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21 「デミオン様、折角だからとことん楽しみましょう!」

 

 

 観客の皆さんの、成り行きを見守る雰囲気が怖い。わたしはどうしていいか困ったまま、仮面を握りしめる。

 

(これお返ししますので、辞退いたしますではダメですか?)

 

 代わりのアシスタントぐらい用意しておけとか、そんな突発イベントなんて企画するなとか、色々いいたい気持ちだけが溢れる。が、舌の上にはのせられない。

 早く答えなくては、場の居心地が悪くなる一方だ。

 

「わ、わ、わた……」

 

 慌ててお断りしようとするわたしの手から、仮面が取り上げられる。ほへっ? と、隣を見ればデミオンの手の中だ。

 いいや、それどころかスチャッと装着までしてしまう。やだ、似合う、格好いい! と思うわたしも現金なものだ。

 

「デミオン様?」

「俺が代わりに出ますよ」

「失礼、彼女はとても恥ずかしがり屋な女性なので、許していただけませんか? 代わりに俺がその役を引き受けましょう」

 

(いやいやいや、それでは嫌な役押し付けてる人では? よし、わたしがやるぞ!)

 

「わたしも、わたしもやります! デミオン様だけなんてダメです」

「では、ふたりでやりましょうか? 俺とリリアン嬢との初めての共同作業になりますね」

 

(え、何それ、ケーキ入刀的な?)

 

 しかも刺すのはきっとアシスタント嬢入りの箱で、思ったよりも攻撃的な初作業である。狙ってるとは思いたくないが、やはりデミオン恐るべし。

 

「大奇術師様、どうでしょう? 俺と彼女とでお手伝いするのは?」

「どうぞ! これから起きる奇跡に対し、仲の良いおふたりならばきっと心強いでしょう。さあ、こちらに!! 会場の皆様、この素敵なふたりに拍手を」

 

 その声で、周囲から手を叩く音が上がる。奇術師に手招きされて、わたしたちは客席との間の通路を渡っていく。その時だ、首筋に何かが刺さるような心地がした。まるでチクリと針を刺されたよう。わたしは思わず振り返ってしまう。


 サーカスの客席上段、護衛たちに囲まれた特別な場所。美しくも愛らしい王女を傍にステージを眺める男と、一瞬目が合う。金髪越しに忌々しく見つめるその瞳は、確実にわたしをだけを見ていた。

 

(わたし?)


 すかさずデミオンを見るが、彼は何も気が付いていない。それとも無視してるのか? わたしには分からない。

 

(……でもなんで? デミオンを助けたから? ……まさか、もっと不幸になって欲しいとかじゃないよね)

 

「リリアン嬢、緊張しましたか?」

 

 下り階段となっている通路を踏み外しそうになり、デミオンが咄嗟に支えてくれる。でも、そうじゃないと咄嗟にそんな言葉が浮かぶ。

 わたしに向ける眼差しは優しいと思う。だけど同時に、深海とは見通せないほど暗いものなのだと思い出す。深海魚は目が見えなかっただろうか、それともよりよく見えるようになっていたのか。答えを、わたしは知らない。

 

「……彼らは気にしない方がいいですよ。一緒のテント内にいるから、考え過ぎましたか?」

「……そうですね。気にし過ぎました」

 

(きっと、気がつかなかったんだよ。そうでしょう)

 エスコートしてもらいつつ、わたしはそういい聞かせる。

(わたしは、断崖絶壁だって登り切るんだ! 一緒に登るって決めたんだ)

 

 彼の影に隠れて、守ってもらいたいんじゃない。わたしがお婿さんになるデミオンを守るのだ。だから、これが意図的であろうとも、単に分からなかっただけであろうともわたしはブレない。そう決めたんだ。

 最初に、彼へ手を差し出したのはわたしだ。わたしが自ら望んだこと。それをなかったことになんて、絶対にしない。クソ男と同じになる。

 

