17 「これ、生きていくのに必須な装備品ですよ!!」
「リリアン嬢、その……大袈裟ではありませんか?」
「そんなことはありません! 半月後に登城するのです。相応しい装いをしなくてはなりません!」
今回のために広めの部屋を用意したが、正解だった。あれこれ持ち込まれた布や布や布とかを眺めるだけでウキウキする。釦やリボン、装飾用モールも並べられ見応えがある。
昔は布や釦、レースといった物を個人で用意して、仕立屋に持ち込み頼むという方法だったらしい。けれども人々の生活が変わるにつれそれが面倒となり、それらの販売を行う商会とデザイナーが繋がり、さらにお針子さんたちとも繋がり、便利なシステムになったらしい。
だから反対に、庶民は服に必要な材料だけ買って自分で作るという方もいるし、そうではない人用の安い仕立屋もある。
(誰の服なのかによって、縫い方とかが変わってくるんだよね、多分。身分が違うと布も変わってくるから)
母にいわせると、紳士服と婦人服では求められる技術も違うらしい。だからどの家でも男性向け、女性向けと専用の仕立屋を最低でも二軒は贔屓にしてるそうだ。王族や大貴族は専属を持っているとか。
特に女性のドレスの場合、サロンでモデルさんに着てもらい、私的ファッションショーみたいなことをするらしい。こちらでも、身分があってお金もあるとやることが豪華だ。
(でも、デミオン様は無縁な気がするんだよね。あのお粗末な服がそんなわけないし)
「デミオン様、こちらがうちで贔屓にしてるテーラーのベネットよ。彼には妹さんがいてドレスメーカーをしているの。わたしはいつもそこで仕立てています」
父と似通った年齢の彼は、いつも綺麗に髪を撫でつけている。あとクルンとしているヒゲが可愛くて、わたしはなごむ。
「ご紹介に与りました、ベネットと申します。お見知りおきください」
「ご兄妹で同じ道なんて、とても仲が良いんですね」
「ありがとうございます、共に両親と同じ道を歩みました。カンネール伯爵様には大変お世話になっております」
「お父様が見つけた方なの。とても急ぎで仕立てて欲しい物があった時に、このベネットが引き受けてくれたそうです。既にあちこちで断られていたので、精霊のお導きを感じたと聞いています」
仕立てた物も問題なく、むしろ丁寧な仕事ぶりに惚れて父が贔屓にすると決めたのだ。それから彼の妹がドレスメーカーをしていると聞き、幼いわたしのドレスを頼んでみたところ、こちらも良いと判断し今にいたる。
「ベネット、今日はお父様ではないけれどいつも通りよろしくお願いしますね」
「お任せください、お嬢様」
それから、頼んであった物をベネットの店の者が用意してくれた。こちらの世界はまだミシンがない。今後誰かが考えてくれるのでは、とわたしは激しく期待している。
そんなこともあって言付けておいたのだ。そちらに見本品となるような、事前に試作した服はないだろうかと。
お店に行ってすぐ買える世界ではない。でも今すぐ欲しい! と必死に考えて思いついたのが試作品。連絡すれば恐れ多いと返されたが、どうしても必要なのだとわたしはお手紙でお願いし倒した。
「これが、その……当店で試しとして作った品物ですが、本当にお嬢様こちらでよろしいのですか?」
「ええ、試着しなければ合うか合わないかは分かりませんが、今すぐ本当に必要なのです。どうでしょう、デミオン様。短い間普段に着る分としては、こちらでも問題ないと思うのですが」
素材の布は問題ない。だが、大量生産当たり前の世界とここは違う。自分のために作った物ではないことに、抵抗があるかもしれない。
嫌かな? 普通の貴族なら嫌といいそうかな。でも、すぐに服は作れない。そういう物なのだ。だから彼は理解してくれる、とわたしは願う。
「俺の身に合えば、特に何もありませんよ」
「そう言っていただけて……ありがとうございます」
わたしは思わずドキドキした胸を押さえる。彼の寛大さは見ていれば分かるが、それが優しいからなのか諦めなのかは見極めが難しい。
わたしに心理学の知識が唸るほどあれば、きっと彼に対して適切な言動がとれただろう。物語の聖女のごとき謎の癒しパワーもない。だから手探りして探るだけ。
「デミオン様が健やかになったら、もっと素敵な物をゆっくり作りましょうね」
「楽しみです、リリアン嬢」
少しでも未来の楽しい話をして、それが彼のためになればと口にする。それを積み重ねれば、やがて本当の明るい先へと続くだろう。その時、彼がいてわたしがいる。そんな風になればいい。
その後、幾つかサイズ的に大丈夫な物を無事に手に入れた。勿論、お代は支払う。あと、大変恥ずかしい気もするが、偉大なる勇者の志を胸にデミオンの下着とかもちゃんとお願いした。否、お願いしようとした。
(だ、だって……殿方だって……その、ちゃんとしたおぱんつ大事なのでは? メイド任せどころか、夜なべして縫ってるかもしれないお手製より、よそゆきの素敵な品格溢れるものがいるんじゃないの? これ、生きていくのに必須な装備品ですよ!!)
ノーおパンツ、ノーライフだ!
ところがどっこい、わたしが告げずともベネットとデミオンで何か通ずるものがあったらしい。「リリアン嬢」「お嬢様」と立て続けに声をかけられ、各々の爽やかな笑顔と接客スマイルで、見事わたしのお口は閉ざされたのだ。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
膝枕のリクエスト、ありがとうございます。
膝枕はお話完結の時のオマケで書きたいかなと、今考えてます。多分、その時の方が仲良しになっているので、楽しい二人になると思います。
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