第九十一話 私は少し拗ねて
フィニーティスの王太子が決まると言うニュースは瞬く間に国中に知れ渡り、あと数日は滞在する予定である私と姉様は、当たり前のように王太子即位の儀への参加を予定帳に書き込まれていた。
「で、来たのがこれ?」
サーレとエスターに癒されたお茶会なんて数時間も前の事。私の体はすでに疲労のピークに達していた。癒しのお茶会から私を連れ出した張本人であるクレイグが、いつもの笑みを浮かべる。
「仮病はいけませんよ」
「まだ何も言ってないですけど!?」
「苛つかれている時は大概良からぬ事をお考えの時ですから」
ぬぁんだとぉ!?……って、怒るのも疲れた。何故こんなに私が疲れているのかって?そりゃ、これを見れば一目瞭然だろう。
私の手に握られているのは一通の手紙。それには、父様と兄様の文字で言葉が綴られていたのだ。
──お前にこのドレスを贈る。何やらそちらで騒ぎを起こしたようだが安心しなさい。面白い事であればとりあえずはなんでもアリだ!──
──フィニーティスの第二王子と仲が良いそうじゃないか、アステア。どこの馬の骨とも知れん男なら追い出せるというものを!仲良くする男は俺が追い払える範囲にしておけ!できないわけではないがな!!──
なんだろう。久しぶりに二人の事を思い出したからか、物凄く疲れたし面倒くさい。父様はたぶんフィニーティス国王に話を通して私が起こした殴り込み事件をなかった事にするって事と、即位式で着るためのドレスを贈ったって事を書いてくれているから、まぁ問題はない。問題は兄様の方だ。
ツンデレの皮もヤンデレの皮もツルッツルに剥けてしまった腑抜けでも他国の第二王子には変わりないんだよ?手紙だからってあからさまに敵意剥き出しすぎだ。
「即位式いつだっけ?」
「急遽日にちが決まりまして四日後にございます」
「そんな急で準備間に合うの?」
「どうやら王太子を決めかねていた間に準備だけは済ませていたようです。忙しいのは即位式に合わせて祭りの準備をしなければいけない国民の方でしょうねぇ」
あののほほんとした王様も、ちゃんと王様なんだな。いきなりだって言うのに国民から文句の声が聞こえてこないのが良い証拠だ。忙しさをものともせずに笑顔で働く民を見れば、国民性や王家の統治が上手くいっている事がわかる。……まぁ、王妃様と騎士団長は私の中で底辺に位置してますけどね!!特に騎士団長!!
「リディア伯爵は?」
「その件でしたらエスターから報告があり、フィニーティス国王陛下と話された際に少しの休暇を与えられ随分と動揺しているらしいとの事でした。リディア伯爵がいない内に王太子即位の儀は終わるかと」
「そうなの?じゃぁ騎士団長としてじゃなく伯爵として参加するのか」
王様が動いてくれた事は嬉しいけど、それだと鉢合わせない確率がゼロじゃなくなちゃったな。騎士団長として参加するなら王様の側を離れないって予想がつくけど、普通の貴族としてだったら自由に動き回れるはずだ。
もし声なんてかけられた日には、私はたぶん殴る。いや、一瞬我慢するだろうけど、リディア伯爵が一度でも私を苛立たせるような事をすれば、顔面に一発いく可能性が…。
それに私、リディア伯爵にお願いされた「リアンを私の騎士にする」って話を拒否に近い検討って形で保留にしてあるから、声をかけられる確率が非常に高い。
「リディア伯爵もう集団でボッコボコに…」
「それはあまりお勧めいたしません。リディア伯爵のみのこなしは本物ですよ」
「やっぱり〜?」
クレイグが言うほどなのだから腕だけは確かだ。力業が生かせないのは痛い。
「でも、クレイグならできるよね?」
「老骨に鞭を打たないでいただきたいですな」
にこりと笑ったクレイグは絶対にやらないと言わんばかりで、泣く泣く諦める。クレイグから視線を移せば、いやでも視界に入ってきたのは、手紙と一緒に同封されていた可愛らしいドレス。父様から贈られてきたドレスだ。
「相変わらず青が好きだね〜」
お母様の瞳と同じ青。私の目が青に変わると知った時の喜び様も凄かったのを覚えてる。それだけベタ惚れって事だし、別に良い事だとは思うけど、贈ってくる物が半分以上青なのはなんとなく気に入らない。好きな色なんて特にないけど、私の物じゃなくお母様の物みたいなんだもん。しかもそれが無意識だって言うんだから質が悪い。直接言えば簡単に終わる話だろうが、それもそれでこっちが負けたみたいで嫌だし、受け入れるしかないんだけどさ。
「………ムカつくから赤いマフラーでも贈ってやろ」
父様や兄様には全く似合わない真っ赤なマフラー。ピンクでも良いかな。そんなに寒い季節でもないから迷惑だろうけど、私には関係ない。
ふんっと荒く鼻息を吹いてやれば、なぜだか後ろのクレイグには笑われる。
「素直じゃありませんねぇ」
「こんなに素直な人間いないと思うけど?」
まだクスクスと笑うものだから、私は少し拗ねて、エスターとヨルが来るまで、贈られてきたドレスと睨めっこを続けていた。
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