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20 「ネタバレ、それは禁忌の所業である」


 

 サーカスは素晴らしかった。

 開演時間になれば客席の照明が落とされ、ステージのみが煌々と照らされていた。そこへ大袈裟過ぎる口髭を生やした紳士があらわれ口上を述べる。団長なのだろう。

 

「ようこそ、我らがサーカスへ。紳士、淑女の皆様、お待ちかねの時間です。さあ、最高のショーをご覧あれ!!」

 

 始まりの声と共に、左右からステップしながらジャグリングをする男性たちがやって来る。双子のように背丈も髪型髪色、衣装までそっくりだ。すかさず、先ほどの団長が音声で彼らを紹介する。


 わたしの想像通り、この二人は双子らしい。

 バトンの両端には赤青黄色の飾り房、それら複数本を取りこぼすことなく空中で回す。その内、ステージ中央に七色の花で彩ったリングを持ったピエロがあらわれた。彼はなんと玉乗りをしている。

 そうして、ゆらゆら揺れる彼と一緒にリングも揺れる。そんな落ち着かない輪の中を双子たちのバトンが見事に潜る。遠目に見ても、リングの直径はバトンの倍もない。


 一回潜るたびに、客席からはもう拍手が起きる。実際、わたしも手を叩いた。初っ端から、凄い! 双子のコントロールは完璧で、ピエロが球から落ちそうになりあちこちに傾いても、吸い込まれるようバトンがクルクル回りつつちゃんと反対側の相手へと届く。


 そうして、手元でもバトンを回し続けるのだ。

 やはり凄い!

 そんな風に、次々とショーが止まらない。


 東方から来たかという複数人の男性による超絶バランスによる組体操とか、あっちの世界の童謡のハンプティ・ダンプティと見紛うピエロさんのコミカルなパントマイム。スタイル抜群な美人姉妹の華麗なファイヤーダンスは素晴らしかった。

 途中から早着替えまで入って、彼女たちはセクシーからキュートまでよりどりみどりな衣装を見せてくれる。まさに魅せる美女だ。


(いいな、これ魔法少女みたい!)


 その後は天井から吊るされたリングを使うパフォーマンス。こちらは細身の女性だ。その下では、巨大で空洞な車輪に、大の字になって嵌め込まれてるマッチョ男性による大回転。ちょっと目が足りなくなるほど、上も下も忙しい。上の女性が落ちるんじゃないかと思うとハラハラで、下の男性が目を回すんじゃないかと考えるとドキドキなのだ。


 前の席のご婦人方も上を見たり下を見たりと、何度も首を上げ下げしている。完全に首の運動になっていた。さらに女性のリングが左右に動くので、合わせて動かせばきっと肩こり予防のストレッチになると思う。


 そうして前半が終わり、休憩タイム。

 客席は満席もあって、空調が効いていても熱気がある。ただ見ているだけなのに喉が渇くし、いつの間にか握りしめていた手は汗をかいていた。

 そんなわたしを見て、ジルが声をかけてくれる。

 

「お嬢様、少しお疲れなのでは? 今、飲み物を購入してきますので、お待ちください」

「ありがとう、ジル。お願いね」

 

 どうやら有料の飲み物があるらしい。お酒もあるらしいが、後半の演目をしっかり見るため葡萄のジュースにしてくれたらしい。四人とも同じものだ。

 

「爽やかで酸味もあり美味しいですけど、思ったよりも甘い味です。少し口に残りますね」

「そうですね。葡萄は酸味の強めのものを使っているのでしょう」

「で、デミオン様は、もしかして品種まで分かるのですか?」

 

 それは、なんという黄金の舌! いや、味を真似できるっていっていたから、すでに凄かったし黄金でしたね。

 

「いいえ、俺はそこまではできませんよ。だからこそ、甘味を足しているんだとは思うんですが……何を使っているのか気になって」

「蜂蜜か砂糖ではないのですか?」

 

 こちらの世界の良いところのひとつは、甘味があることだ。蜂蜜もそうだが、サトウキビではないが、甘い実を付ける多年草があり、そこから砂糖を作る。

 だから我が家でも甘いお菓子があり、割高だが庶民の屋台でも甘い菓子がある。故に、わたしはお菓子革命だって、全くできないのだ! 食べる専門である。

 

「俺の知っているものではないような……輸入品かもしれません」

「大陸からのサーカス団ですから、もしかしたら甘味も大陸のものでしょうか?」

「そうかもしれませんね」

「では、大陸にはわたしの知らないお菓子もあるのでしょうか?」

「あちらはこの国より暑いところもありますから、そこでは氷菓が美味しいそうです。種類も幾つかあると聞きます。あとは……木の実を砕き粉末にして作る、焼き菓子があるとか」

 

 土地が違えば、食べ物も違うのだろう。氷菓とはアイスクリームだろうか? こちらの氷菓はシャーベットタイプなので、そちらも気になる。

 

「デミオン様は詳しいのですね!」

「昔読んだ本の受け売りですよ。他は……妖精がいるらしいです」

「まあ、可愛らしかったりするのでしょうか?」

「残念ながら、詳しくは書かれていませんでした」

 

(精霊がいるなら、妖精が異国にいてもおかしくないよね。見てみたいなぁ……ちっちゃくてお空を飛んで、可愛いのかも!)

