第八十八話 軽く吹き飛んでしまう程度のもの
頭のてっぺんから足の爪先まで品のない男が二人。少し離れたところで様子を伺っていた子供達が一目散に逃げていったので、おそらくは時折ここを通るゴロツキ連中だろう。クレイグは抱えたくなる頭を抑え、アステアの肩を軽く抱いた。
「アステア様、逃げる準備を…」
「問題起こせないもんね、仕方ないか…」
本当に話を聞きたかったらしいアステアが残念そうに答え、多少の罪悪感に襲われるが、一国の皇女がこんな連中を相手にする方が問題だ。端的にいえば品が下がる。できれば早く退散したく、クレイグとアステアの足が路地裏の出口に向かった時だった。
「そのガキに用があんのか?」
「ひひっ、金払えばくれてやっても良いぜ!」
二人のゴロツキのうち、痩せ細った気味の悪い男の方が一歩近づいてくる。それに伴うように一歩足を引けば、男二人は気に入らないとばかりに顔を歪めた。
「ここにはここのルールがあんだぜ?これでも優しく言ってやってんのによぉ」
「そうだよなぁ!そのガキ買うんだったら金は俺達に払えよ!」
子供達の反応を見るに、この二人は今までも子供を買おうとする者に似たような話を持ちかけていたのだろう。そして、抵抗のできない子供を金を支払った者に受け渡す。典型的なクズだ。
クレイグはアンデットであるため顔に感情が出にくいが、元来こういう人種が大嫌いだ。どうしようもなく湧き上がる怒りを隠そうとして、多少なりとも残っている人間味を帯びた表情が抜け落ちてしまう。まぁ、クズ共はそんな姿にも気付く事はなかったのだが。
「あ!もしかしてその良い服着てるガキも親無しか?爺さん良い趣味してんなぁ!結構な上玉じゃねぇか!」
地雷中の地雷をいとも簡単に踏み抜く精神だけは称賛しよう。拍手の代わりに槍でも投げつけてやろうか。
アステアはまさか自分が侮辱されるとは思っていなかったのか目を見開き、次の瞬間には言葉をなくしていた。…が、クレイグはその顔に見覚えがあった。これは、いつの日か姉である第一皇女が侮辱されていた時、物陰に隠れながら「女のくせに」と何度も発言していた騎士達の話を聞いた時と同じ顔。あの時はショックを受けているのだとばかり思っていたが、その後の行動を見て幼い子供がここまでできるものなのかと目を疑ったものだ。アンデットとして長く生きてはいるが、まだまだ世界は広いらしい。
そして今、彼女が同じ顔をしているという事は、彼女の脳内では確実にゴロツキどもを潰す計画でも立てられているのだろう。
面白そうだと思わず笑みを作ってしまった口元を元に戻し、指示を待つ。その間ゴロツキどもが苛立った風に声をかけてきたが、生憎とそういった脅しが効くような肝の小ささはしていない。数分もすればゴロツキどもが痺れを切らし、アステアが声をかけた子供の腕を乱暴に掴んだ。
「クレイグ」
そう名前を呼ばれて「はい」と答えれば、子供特有の邪気のない笑顔を向けられる。それが、合図。
クレイグは愛用している白い杖を取り出し、子供の腕をとったゴロツキの足を叩き折った。子供が動揺して目を見開き、もう一人のゴロツキは状況が飲み込めないのか「へ?」と呆気にとられている。
「その子供は今、我が主人がお声をかけられたのです。それを勝手に連れ出そうとは、良い度胸ですね?」
やっとクレイグの表情から人間としての感情の一切が抜け落ちている事に気がついたゴロツキどもの喉から、「ひっ」と声が漏れた。だが、そんな姿に同情するわけもなく、クレイグは二度ほど杖を地面に突き、手早くゴロツキどもを拘束する。
「これでよろしかったですかな?」
「うん。罪人が増えちゃうのは牢の番人さんに申し訳ないけど、まぁ、その分お給金もらえるし良いよね!」
心配するところがズレているが、クレイグは何も言わずに頷く。アステアはその頷きに満足したのか、ゴロツキ二人を地面に転がすと、先ほど話しかけた子供の方へ向かった。
「ね、ね」
「!?」
「驚かせてごめんね。今みたいな事、よくあるの?」
「あ、あ”る…」
子供の答えを聞いて、「へぇ」と相槌を打ったアステアの声が一音下がっている事に気づいたのはクレイグだけか。いや、アステアの表情を唯一確認できる子供の顔が軽く蒼ざめたので、子供もアステアの感情の変化に気づいたかもしれない。
「お、おま”えら”どうずんだ!」
「え?」
「あいづらは、よ、わ”ぃげど、もっど、づょいや”づ、いっばいいる…」
あまり声を聞いていなかったため気付けなかったが、子供の喉は潰れているらしく、言葉を紡ぐ事さえ辛そうだった。
「まぁ、あの人達より強い人はいっぱいいるだろうね」
「じゃ、じゃぁ!」
「でも、大丈夫」
ニッコリ笑ったのは、何も知らない少女などではなく、一国の皇女。
「少なくともここでは、私がルールだからね」
ゴロツキどもの存在も、路地裏のルールも、それは本当にちっぽけなもので、クレイグが仕える主人の前では、浜辺の砂よりも軽く吹き飛んでしまう程度のものだった。
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