐらいは分かっていると思うけど。
(でも、わたし……睨まれたしな。嫌がらせフラグ来ちゃうやつかな)
「それも承知の上で、わたしはデミオン様と一緒にいますから気にしなくて良いですよ」
「物分かりがいいんですね、リリアン嬢」
「デミオン様は、わたしの特別ですから!」
途端、デミオンが止まる。一緒に隣で歩いてたのでわたしも立ち止まった。
「特別ですか?」
「はい、他の殿方とは違いますね」
「違いますか?」
「ええ、別だと思いますよ」
「別なんですか?」
「そうだと思いますが」
そりゃあそうだ。デミオンは我が家の婿殿、そんじょそこらの男性と一緒にならない。婿殿と婿殿以外、違って当然。うん何も間違っていない。
「そういえばリリアン嬢、手品の剣で手を怪我されたのは大丈夫ですか?」
いきなり話題が変わった。
「大丈夫ですよ。浅かったですし、ほら舞台スタッフの方がそっと塗り薬持ってきてくれたので、それが良く効いたみたいです」
きっと現場では、怪我もあるんだと思う。だから急いで持ってきてくれたんじゃないかな。わたしは貴族のお嬢さんだし、あちらも大事にはしたくないはずだ。
「……俺が側にいながら、申し訳ありません」
「いえ、わたしの自業自得なので。デミオン様は気にしなくていいですからね」
幼児並みに、興味本位で刃物に触ったわたしの愚かさの結果だ。だから謝られると困ってしまう。
「ですから、俺に貴女の時間を分けていただけませんか?」
「えっと、怪我はもう大丈夫ですよ」
「万が一があるので、きちんと確認した方が良いと思います」
「いや、でも」
「ね、俺に看病させてください」
「あ……ハイ」
顔面の圧が、圧が強い。今でこれなので、将来の威力が心配だ。わたしも抵抗力を鍛えなくては! あと声もだ。きっとデミオンは、声帯も普通以上に出来が良いのだろう。
押し切られてしまったわたしは、帰宅後お庭の東屋で彼とお茶をすることになったのである。
(デミオン様は、時折こうやって押してくるよね。こう、絶対譲らない感じで……思ったよりめげないというか)
振り返ると、自分が何かを間違えてるような、壮大な勘違いしている気持ちになるのだ。そうでなければ、騙されているのかもしれない。
(でも、じゃあもうやめますとはならないし)
拾ったワンちゃんネコちゃんにだって、責任が付きまとう。ならば相手が人間なら尚更で、婿殿候補なのだからより一層だ。
(むしろ、わたしに後がないので縄でぐるぐる巻きにしてでもモノにしておきたいから……その時はその時だ!)
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