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19 「本日の私の名はジュリーですよ、アリー」

 

 

「サーカスですか?」

「はい、デミオン様!」

 

 わたしは侍女から聞いた話を、そのまま彼に告げた。デミオンの衣装問題も解決し、彼には再び療養生活をしてもらっている。というか、布の山のドミノ倒しでまたバーク先生を呼ぶことになったのだ。

 わたしも彼も外傷がなく済んだので問題ないが、先生がいうにはデミオンは外に少し出た方がいいそうだ。気分転換も体に良い効果があるという。

 そこで悩んだわたしに、ジルが教えてくれたのがサーカスなのだ。

 

「今、王都にサーカスが来ているそうなのです。大陸から来た人気のある方々のようで」

「ああ、ライニガーの領都でも人気だったんでしょう。それでこちらにも来たのですね」

「デミオン様は、サーカスをご存知で?」

「領都には、ここ数年毎年来ていましたね。同じものかは分かりませんし、実際に見たことはないのです。俺が知っているのはテントの色ぐらいですよ」

 さらりと、悲しいことが語られる。いや、あまり気にしてないのかもしれないが。デミオンなら、サーカスの団員にだってなれそうなのだ。いやむしろ、なれる! あっという間に、花形スターになっているはず。

 

「詳しくありませんが、義母や異母弟が言うには面白い芸をするようです。驚くようなこともあるとか。きっと楽しい催しだと思います」

 

 デミオンと話して分かってきたが、ライニガー侯爵夫人は楽しいことや派手なことがお好きなようだ。それを先妻の息子に自慢するのがご趣味のようで、デミオンは彼女を通して知っているものもちらほらある。

 その割に、父親の話はあまり出てこない。異母弟は時に義母とセットで出てくる。ついでにいうと、努力家とデミオンは評していたが、方向性が間違っているので努力と素直に認めていいのか、わたしには疑問だ。

 

「では、わたしたちも見に行きませんか?」

「……俺とリリアン嬢とですか?」

「はい!」

 他に、どういう組み合わせがあるのだろう。父母同伴とか? あ、サーカスはもしや親子連れが多い場所なのだろうか。

 

(前世では行ったことがないから、その辺分からないわ)

 

「……サーカスは、巨大な天幕内で行われると聞きます。観劇と違い、隣席同士が近くなりますが……リリアン嬢、大丈夫ですか?」

「沢山の人が詰め込まれているような感じ、でしょうか?」

「そうですね。サーカスも席により金額が違うと聞くので、高額の席ならば余裕があるかもしれません」

「では、そのあたりを含め、うちの者にサーカスのチケットを手配してもらいますわ! なんでも初日分はもう売り切れているとかで、人気があるようです」

 

 

 

 

 それから六日後。よく晴れた日に、わたしたちはやって来た。わたしとデミオン、侍女のジル、こういう催し場ではスリに狙われるということで、護衛の者もひとりいる。

 貴族だと分かるようにしておけば、いらぬトラブルに巻き込まれないのだ。


「大きなテントです!」

「リリアン嬢、足元にお気を付けください」

 

 デミオンにエスコートされ、わたしは天幕へと向かう。入り口は二通りあり、指定席と自由席で分けているらしい。多分、客層が違うからだ。

 中に入れば、驚くほどに凄い。

 大きなテントを支える支柱が八本ほど、均等に立っている。そして左右に高く組まれた足場は、多分空中ブランコ用だ。客席は柱を挟みながら、上段下段と二重に円を描くよう設置されている。成程、支柱があるので席によっては見え方が違うらしい。価格に違いがでるはずだ。

 わたしたちの席は、ステージを真正面に見ることができる場所。ステージの直近側下段だが、何列か後ろの方になる。このサーカス、やはり人気なので四人分ギリギリ手に入ったらしい。席はデミオンとわたし、その後ろに護衛とジル。

 隣も似通ったりで、婚約者同士の若い男女がいたり、前方に仲良しのご婦人方のグループもいるようだ。

 開演時間までに時間があるが、すでに席へ座るお客を飽きさせないためピエロが簡単な曲芸をしてくれている。


「デミオン様、テントの中は思ったより涼しいのですね」

「きっと、中の空気を調整する道具を用いているのでしょう」


 人が集まれば熱気が凄いから、こういう便利さはありがたい。


「一体どのようなことをするのか、今から楽しみです」

「俺も興味がありますね。きっと珍しいものが見られますよ」

 

 そんな風に、穏やかに過ごしていた時だ。

 ステージ正面席後方上段から、よく響く賑やかな声が上がる。

 

「ジュリアン、見たいと言ったら直ぐに用意してくれるなんて、素晴らしいわ!」

「本日の私の名はジュリーですよ、アリー」

「まあ、そうだったわね。でも大丈夫よきっと。それよりステージに道化がいるわ、なかなか面白いことをしているのね」

「喜ぶアリーの美しい姿に、私も胸が一杯で幸せです」

「ふふ、ジュリーは正直者で可愛いわ。部屋に閉じ込められてぼんやりしてるだけなんて、わたくしつまらないの。城の女官は嫌な子ばっかりだわ。サーカスの話をわたくしに隠れてこっそりして、意地の悪い。これがあの子たちが噂にしていた、サーカスというものなのでしょう。下々だけが楽しむなんて狡いもの。わたくしだって、面白いなら是非見てみたいわ」

「可哀想なアリー、私が必ず助けてあげますよ」

 

 うわー、わたしこの声聞いたことある。あと名前も。ジュリーにアリーって、ばればれですよ。いや、初っ端からバレていたけど。

 振り返りたくない。振り返りたくないけれど、声でもう十分分かる。これ、例の宴で聞いた声そのままだ。

 

「デミオン……様、これは」

「黙っていましょう、リリアン嬢」

 

 周囲を見れば、皆察したような顔。扇で口元を隠す婦人に、恋人と見合わせるような顔の婚約者たち。子供連れのご夫婦もいたが、こちらは顔をステージに固定してスルーを決め込んでいる。

 この席にいる貴族の皆様方は、聞かなかった、見なかったことにしたようだ。

 

「高貴なあの方のお楽しみに水をさしては、何を言われるか分かりません」

 

 そうですね。

 わたしは彼らに関してお口チャックして、サーカスを楽しみますよ。

 

(本当に、何も起きないで欲しい。前世も含めて初サーカスなんだから、わたし最後まで楽しみたい!)

 


 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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