「デミオン様、折角の機会です。とことん楽しみましょう!」

「それは素敵ですね! 俺も楽しみたいです」

「ええ、素敵な思い出作りになります! 何年経とうとも、色褪せたりはしませんよ」





 その後のショーは素晴らしかった。

 正直、わたしの知るネタバレだと箱には気がつかない奥行きがあって、そこに人がもうひとり隠れているのだ。

 頭係と爪先係で分かれることにより、真ん中に空洞を作り剣を刺しても平気にしてしまう。何本刺してもへっちゃらという訳だ。


 けれども、ここの奇術師の手品は違う仕掛けのよう。パッと見た限り、箱にはそんな奥行きが分からない。薄っぺらいことはないが、深すぎることもない。

 ならば刺す剣が偽物かと思ったが、うっかり触り軽くだけど指を切ってしまったので、本物だった。


「これは申し訳ない!」


 と、奇術師がハンカチを指に当ててくれたほどだ。そんなハプニングもあったが、わたしとデミオンはいわれた通りふたりで剣を刺していく。思いの外重い剣はデミオンと一緒に持たないと、上手く持ち上げられないぐらいだ。


 わたしたちが剣を手にする度に、シンバルがかき鳴らされ太鼓がドンドコ鳴って人々の緊張を高める。わたしも含めて殆どの人が真剣に見ている中、場違いなほど奇術師とアシスタント嬢は笑顔を振りまいていた。


 プロ凄い!

 本当に凄い!

 

「デ、デミオン様……」

「はい、これが最後ですね」

 

 遂に最後の剣を突き刺すにいたり、もう箱の真ん中はぐちゃぐちゃに剣が突き立てられて、絶望的だ。わたしはガクブルで、目を瞑ってしまうほど。

 これで、本当にアシスタント嬢は元気なのだから驚きしかもう湧かない。


 慎重に慎重に、剣を刺した瞬間一際大きなシンバルの音に、わたしは飛び上がった。いや、多分本当には跳ねてないと思う。気持ちだけだ。

 

 トン────!!


 アッと思った時には、もう剣は吸い込まれていた。

 途端、アシスタント嬢がぐったりし、頭が項垂れる。つま先もぶらんと揺れた。命の灯火を失ったよう。え、うそ、そんな! とわたしが崩れる前にデミオンがやはり支えてくれる。

 そうして、耳元で教えてくれる。

 

「演技ですよ。ほらリリアン嬢、箱から血が出てないでしょう」

 

 そうなの? でもとてもそうとは思えない。

 会場中の人々とて、遂に悲劇が起きてしまったかと、血の気を引いている。真っ青なご婦人までいるのだから、みんな本気でやばいと思っている。泣き出してる子供の声まで聞こえてくる。

 

「紳士、淑女の皆様ご安心ください!! 実は素晴らしい宝物を持っているのです。今回お見せするのは日出る国より預かった、神秘の織物でございます!!」

 

 古ぼけた、けれどもかつては素晴らしい宝物だったと思わせるには十分な、絢爛な刺繍が施された緞帳のようなもの。

 それを、重さすらものともせず奇術師が箱へとすっぽり被せてしまう。お次に発せられたのは、やはり言語不明な謎呪文だ。

 

「さあ、本日最大の奇跡をご照覧あれ!!」

 

 さっとあらわれた団員たちが後ろへと、布を落とす。するとなんてこと、剣が全て抜けてるではないか! 一体、それらはどこに?


 そうして、目の前でベルトがバンバン切られていく。奇術師がそっと扉は手をかけて……両開きの箱の中からは無傷のアシスタント嬢が笑顔で降りてきた!!


 とびきりの笑顔に、服すら皺のない無傷っぷりだ。

 いやもうこれ、とんでもなく凄い手品なのでは? 会場内は、一気に人々の喜びの歓声と拍手と称賛とで溢れかえった。青ざめたご婦人は感涙し、子供の泣き声はもうどこにもない。

 後方の客席の人たち殆どが、立ち上がって惜しみない拍手を贈っている。わたしも唖然としたまま手が勝手に拍手していた。


 会場中が喜びと奇跡の生還に感激し、万雷の拍手で最高のショーを褒め称えたのだった。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 毎回、誤字報告も本当にありがとうございます。わたしのボケ知識と、スマホの知らぬ間の誤変換ばかりで感謝しかありません。


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