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僕はこの日、自由になった

作者: Cicera

20XX年日本、四軽県──

鉄骨とガラスが象る近代都市の構想は、よそよそしくも日常に溶け込んでいる。ビルの隙間から監視カメラが覗く。

「……(見られてる)」


1ヶ月前、僕達四軽県民は日本のモルモットとなった。総理大臣に気に入られたい県知事が、国を挙げたとある研究の対象地域に四軽県を推薦した、つまり奴は僕達を売ったのだ。

昔はこの国からもノーベル賞受賞者が出たらしいが、今では見る影もなく、もはや先進国と呼ばれることもなくなった。そこでこの研究を成功させて、日本の名をまた世界に轟かせたい、そんな魂胆だろう。正直たまったもんじゃないが、民主主義のこじれたこの国では、国民に抵抗する権利などない。

「今日の夕飯何かなー」

「うちはカレーだってさー」

どこからか聞こえる他愛のない会話。この県から逃げ出そうとした者や、不自然な行動をとった者は行方不明になる、と噂されるようになってからは、皆こんなことしか話さなくなった。おそらく、実験に優先して使われるのだ。

ここは、世界で一番平和で、異常な場所だ。


お気に入りの河川敷まで歩いて来た。ここにはどうやら研究所の監視カメラがないらしいと、つい最近気づいた。これは僕だけの秘密である。

『何してるんですか?』

見知らぬ少女が話しかけてきた。

「いや、その、空を見てたんですよ」

『そうですか…綺麗ですよね』

自分の思考に気を取られて、気配に全く気づけなかった。全身が脈打つ。

『少し…話しませんか』

頭がパニックになっていた僕は、無意識に頷く。




あのときからどれだけの月日が流れただろうか。県民が状況に馴染み出した頃、僕と少女はすっかり打ち解けていた。カメラがないのをいいことに、2人は何でも思ったことを思ったままに話した。ここが唯一僕でいられる場所だった。僕がこの少女のことが好きになってしまったのも、無理はないだろう。

少女は言う。

『ねぇ…自由になりたい、って思う?』

「もちろんさ、こんな気味の悪い場所、早く抜け出したいよ」

僕は答えた。

『実は私ね、知ってるの、自由になる方法』

「本当!?」

『嘘つくと思う?…ちょっとついてきてよ』

彼女に誘われるがままに、僕は街に向かった。


「(これってもしかして……デートってやつでは)」

楽しそうに店から店へと飛びまわる彼女をみて、ふとそんなことを思う。かわいい。だが、彼女はただウィンドウショッピングをしているだけにしか見えない。

「おーい、本来の目的、忘れてないかー?」

そう言った瞬間だった。

──異常者ヲ観測シマシタ

どこからかそんな声が聞こえた。驚いて声の方を振り向くと、監視カメラから放たれた針が、ちょうど首に突き刺さる。

「──ッ!?」

声が、、出ない。僕は必死に彼女の腕を掴もうとしたが、虚しくも、その手は彼女をすり抜けた。

そして視界はブラックアウトした。

意識が遠のいていく──




コンクリの壁、電灯、鉄格子。一昔前の刑事ドラマを彷彿とさせる。

意識を取り戻してから数時間にわたって、僕は研究員から尋問を受けた。彼らは言った、「誰と話していたのか」と。何度も何度も彼女の存在を主張したが、見せられたどの監視カメラの映像にも、彼女は映っていなかった。

現実か、自由への渇望が生み出した幻想か──

研究員らは研究の全貌は明かさなかったが、どうやら彼らは心霊現象の仕組みを解明したいらしく、僕はしばらくここで暮らすこととなった。行方不明になって帰ってきた人を見たことがないから、おそらく僕はここから一生出られないのだろう。

「もう少しで……自由になれたのに」

『なれるよ、自由に』

聞きなれた声にはっと顔を上げる。少女は悲しそうな笑みを浮かべながら、僕に麻縄を差し出した。

『騙して、ごめんね……河川敷に来る君を見てるだけのつもりだった、でもそれからどんどん話すうちに、もっと一緒にいたい、一緒に色々な世界を見たいって……』

彼女の唇が震えだす。僕はそっと彼女の手を取った。


鳴り響く警報音、パタパタと慌ただしい研究員の足音──だが、そのどれも、僕達の固く結ばれた絆には適わなかった。



──僕はこの日、自由になった──





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