18 「えんやこら、どっせいやーっ!!!!」
さて、今回のメインは王城へ行く時のお洋服。以前の彼とは違う装いで、王太子殿下の御前へと向かって欲しい。デミオンを心配してると思われる殿下も、姿を見て安心するだろう。
ついでに我が家の株も上がればと、おまけ程度の期待もする。
華美過ぎない、しかし品のある整った素敵な服を着て、デミオンはリニューアルしましたとアピールしたいのだ。
「デミオン様、こちらの布も素敵ですわ! いえ、そちらの布も……はわわ、この布も似合うなんて!!」
「お嬢様、こちらの布はどうでしょう?」
「んまぁー!! こ、これは、デミオン様に捧げし布では……いや、こちらも捨て難いです」
わたしはデミオンに取っ替え引っ替え、布を当てる。いや、実際はお店の人が当ててくれているのだが、これがまた凄いのだ。
やはり、デミオンの顔面には伸び代しかない。この時点でもうすでに格好良い。国の頂点を目指すならばまだまだだが、素材が最高なのでもう天下などとったようなもの!
「リリアン嬢、俺はそれほどはいりませんよ」
「そんなことありません! 我々貴族には、相応の服が必要ですわ」
それは枚数だって同じだ。どう考えても、デミオンにはそれが足りない。圧倒的に足りない。もう少し増やしても、いけませんとはいわれないだろう。
とはいえ、今回は登城用と普段着と外出着だけ。人並みの体型に戻ってからが本番なので、トライアルみたいなものだろう。
「やはり赤いお色より、青い方がお似合いかしら。淡いより、濃い色の方が素敵ですね」
「今まで俺が着てきた物とは、色合いが違いますね」
それは、似合ってない色ばかり着る羽目になっていたからじゃないかな。
「これなんて、凄く似合いますよ! これにしましょう!!」
「ああ、綺麗な色ですね」
「そうなのです! デミオン様も負けていませんので、きっと素敵な装いになりますわ」
そもそも、ライニガー侯爵家がよく分からない。わたしが見る限り、彼はハイパースペックを持っている。なんか凄い! という、雑な言葉で表せるほどだ。
(普通は、ここまでできる相手を手放さないよね。義母が先妻の子供を邪魔者扱いするのは分かるんだけど……それにしても、廃嫡からの除籍は早計だったのでは?)
ライニガーさん家は、父親が空気なのだろうか? デミオンは同情すると言っていたし、超仕事人間で他は煩わしいと思うタイプ? 流石に義母が、除籍手続き完遂まではできないだろう。それは当主のすることだ。
とはいえ、わたしも世の家族全般を理解してるわけでもない。単に見下げ要員に飽きたとかかもしれない。もしくは母親に似過ぎて嫌とか?
(でも、そうならデミオン母はとんでもない美女になるけど……そんな伝説の美人の話は聞かないな……)
よく分からないが、出会い頭に言葉の喧嘩を吹っ掛けられるかもしれないので、その心構えだけはしておこう。
「お嬢様、こちらのお色などいかがでしょう?」
「あら、デミオン様の瞳に映えそうね」
「刺繍はお髪と同じ色の、お嬢様の瞳の色も入れましょう。釦も同じお色にいたします」
「ええ、そうね。こちらは無理を言ってすまないのだけれども、早急に仕上げてちょうだい、お願いね。幾らかかってもよいわ」
わたしは広げられた物の中から、さらにベネットが選んでくれる品に相槌を打つ。その間、デミオンは衝立の向こう側で採寸となった。お店に行けば別室となるが、今回は大部屋なので同室内。
勿論、覗き見なんてしませんよ!