 

 そんな会話をしていれば、後方上段でも何やら買って飲んでいるらしい。あそこの席、ちらっと見た限り、四方を護衛の皆さんががっつり固めているんだよね。

 チケット良く手に入ったなと思ったけど、大貴族なんだから、普通にツテがあるのだろう。お忍びとはいえ、王女殿下も一緒なんだから守りもしっかりしていそうだ。

 

(領都に来ていたサーカスと同じなら、知り合いそうだもんね)

 

 

 

 

 そうしていれば、後半の始まりだ。

 ステージ以外の明かりが落とされ、再び団長の声で演目が告げられる。

 

「紳士淑女の皆様、大変お待たせしました。我らがサーカスの目玉、大奇術師、ディアランガランの摩訶不思議の世界をとくとご覧あれ!!」

 

 そこには、目元を仮面で覆った男性が立っていた。ライトを一身に浴びる彼は衣装も奇抜だ。キラキラ眩しいのはサーカスだからだが、その背中の羽根飾り意味あるのだろうか。

 どこから見ても、カーニバルの羽飾りだ。派手過ぎないか? いや、ショーなのだから派手なのが正解なのか?


 もうすでにタネも仕掛けもありそうなマジシャンが出てきた。しかし衣装が派手なだけあって、客受はいいようだ。前方のご婦人方が身を乗り出す勢いで盛り上がってるので、仮面でもイケメンなのだろう。

 

(でもわたし、アゴ割れ系は好みじゃないんだよね)

 

 とにかく、大奇術師というのだから驚きの手品を見せてくれるはず。一緒に綺麗なアシスタントのお姉さんが出てくるに違いない。

 

「何をするんでしょうね、デミオン様」

「大掛かりな手品となるでしょうから、思いもよらないものかもしれません」

 

 わたしたちの隣の席の婚約者らしいふたりも、何事か囁きあっている。仲が良さそう。わたしたちも、外側から見たら、そう見えるだろうか。

 でもデミオンとは会ってまだ日が浅い。彼は受け答えが柔らかいが、わたしを好きになるほど信頼してるかは、また違う話だ。


(なんとなく、まだ信用されていない気がするんだよね)

 

 本心を告げてはいるのだろうが、それが彼の全てでもないと思う。あえていわない部分があっただけ。嘘にもならない。

 

(侯爵家がそもそも、本心をいえる場所じゃないのだから……彼は用心しているのかもしれない)

 

 用心深くても、それは彼の身を守るための方法だ。わたしを信じてくれないなんて酷い! なんて言葉をいうべきことじゃない。

 

 ステージでは早速手品が始まる。最初は簡単なもの。真っ赤なスカーフが掛けられた左手から、花束が生まれる。次には白鳩。会場内を羽ばたく姿に、わっと歓声が上がる。奇術師が猫や犬と次々出していくからか、観客の期待は膨れる一方だ。


 今度は大きな鳥籠があらわれて、大きな布が被せられた。何が起きるのかと静まるのは興奮の前触れだ。よく分からない呪文のようなもののあと、布をとれば綺麗な女の人の登場。


 成功と同時にシンバルが鳴り、太鼓が叩かれる。大きな拍手と口笛があちこちで起こり、観客はあっという間に魅了されてしまった。わたしが思うに、きっとこの人がアシスタント役になるのだろう。


 では次はもっと凄いことにだろうか? それは誰もが思うことだったに違いない。テントの中の熱気がさらに上がったような心地になる。その思いをより煽るように、シンバルがまた鳴らされた。

 ジャジャーンと響く音と共に、黒い塊が上から降りてきた。

 

「まあ、お次は何をするの!」

「絶対、ものすごいことよ!」


 小さな声で、ご婦人方も興奮のままステージを見つめていた。

 わたしと会場の皆の期待を裏切ることなく、手品は大掛かりになる。隠すように掛けられていた黒い布を外せば、そこには細長い白い箱が浮かぶ。金色で装飾された豪奢なもの。中央の取手を掴むと、箱の扉が両開きとなるのが分かる。勿論、中は空っぽだ。


 光沢のある青い布が貼り付けられていた。

 アシスタントは綺麗な所作で観客に礼をし、美しい微笑みのまま細長い箱に入る。奇術師がバチンバチンと、大層大きな音を立て箱を閉めた。しっかりちゃんと封をしますというように、太いベルトが用意されて何個も巻かれていく。

 この箱から見えるのは首から上とドレスの裾とつま先だけ。板を引き抜くように、一部の扉が外せるようだった。

 

「さあさあ、皆様ご注目!! この美女の運命に優しい祈りを!!」

 

 そうして大変切れ味の良さそうな剣が、奇術師の前に次々並べられている。本物だと分かるよう、りんごを見事な剣捌きで四等分までしてくれた。

 

「あれは……多分、きっと」

 

 思わず、わたしは呟いてしまった。これは知ってるやつなのだ。だけど、ネタバレしてはだめだ。ネタバレ、それは禁忌の所業である。


「リリアン嬢は何かご存知で?」

 

 デミオンの問いに、わたしはぶんぶん首を振る。振いまくって、首が痛くなるほどだ。何しろ、ネタバレはいけない! あれは悪魔のすること。世に悲しみと恨みしか呼ばない悲劇である。

 

(この手品知ってるなんて、絶対ダメ!! 推理小説の犯人を、読み途中でバラすようなものでしょう)

 

 その大袈裟な動きが、目立ったのだろう。

 わたしの席の元に、とんでもないものが飛んできた。ブーメランの如く回転し、吹っ飛んできたのは目元を隠す仮面だ。隣の婚約者たちも、前の席のご婦人方もみんながみんな、こちらに大注目。

 思わず受け止めてしまったわたしへ、ステージの奇術師様が待ってましたと呼びかける。

 

「そちらの美しきお嬢様、どうかボクのお手伝いをしてくれませんか?」

 

 な、な、何を、いってくれてんるんですかー!!! 

 ジャジャーン! と、シンバルの音がけたたましく鳴り響いた。

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 また、いつも誤字報告もありがとうございます。


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