第九十五話 ただ一つだけだった選択肢に
リンク視点です。
サーレから話を聞いた時、もしかしたらあの人の事が少しでもわかるかもしれない、なんて下心みたいなものがあった。あの人が団長をしているのはカタルシア第一皇女の騎士団だから、少しでも繋がりのある第二皇女と会えるのなら、すぐに会おうと思ったんだ。
だけど、そこでまさか、また俺の感情をぐちゃぐちゃにかき混ぜる勢いの言葉を突きつけられるとは、思ってもみなかった。
──魔道具を作る職人として、生きてみる気はないですか?──
なんて魅力的な誘いだろう。素直に思った。
きっと姫殿下ほどの地位にいる人なら、父にも、もちろん母にも対抗できる。俺の元に降って訪れた、大きなチャンス。
だけど、そのチャンスを掴めば、きっと母を悲しませる結果になるし、父にどんな目で見られるか、想像するに難くない。そう考えると自然と握っていた拳の力が強くなって、けど、目の前に現れたチャンスを掴みたい思いもあって、姫殿下から目を逸らす事はできなかった。
「あの人は…」
何より心が揺れているのは、カタルシアにあの人がいるから。俺の事を見て、初めて声を上げてくれた人。あの人がいるなら、一歩だけ、足を踏み出すのも怖くないような気がしたんだ。母も父も、家の事も忘れて、カタルシアで新しい人生を歩む。そんな夢物語を想像するのも悪くないと、自分を肯定できるような、そんな気がしたんだ。
「リンク君?」
その聞き慣れた声に、現実へ引き戻される。
姫殿下が戸惑っているうちに出た部屋から少し離れた場所で庭を眺めていた俺に話しかけてきたのは、昔からずっと一緒にいるサーレだった。
「サーレ、お前どうしてここに…」
「そっちこそ!姫殿下はどうしたの?」
まさか一人にしたんじゃないでしょうね、なんて声が聞こえてきそうな顔をするサーレに、苦い顔をせざるを得ない。あの状況で姫殿下と一緒にいたら、たぶん俺の頭は混乱続きで爆発するだろう。
「少し休憩中だよ。で、お前は?」
「私は暇だから探索中です!」
「人の家を勝手に歩き回るな!」
昔から抜けているというか、天然というか、一緒にいると肩の力が抜ける。
「はぁ…まぁ良い。俺と第二皇女姫殿下の話は終わったから、お前も戻ってきて良いと思うぞ」
「本当!?クレイグさんに部屋出て良いって許可もらった甲斐があったな〜!じゃ、さっそく行こう!」
「あぁ、あ?クレイグさん?」
「姫殿下の執事さんだよ〜!それで、ダークエルフの人はヨルさんで、メイドさんはエスターさんって言ってねぇ」
こいつは…まさか皇族の使用人とはいえ、従者をさん付けしてるのか?あ、いや、男爵家ならそれでもおかしくはないのか?でも見た限りあの三人は爵位を持っていそうな雰囲気じゃなかったが…。
「リンク君?どうしたの?」
眉間に皺を寄せる俺の顔を覗き込んできたサーレの顔が近くて、一瞬身構える。最近あまり会っていなかったせいか、サーレの行動が読めない。
「い、や、なんでもない」
「そう?なんか怖い顔してたけど…」
「お前に呆れてるんだよ」
「なんで!?」
この能天気は毎回良い反応を返してくれるな。まぁ、だから今まで幼馴染としてやってこれたんだろうけど。男爵家と伯爵家、加えてリディア家は騎士の名門で、当主が国王の騎士団長だ。一緒にいればどこかで大人の思惑というのが絡み始めてしまう。だが、このサーレっていう奴はそういう類のものに勘付く力が皆無で、逆に自分の雰囲気に飲み込んで、全てなかった事にまでしてしまう天然パワーの持ち主なのだ。
うちとデュールマン家が今でも仲良くやれてるのは、こいつのおかげかも…まぁ言い過ぎかもしれないが、少しは作用してるんだろう。
そう考えると、こいつと一緒にいて友達までやってる姫殿下って何者なんだ…?
「ねね、姫殿下と何話したの?」
そう聞いてきたサーレに、「言えるわけないだろ」とだけ返す。するとサーレはむすくれた顔をしながらも、素直に引き下がった。
「今日は素直だな?」
「だって、姫殿下に嫌われたくないもん」
「……へぇ」
サーレの口から、嫌われたくない、なんて初めて聞いたかもしれない。人から好かれる事の多い奴だから。
サーレが嫌われないように頑張る、なぁ…。俺はそんな事された事ない…よな…?なんだ、この複雑な心境は。
サーレにもそう思うだけの大事な人がいる、当たり前の事なのに、なんか複雑だ。妹が離れてく感じなのか?いや、妹がいる奴は「兄離れしてくれて良かった」とか言ってた記憶もあるし…。
「サーレは、姫殿下の事好きなんだな」
「うん?もちろん!まだ話した事も他のお友達より少ないけど、もっと仲良くなりたいの」
えへへ、と笑う顔が、まだ俺が跡継ぎになる前の頃の笑顔と重なる。そういえば、こうやって和やかに話すとか久々だ。
「感謝、するべきなんだろうな…」
リディア家の当主になる。ただ一つだけだった選択肢に、「カタルシア第一皇女姫殿下の元へ行く」という、大きな選択肢が加わった。
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