「そうそう、ベネット。デミオン様は見ての通り細い方ですが、今は療養中なの。だからきっと体型も変わってくると思うのよ。そこを踏まえて、なんとかならないかしら?」
ベネットが考え込んでいる。そうだよね、面倒なことをいっている自覚、わたしにもある。
「難しいことをお願いしているのは分かるわ。その分支払いにも上乗せします」
「採寸より大きめに作りましょう。また、何度か伺っても良いでしょうか?」
「ええ、必要でしょうから構いません。仕上がり日は登城する前日ぐらいにして、その日に直せるところは直してもらうのは……どうかしら?」
無茶振りしてすまぬ、ベネット。今回だけの我儘なので、許して欲しい。
「お嬢様、実はあの日カンネール伯爵様に助けられたのは、このベネットの方なのです。その後、妹の店までずっとご贔屓にしていただき、感謝しかございません。どうかこのベネットにお任せください」
「ではお願いするわ」
よし! これできっとデミオンの衣装はなんとかなる。お金がかかるのは仕方がない。こういう時こそ大盤振る舞いで渡すべき。
ベネットとは今後も仲良くやっていきたい。父が思った予算よりもかなり高くついてしまうかもしれないが、渋ることはないと思う。今回だけだと、こちらもしっかりお願いしておこう。
「それとベネット。近頃何か面白い話や噂はないかしら?」
ついでに、情報収集もする。商売をする者はその手の話に素早いのだ。詐欺や上手い話に騙されないためにも、世に流れてることを知っておいて損はない。
「……そうですね、まだそれほど出回っていませんが、幾つかの店の精石が曇っているらしい、という話を聞いております」
「粗悪品ということかしら?」
「それが、購入時は普通であった石が購入後ごく僅かに輝きが鈍くなったそうです。本当に僅かなものですから、気が付かれていない場合もあると思われます」
だが、彼が口にするぐらいには該当する品があるのだろう。精石は本来輝きを失わない。守護の力を使い果たした時こそ失うか割れてしまう。それ以外ではありえないはず。
我が家も変な品物をつかまされないよう、気をつけなくてはいけない。
「ありがとうベネット。このタイとこちらのタイもお願いするわ」
わたしは購入品を決め、店の者に指示する。自分のドレスの時も思うが、綺麗な布が多くて圧巻だ。夏なので薄物が多いが、秋から冬へと変われば王都も寒くなる。
北部へ行けば雪も降るが王都では降らない。代わりに凍てつくような風が肌に辛い。本当に寒い。デミオンには暖かなコートを作らなくては。帽子も、手袋だって必要だ。
わたしは折角の機会なので、あれこれ見て回る。釦も女性用と違うデザインだ。今は廃れたが、男性にピンク色のレースが大流行した時もある。
父が母よりもひらひらしたピンクシャツを着て、夜会に出かけていくのが面白かった。デミオンもピンクシャツ、どうなのだろう。あの顔面力だ、意外といける気もする。普通の体を取り戻したならば、試しに着てくれないかなと妄想してしまったのが悪かった。
コツンと、わたしはつまずいていた。
よくある前方不注意というもので、咄嗟に近くの物を掴んだのがまた悪かったのだ。不運は不運を呼び、残念な不幸はバトンを繋ぐ。そう、落ちものゲームの連鎖のように。
「ひぃいいいいいい!!」
気がついたら、布の山のドミノ倒しだ。そんなバカなと思う間もなく、ぐるりと一周してこちらへ律儀に帰ってくる。意外に素直な動きだね、おい!
布の津波だ、わっしょーい! なんて、呑気を考えているのは脳みそによる現実逃避だろう。テスト前に漫画全巻読破したくなる心理と同じ。
(こういう時は、何だ? 頭を抱えてしゃがむと良いんだっけ?)
──ぼっふんっっっ!!
静寂の後、右往左往する人の声。
それはそうだ、貴族のご令嬢が布のドミノ倒しの中なのだから、仕立屋さんには大事件。命が掛かってくるやもしれぬ。絶対ベネットには謝るし、いっぱい何かで散財してお詫びしなくてはいかん。
布山の埃っぽさと、視界の不明瞭さの中で、わたしはそろりと動く。むぎゅとした重みで分からないが、思ったよりもダメージがない? そんなバカな? だけど、え、ほら?
「……リリアン嬢、大丈夫ですか?」
「え……ええっ! デミオン様!」
(何故、ここに? デミオン様は反対側で、衝立の向こう側にいたのでは?)
デミオンは音速の貴公子ですか? 素早すぎるのでは? よく分かりませんが人体の全力を超えてるのでは? 実は忍者の末裔? 次々浮かぶ疑問が言葉にならない。
「お、お、お怪我は! お怪我はありませんか?」
「いえ、それは俺の台詞で……」
「いけません! デミオン様の危機一髪です!」
「あ、リリアン嬢!」
健康増進計画してるのだ、ここでわたしが、わたし自身がそれをポキリと折ってどうする! 大変だ! 庇われていたらしいが、わたしは素早くデミオン救助隊員に大変身する。
布の山であろうとも、非力なお嬢様とてきっと火事場の馬鹿力があるに違いない。いざ覚醒せよ、わたしの真の力! 目覚めるべきは、今!
「えんやこら、どっせいやーっ!!!!」
やはり、非力なお嬢様は非力だった。
助けられたわたしは、現在デミオンにひたすら謝っている。
「ごめんなさい、違うの、違うのです……こんなつもりはなくて。ごめんなさい、デミオン様」
「大丈夫ですから、リリアン嬢。本当に大丈夫ですよ。もう、お顔を上げてください」
まさかまさかで、服の装飾に釦が引っかかっていたなんて。気が付かずに掛け声のまま動いたので、ぶちぶちっといったのだ。
(わ、わたしの秘めた力が、釦を引きちぎる程度なんて……ただの迷惑痴女では!)
ええ、デミオンの肌が思ったよりも美白の申し子だとか、そんなところに小さなあざがあるとか、見てませんよ! セクシー黒子があったとか全然、全然見てないし、知らないからっ!!
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