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第八十九話 忠犬そのもの

ゴロツキどもを早々に街を見回っていた兵に引き渡し、アステアは先ほどの路地裏では落ち着く事ができないと子供とクレイグを連れて場所を移した。訪れたのは兄であるクロードが時折立ち寄る喫茶店。店主に声をかければ自然な流れで奥の部屋へ案内され、何も告げていないはずなのにアステア好みの飲み物が用意されるような店だった。


「第一皇子殿下の愛情が窺えますね」

「素直に過保護だって言ったら?あ、それと、兄様そろそろ皇太子になるから言い方今から慣れといた方が良いよ」

「かしこまりました」


そんなたわいもない会話をしているアステアとクレイグの後ろで、子供はこの状況が全く飲み込めずに目を白黒させていた。そもそもこのような喫茶店に入る事など生涯ありえないと思っていたし、何より時折人並み以上に良い耳が拾ってしまう聞き慣れない単語は、無意味に子供の恐怖を引き立てていた。

そんな中、アステアが問う。


「もしかして獣人だったりする?」


その声は優しくもなく、ただ冷たくもなかった。興味だけが乗ったその言葉に、子供が目を見開く。


「な”、んで…」

「クレイグが近寄った時一番に警戒したのがあなただったのと、その服装だね。他の子供は服だったり帽子だったり、ボロボロだけど何かしら着てたのに、あなたは布切れ一枚を服みたいにして頭をすごく隠してる」

「ッ…!」


アステアの言葉を聞いて即座に頭を押さえた子供を見るに、図星なのだろう。だが、アステアの言葉は嘘だらけだ。クレイグの予想では当てずっぽうに言葉を並べているだけに過ぎず、子供に声をかけたのはただ単純に一番気になったから。それなのに子供を焦らせるまでの図星をつけるのだから、恐ろしいものである。


「い”、いま”は、ぅれ”ない”」

「うん?何を?」

「け、い”ま、な”い”」


ガタガタと不自然に揺れる肩を気にせずアステアが聞き返せば、小さく返ってきたのはアステアが予想なんてこれっぽっちもしていなかった言葉。すぐにクレイグの顔を確認すれば、クレイグはどこか心苦しそうな顔で頷いていた。


「っ!ちょっとごめん!」

「!?」


布切れに隠された背中から足にかけての子供の体を確認する。少し抵抗はされたものの、クレイグが子供の両腕を拘束してくれた事によって見れたそれは、なんとも酷いものだった。明らかに刈り取られたであろう痕跡が残る尻尾。乱暴に切られたのだろうか、根元の付近にはいくつか切り傷のようなものが残っている。


「な”い”っでいっでんだろ”!!!」


子供がなけなしの力を振り絞って振りあげた足をどうにか避け、アステアはすぐ後ろの壁を背もたれにしてズルズルと蹲み込んでしまった。


「…まさかここまでとはなぁ」


そう呟かれた言葉に込められていたのは単純な怒り。悲しみでも同情でもないその声を聞いて、クレイグは密かに笑みを浮かべてしまっていた。


「アステア様、どうされますか?」

「…………わかってんでしょ」


不貞腐れたように返された声に一つ頷いて、クレイグは子供を抱きかかえる。


「!?」

「今日から貴女はアステア様の所有物になります。と言っても奴隷ではないのでご安心ください」


どういう事だ!と暴れる子供の腕力は酷く弱くて、これは力をつけさせるのが第一だなと考えたクレイグが、まず最初に子供に言い放った言葉は…。


「そんな弱くてよく生き残れましたねぇ」


まさかまさかの神経を逆撫でするスタイルだったため、アステアが思わず笑い声をあげてしまった。これがエスターとの出会い。その後「じじい!」「爺さん!」などと呼ばれ、言葉遣いを徹底的に矯正したのは数日後の出来事である。


───










出会った頃の事を思い出せば、よくここまで成長したものだと感慨深いものがある。クレイグが人知れず笑みを浮かべていれば、バタンっと扉の閉まる音が耳に届いた。


「どうやら終わったようですね」

「!!」


すっかりふさふさになった毛並みをブワッと立たせ、尻尾をブンブンと振る姿は忠犬そのもの。一応狐の獣人であるが、アステアには犬扱いされている始末だ。


「!!アステア様!!」


嬉しい!という感情を隠しもせずに主人の足音に向かって走っていく姿を見送り、クレイグはアステアの道を邪魔しないようにと横たわる人々の整理を始めた。


───










「アステア様!」

「お〜、出迎えご苦労、エスター…ん?この匂いって…」

「あぁ、昔怖〜いお爺さんからご褒美でもらってた思い出の飴です」


お爺さんは覚えてないでしょうけどね、と笑うエスターを見て、アステアが小さく笑みを溢す。


「あのクレイグのご褒美が飴だとは、昔は驚いたな〜」

「高級料理とか手作りで作ってくれそうな感じもしちゃう人ですからねぇ」

「……今も持ってるんだねぇ」

「持ってるんですねぇ」


なんだか悪戯が成功したような笑みを見せるアステアとエスターだが、アステアはエスターの笑顔の中に、小さな喜びがある事を見逃す事はなかった。


「仲が良くてなによりだよ」


そう言って笑ったアステアを見て、「俺とも仲良くしてくれると助かるけどな」と呟いたヨルが二人の背中を押したのは、数秒後の事である。

お読みくださりありがとうございました。

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