第九十二話 連れて帰りたいんだよ、私は
さてさて、エスターとサーレに癒された次の日、私はサーレにホテルから連れ出されていた。
「もうリディア小伯爵とお会いできるの?」
「はい!早い方が良いだろうとの事です!」
サーレがニッコニコの笑顔で言う。
いや、早すぎなんだよなぁ…。一応他国の姫なんだからもうちょい気を遣え。明日でよろしいでしょうか?とかサーレ経由でも良いから言え、それでも次期伯爵か!?……なーんて、思っていても言わない。だって自分でも細かすぎるってわかってるし、下手すれば古臭い親父扱いされちゃいそうだから。
揺れる馬車の中でサーレと他愛もない話をして、リディア小伯爵の事について聞いてみる。すると返ってきた答えは、昨日も話した恋の話だった。だけど、どこか言いづらそうな感じで、サーレは私の顔をチラッと見ては俯く事を繰り返している。
「どうしたの?」
「え!?あ、えっと…」
もじもじしている姿は可愛らしいけど、言葉が出ない様子にちょっと眉間に皺が寄るのも事実で。さっさと聞き出そうと「話してみて?」と優しく聞いてみた。
「もしかしたらリンク君……姫殿下のこと、好きなんじゃないか…って…」
さぁ!最近お馴染みになって参りました!定番商品「勘違い」!先着順だよ!誰から買ってく!?……なんて冗談はさておき、サーレちゃんは天然だからね。うん、天然だからこの発言なんだよ、きっと。
「そんな事あるはずないじゃない。どうしてそう思ったの?」
「だ、だってぇ…姫殿下が会いたがってるって伝えたら、最近上の空だったはずなのにすぐ反応して、すぐ連れてきてくれって…」
「それだけ?」
「それだけでも最近のリンク君にとっては凄い事なんですよぉ!!」
いや、そんな涙目で見つめられても…。
なんか最近気づいたけど、この世界の人って勘違いしやすいのかな?確かに恋は勘違いから始まるものだって、どっかで聞いたような聞いた事ないような気もするから、乙女ゲームの世界としては間違っていないのかもしれないけど、その世界で生きてる私にとっては迷惑な話だ。
これが放っておける勘違いだったらどんなに楽か…。
「大丈夫よ、上の空だって悩みがあったからかもしれないし、その悩みが解消したって思いましょう?」
「うぅ…そうなんですかね…」
「そうそう。そんなに深く考えてると頭が痛くなっちゃうから」
できるだけサーレの恋心を刺激しないように宥めれば、サーレは「そうなのかなぁ」と呟きながらもなんとか納得してくれた。ブラッドフォードと姉様の心配をしなくて良くなってきているとはいえ、ちゃんとサーレにも結婚相手を決めてもらわないと、私の不安は完全には拭えない。こうやって話すようになったんだから、ちゃんと幸せになってもらいたいしね。
それから話題は世間話に変わって、他愛もない話がまた始まる。女の子の話っていうのは長いから、話し込んでいればすぐにリディア邸に到着した。
馬車の扉を開けてくれたのは当然クレイグで、前に来た時とちょっと違うのはエスターとヨルがいるってところか。
「リディア小伯爵は?」
「屋敷の中でお待ちだそうです。リディア夫人は自室に、リディア伯爵は騎士団の数名と出掛けられていると。リアン様も同様に出掛けられているとの事です」
一問いかけたら十返してくれるのには感謝だね。
差し出されたクレイグの手を取って、馬車の段差を降りる。ちょっとリアンがいないのは意外だけど、昨日の今日だし、リアンを嫌っているらしいリンクがわざわざ言うとも思えないから、偶然だろう。
「わかった。たぶん二人で話す事になるだろうから、サーレの事よろしくね」
「かしこまりました」
邪魔される、って言い方は悪いが、一対一で話した方が良い。そっちの方が会話を聞かれて変な勘違いをされるって心配もないからね。
正直な事を言えば、リンクの今の状態がどうなっているのかは全く想像がつかない。サーレの話はだいぶ偏りがあるし、会ったのも数える程度。リディア夫人の心境の変化がどう影響しているのか確認できたら今回は及第点か。三日後には王太子の即位式があるから忙しくしているはずなのに、すぐ会うと言ったからには何かあるのかもしれないから、ちょっと警戒も必要かな?
何はともあれ、私もそろそろカタルシアに帰りたくなってきたから、さっさと片付けよう。多分だけど、これ以上長引くと私はリンクを引き抜く事も諦めてすぐ帰りたくなってしまう予感がする。
リンクの腕が良い事はサーレと出会った時に見た魔道具でわかっているんだし、リンクをカタルシアに連れて帰りたいんだよ、私は。
未来の私が諦めないように、今頑張らないと!
「姫殿下!行きましょう!」
ブンブンと振り回されている犬の尻尾がサーレの腰についているような幻覚が見えるが、まぁいつもの事なので無視をして。
私は、フィニーティスに来てから何度も足を踏み入れているリディア邸に、今日も慣れた様子で入って行った。
お読みくださりありがとうございました。




