僕の一番の神様
僕と彼女が出会ったのは夕暮れがきれいな日のことだった。
そして、彼女がいなくなった日も、同じように夕日が美しく燃える、そんな日だった。
懐かしい風に吹かれて、僕はふと彼女の事を思い出した。
それはまだ僕が幼い頃、自分の母が病気だったので祖母の家にいた頃の話だ。
毎日学校が終わった後に、母の病気が早く治るよう神社にお祈りしに行くが僕の日課だった。
ある日、学校から帰るのが遅くなった僕は、急いで神社に行くとそこには、狐の耳と狐の尻尾が生えた女の子が居た。
明らかに人じゃない少女に、驚いていると、
「おお!やっと来たか少年!今日は遅かったからそなたの事を待っておったのじゃ!!」
少女はそう言って、ニコニコしながら僕に近付いた。
人懐っこい笑顔を浮かべ、少女はまた口を開いた。
「すまんの!自己紹介をしていなかったな!ワシはこの神社の神様じゃ!お前が健気に思えて、そろそろ願いを叶えてやろうかと思っていたとこじゃ」
彼女は満面の笑みを浮かべた後に、ため息をついた。
「といっても、誰かの願いを叶えるという事は誰かを幸せにするという事、誰かが幸せになれば、誰かが不幸になる。そんな理不尽な世界なのじゃ、だからそなたが母の代わりになるのじゃ」
僕はそんな事を言われ、戸惑ってしまった。
てっきり神様というものは無代償で何かを叶えてくれる。
そんな存在だと思っていた。
だか父が居ない僕には母しか居ない。
母の為なら、と覚悟を決めた瞬間、彼女がニカッと笑った。
「嘘じゃ!そなたの覚悟を知りたかっただけじゃ。神が代償を得ようとするのは禁忌じゃ、それは悪魔と変わらぬからの。」
真剣な顔をした彼女は、また語った。
「明日からもう来なくて良い。安心してワシに任せろ。」
そう言って微笑み、彼女は僕を帰した。
その夜、彼女の言葉を信じて僕は眠りについた。
次の日、母から病気が急激に良くなったから、一週間後には退院できることになった、という電話が来た。
それを聞いた僕は、神様のおかげだと大喜びしていた。
そして、神様にお礼を言おうと神社に走った。
神社に着くと、そこには僕宛ての手紙が置いてあった。
手紙を開くと神様からだった。
「今頃、そなたの母は良くなった頃じゃろう。
お前がもしこの手紙を読んでいるならワシにお礼を言いに来たのだろうな、全く律儀な奴だな。
だが、ワシはもうそなたには会えん。
そなたの母は既に死ぬ運命にあったのじゃ、つまりワシは人の死という運命を変えたことによって禁忌に触れたのじゃ。
何故、ワシという神がそなたを助けたか気になるじゃろ!ん?気にならない?そう思ってたとしても聞け!
ワシはそなたから沢山のものを貰ったのじゃ。
こんな田舎の廃れた神社、信仰する者も全然おらんかったのじゃ、だけどそなたは初めて村に来た日からずっと欠かさずワシのとこに来て、ワシに祈ってくれた。
そんなそなたがどうしても愛おしかったのじゃ。
何も無いワシにとってはたったそれだけの事がとても嬉しかった。
そんなお前が唯一の母を失うのは如何せんワシが悔しかった。
少年、ありがとう。
貴方は幸せになりなさい。」
手紙にはそう書かれていた。
僕はそんな小さな神様がどうしようもなく愛おしくなってしまった。
何か彼女を助けた訳でも、仲良しだった訳でもない。
なのにそんな僕を禁忌に触れてまで助けた。
そんな神様はどうしようもなく、お人好しで優しい神様だった。
そんな小さな神様の事を考えながら、大人になった僕はその神社に訪れていた。
彼女と出会った日と同じ、綺麗に燃える夕日を背に、鳥居をくぐると、少女の様な声がした。
「おぉ、少年!やっと来たのか!遅かったな、待っておったぞ。」
目の前には、昔と何一つ変わらない、優しい微笑みを浮かべた小さな少女が立っていた。