14 「……リリアン嬢のそういうところ、俺は安心しますよ」
男性使用人に肩を貸してもらい、デミオンは彼自身の部屋として使っている客室に着く。
「そこの椅子で構わない。ありがとう」
殴られたせいでおぼつかないのだろう。ゆっくりと彼は椅子に座る。
「バーク先生がおいでになったら、すぐに案内をお願いね」
立ち去る使用人にそう伝え、わたしは振り返る。控えるジルは信用のある侍女なので、これから何を話そうとも他言しないだろう。
椅子にもたれ、ぐったりとしていた当人はもういつもの状態だ。ケロッとし、呑気にその長い足を組んでいる。
「リリアン嬢、お気に召してくれると俺は嬉しいですよ」
「……ええ、文句なんてありません。その、怪我はないのですか? 振りだとしても、デミオン様は倒れたのですから」
わたしも彼と向かい合う形で、間にテーブルを挟み椅子に座った。
そう、あれはデミオンの渾身の演技だ。殴る瞬間に合わせて、転んで見せたのだ。もしかしたら、ついでにアランを引っ掛けて転ばしたのかもしれないが。
ジルを使い父に伝えたのだろう。内容は知らないが、大方わたしが危ないといったところ。
聞かされた父は、きっとすぐ動いたはず。体格のいい男性使用人を引き連れて、庭に向かったに違いない。タイミングはピッタリで、最高の瞬間を見せられた。
「俺のことなら大丈夫です。ぶつかる前に倒れましたから、アラン卿自身が一番良く分かっていると思いますね。あまりに手応えがないからこそ、自分はやっていないと声高に主張してくれる。彼が正直者で助かりました」
微笑みは上品だが、やることはえげつない。でも、わたしも後悔はしていない。だから一緒に話を合わせていったのだ。
デミオンがわざと落とした手紙もきちんと見つけ、台詞付きで補足した。ただあの使い方、不敬にならないのかが心配だ。
(いや、デミオンを助けることになったのだから、王太子殿下だって、何も言わないはず!)
「ですが、よくホール伯爵令息が手を出すと、分かりましたね」
それがなければ、絶対に成り立たない計画だ。示し合わせてもいないのに、丁度良くできた。これを器用ですませていいものなのか。たまたま運が良かったのか、さてどちらだろう。
「彼の家族や、貴女との関係はカンネール伯爵に聞いてました。リリアン嬢も、彼との破談は急な話だったのでしょう。ならば、きっとアラン卿はそれほど普段から粗野ではないし、外面も良い方だ」
確かに、あの婚約破棄がなければ我が家の婿になっていただろう。父も母も特に彼に対して何か言っていたように見えない。
「けれども現実、彼はリリアン嬢から羽振りの良い男爵令嬢に乗り換えたと聞きました。……どうしてだと思います?」
「若くてお金持ちだからでしょう。あと、わたしは地味だそうですよ」
デミオンが少し悲しげになる。
「俺は、貴女に辛いことを言わせてしまいましたね」
「気にしてません。一部は事実ですし、わたしの想像も入ってますが」
実際、そう面と向かって言われたわけではない。容姿はほぼ言われたようなものだが、若さとお金に関してはこちらの推測だ。それで逐一泣いていたら、涙が幾つあっても足りなくなり干からびてしまう。
「より良いものがあればそれが婚姻であっても、いえ……だからこそですね。彼は替えた。つまり手っ取り早い底上げです。アラン卿はそうするような人間という訳だ。彼は自身よりも他者の価値に相乗りするタイプなのでしょう」
なるほど。いわれればそんな面があったような気がする。以前食事をした店で得意顔をしていた時があった。別に彼の店でもなく、彼が作ったわけでもないので、一緒に美味しいねと会話するだけで良かったと思う。
そういうところなのだろう。
「俺の経験則ですが、怒りやすい人には何通りか種類があります。四年間婚約を円滑に続けられたのですから、短気でもない。では、どうやったら怒るのか。底上げするような人は、自身に自信がない場合があります。だから言葉で誤魔化そうとする、他で補おうとする……婚約者なんてピッタリでしょう」
前世で聞いたことのあるような、何かの媒体で見たことのある例が出てきた。
