12 「お祝いの言葉、ありがとうございます」
「君は相変わらず、可愛さが欠けてるね。婚約までした仲だっていうのに」
「ホール伯爵令息、元が抜けておりますよ」
「そう言うところだよ。全く、可愛いマリアとは大違いだな」
何だ、何だ。喧嘩を売りに来たんですか?
売買って面倒なんですが、時価で買いますよ? あと、他人の家というアウェーでよくやる気になりますね。頭、大丈夫?
我が家の美しい庭も、あっという間に殺伐とした舌戦の舞台と変わる。ゴングは勿論、アランの嫌味たらしい眼差しだ。
(ムカつくから、そのタレ目にテープ貼って糸目にしてやりたい!)
それとも、鼻の穴がよく見えるようにテープで固定すべきか。なぜこの世界に油性ペンはないのだろう。あれば、今こそ目の前の男を変顔にしてしまえるのに。
目の前のわたしが、そんなことを考えているなど、気が付かない相手は肩をすくめオーバーアクションする。
可哀想と言わんばかりの顔で、けれども湧き上がる喜びを隠そうともしない。卑しい口元が、優越感をたっぷりと涎のように垂らしていた。
「君、今度は王女殿下に捨てられた相手と婚約するんだって? 破棄された者同士で、さぞ気が合うんだろうね。地味で物足りない君にはお似合いだと思うよ。僕が破棄してしまったから、可哀想な身の上を心配してたんだ。おめでとう!」
「お祝いの言葉、ありがとうございます」
満面の笑みは社交用の作り物。
こめかみに青すじひとつ出さないのが、可憐な淑女のマナー。そんなことをして、バカをつけ上がらせる予定はない。
しかしこの男、徹頭徹尾、不快なことしか口にしないなんて凄い才能だわ。だけどわたしは不満も怒りも、滲ませない。そんな隙コレに見せるものか。
「しかし、本当に残念だ。あんな見窄らしい男を婿にしたら、この家没落するんじゃないかい」
「ご心配には及びません」
「僕はつい昨日、次期ライニガー侯爵閣下とお近づきになってね、大変有益な話をしたばかりなんだよ」
「はあ……良かったですね」
アランは鼻高々でピノッキオ様々だ。可哀想なのは彼の方なのに。あらすじ通り狐の詐欺師に騙されているのに気が付かない。下手すると売られてしまうぞと思ってしまう。
そういえば、デートした時もリードする格好いい自分なんて感じだったな。優しかったけど、何でも知ってるんだとそういう驕りを見せてくれた。わたしとしては、そんな彼が素敵と思っていた時間を黒歴史として永劫に封印したい。
大体、むしろ侯爵家なんて落ち目では? わたしが思うに、アランあんたは絶対泥舟に乗ったよ。あと、ジュリアン様は謹慎とかしてないの? あんな大事をしておいて、どうなってるのかな。
「リリアンお嬢様!」
「ジル」
侍女のジルが駆けつけてくれた。日傘を手にわたしを探してくれたのだろう。さっと、わたしの脇に立つ。すぐにでも庇えるようにだ、きっと。
彼女はわたしよりも年上で、身長も高い。普通の女性よりも高いので、実はアランよりも僅かに高い。しかもキリッとしてる今は、姫を守る騎士のようで素敵だ。
格好いい、やだ素敵、惚れちゃいそう!
そして、元婚約者で四年の付き合いがあったから、ジルが彼のちゃちな矜持に触れたと分かる。アランはホール伯爵家の次男だからか、スペアの自覚がある故に大事なことはサボりがちだ。その割に自分を構って欲しい空気を出してくる。
当時のわたしは甘えてくれてるんだと、とんだ勘違い女してたんだけど、どうやら力不足だったよう。彼の望む通りに構えなかったから、彼はわたしを捨てたんだろうと今更で気がつく。
そうこうしてる間に、イケメン風味の顔が険しくなった。わたしを睨む顔を隠そうともしない。眉の吊り上がり方が分かりやすくて、顔芸として見るならば初心者向きだ。
イケてる腹芸もできない、単純令息め。
「ジル、彼はホール伯爵令息様です。当家の庭で迷われたそうよ」
「……では、ご案内いたします」
「おいおい、僕は歓談中だぞ。侍女を使って逃げるつもりか!」
逃げるも何も、くそアランと話すことなど何もないですよ。ってことが、彼には通じないらしい。この短気な反応、前の親を思い出しちゃった。
うわ最悪、わたし大嫌いなタイプと婚約してたんだ。
(お母様の言った通りだ。わたし本当に殿方を見る目ない……笑っちゃうよ)
「そもそも、今日来てやった僕に挨拶がないのがおかしいだろ? あの日だって、勝手にいなくなるなど失礼じゃないかな。マリアが悲しんでたんだよ、僕のマリアを泣かすのはやめてくれないかい!」
知らんがな。
あのな、あの見せつけシーンのどこら辺に、略奪女を悲しませる要素があるのか、わたしサッパリ分からないわ。それとも、ちゃんと最後まで観客してなかったのが悪かったんですかね。
(奪っちゃうほど可愛いわたし! な気分に浸れなかったとか? ああ……ざまぁのキメ顔をし損なったのかもね。途中退場されて、完全勝利宣言が不完全燃焼しちゃったんだ)
真面目に考えながらも、考えること自体無駄な活動に思えてくる。王太子殿下ですら狼狽える、酷い相手だ。理解する必要がなかった。
というか、これはもうボブ爺を呼んだ方が早い気がする。
当家の庭師のボブ爺はまさにカンネール伯爵家の最終兵器だ。歴戦の老騎士のような風体で、声の大きさに大変定評がある。強面から醸し出される雰囲気に、アランなんてビビるに違いない。きっと慌てふためき、敵前逃亡してくれるはず!
ボブ爺を呼ぶのに、わたしは可憐な悲鳴を上げたらいいかな?
(つーか、わたしに文句言うためにウロウロしてたんじゃ……ないよね)
だったら、怖い。完全なる変態だ。
「ホール伯爵令息様、わたしには話すことなどありません」
「何だい、その目つきは? 君のそういうところが、なってないっていうんだ!」
その時だ。
場違いなほどの拍手が、わたしとジルの後ろから鳴り響く。カーテンコールを促すような、派手な音が発せられていた。
「これは、なかなかの見せ物ですね。これほどの熱演、俺は生まれて初めて見ましたよ。素晴らしい!!」
品の良い声の持ち主は嬉々として語りながらも、その唇で微かな嘲笑を描いていた。
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