「どこでも貴族の次男なんてものは、大概が跡継ぎの控えであるところが大きい。だが、上に問題がなければ家を出なければならない。アラン卿もそうだ。誤魔化し続けた痛い箇所を突かれれば、彼は怒る。己を守るために怒る人は珍しくない。そんなところです」
ああ、それはわたしも知っている。
攻撃こそ最大の防御だと。わたしが知るこのフレーズは、前世のアクションゲームでのことだったが、現実の人間にも当てはまるのだろう。
痛いのは嫌だから、過敏に反応してしまう。その一瞬の間、理性ではなく本能的恐れがきっと体を動かしているのだろう。叩かれると思って、目を瞑る子供と同じ。アランは身構えてしまったのだ。
「俺の性格が思ったよりも悪くて、リリアン嬢は後悔していますか?」
「それはありません。悪い方が面倒ごとも避けてくれてありがたいです。それより、やっぱりお父様の服はないなと思っています。いつ難癖をつけられてもいいよう、デミオン様にはもっと似合う服が必要です!!」
「難癖をつけられるのが、前提なんですね」
「この世の全ての人間に好かれるなんて、無理ですよ」
好きも嫌いも、どうしたって起きること。雨のようにぱらぱら降ってしまうことだ。
ならば濡れる覚悟と傘の準備をすればいいし、だからこれぐらいの性格の悪さなんて、ただの生きる力だ。そう思うのは非情なのだろうか。
面倒な人間と思われれば、危ない人は勝手にこちらを避けてくれる。それも大事なリスク回避というもの。酷いなんていえるのは、その手の苦労をしたことがないか、知らないだけだ。
わたしの言い分に、デミオンがふわりと笑う。
「……リリアン嬢のそういうところ、俺は安心しますよ」
「デミオン様。分かっていてやっているとは理解しましたが、それでもお身体には気をつけてください」
「ご心配ありがとうございます。ですがリリアン嬢こそ、気をつけてください。今回の場合、どうするのが最適解か分かっていますか?」
分かっています、お母様に怒られる案件だと。
「……ええ。本当はわたしは屋敷内にいて、誰かを呼べば良かったのです。侍女も側にいないのに、近寄ったわたしが一番の原因です」
「リリアン嬢、貴女に何かあればカンネール伯爵も夫人も大変悲しむでしょう。それどころか、きっとこの屋敷に勤めている誰もが悲しみますよ。勿論、俺も」
「はい、後ほど母にたっぷり叱られる心構えもできています。判断を誤ったのは、わたしですから」
「大丈夫、リリアン嬢は何が悪く今後どうするべきかもう考えてますからね。次は同じことしませんよね?」
「ええっと……前向きに検討したいと思います」
できれば、わたしもしたくない。はいその通り! と大声でお返事したい。けれども絶対かと問われると、またやってしまいそうな可能性がある。確実ともいい難し。
状況次第というべきか。上手いいい回しが思いつかない。そんなわたしの心情を察したのか。デミオンが軽く息を吐く。
「分かりました。次は必ず俺に伝えてください」
「ごめんなさい、デミオン様」
「きっとそれが、貴女の良いところでもあるのでしょうね。それに……多分リリアン嬢のそういうところ、嫌いじゃないんです。楽しいの、かな」
「楽しい……ですか?」
「ええ、俺の知る人間にリリアン嬢のような方がいなかったので。俺がなんとかしますから、ご安心を」
それはそうなのだと思う。彼は有言実行タイプだから。けれども、わたしは引っかかるのだ。
アランを煽るために告げた台詞の、幾つが彼の真実なのだろう。あれはただの煽り文句ではない。次男でなくとも家を回す歯車になれるし、誰もが親に愛でられるとは限らない。読み聞かせをしてくれる誰かがいるのは、世の当たり前ではない。そこにだって、容赦ない選別がある。
有効だと思ったのは、彼だって嫌だからではないのか?
あれは彼自身の話でもあるのでは、と考えてしまう。
(全部が彼にも当てはまる。だからわたしは、あんな事を言わせてはいけないんだ)
それだけは二度としないのだと、わたしはそっと誓いを立てた。
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