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第八十七話 まるで品のない

アステアとヨルが国王に会いに行ってどれほど経っただろう。クレイグが持っていた懐中時計で時間を確認すれば、さほど時間は過ぎていなかった。

クレイグは「少々力加減を間違えましたかねぇ」と呟きながら、視線の先で兵士達の頬をつまらなさそうに叩いているエスターを確認する。どうやら相手の力量を過分に予想してしまっていたようで、手応えのなさに呆れているらしい。気絶している人間の頬を叩くという暇潰しにさえ飽きてしまったエスターが立ち上がる。

そうして次の瞬間、グルン、とクレイグの方に顔を向けた。


「まだですか?」

「アステア様方でしたらまだですよ。扉が開かれた気配はありません」


クレイグが答えれば、あからさまにエスターの表情が歪む。暇すぎて苛立ってきてしまったようだ。主人を急かすなどできるはずもないため、クレイグは持っていた飴を渡した。けれど、またエスターの表情が歪んだ事で、クレイグは首を傾げる。


「これ、あの時の…」

「あの時…?」

「いえ、覚えてないなら良いです…」


なぜか苦々しい顔をしてその飴を口へ放ったエスターは、その場にしゃがみ込み、素直に飴を口の中で転がし始めた。その姿が出会った当初、叱られた後アステアに慰められるまで拗ねていた幼い姿と重なって、自然と口元が緩んでしまう。

クレイグは休憩がてら杖に体重を任せ、当時の事をゆっくりと思い出し始めた。


───











その日、まだ7歳だったアステアの思いつきによりクレイグはアステアの護衛として街をブラブラと歩いていた。視線の先には当然アステアがいるのだが、普通に街を見て回りたいという要望で遠目から確認している。

普通ならば父親である皇帝や気難しい宰相に止められるのだろうが、生憎と皇帝は娘に甘く、宰相は皇帝に逆らう事ができなかった。少し心配な面はあるが、いざとなれば即座に動けるようにいくつかの装備は持っているため、クレイグもそこまで心配はしていなかった。


だが、やはりというかなんというか、あの第二皇女が大人しく街を見物するだけで終わるはずもなく…。


「こちらは危険ですよ」

「だいじょーぶ!面白そうだから行こ!」


何が大丈夫なのか全くわからない。なぜか路地裏にばかり入りたがるアステアを何度もとめ、けれど何度も突破されるのはどうにかならないものか。一国の皇女をゴロツキが多い路地裏に入らせるわけにはいかないのだが、何事にも興味がある多感な時期。アンデットであろうと魔術師であろうと、子供の好奇心を止めるのはそう容易いことではない。


「レッツらゴー!」


天使と謳われる姉に真面目な顔で「この世の天使ね」と言われた笑顔で、クレイグの頭を悩ませる事をまたも叫んだのだ。

クレイグの説得虚しくアステアが足を踏み入れたのは、比較的にゴロツキなどがおらず、代わりに親を失った子供達が密かに息を潜めている薄暗い路地裏だった。おそらくだが、子供に金品などを盗まれてしまわぬようにゴロツキが自然と近寄らなくなったのだろう。大人と言えど大勢の子供にのし掛かられれば抜け出すのは一苦労で、見つめられればどんな人間も居心地が悪くなるというものだ。

同世代の子供が圧倒的な格差の中で生活しているという光景を見て、幼い主人は何を思うのか。

クレイグは来てしまったものは仕方ないと開き直り、様子を観察していた。


けれど、アステアは一言も言葉を発する事なく、スタスタと道の真ん中を堂々と進んで行った。


その姿には流石のクレイグも目を見開き、周りの子供達は何を感じ取ったか警戒して奥の方まで逃げていってしまう者までいたほどだ。


「ねぇ、そんなところで何してるの?」


アステアが路地裏に入って最初に声をかけたのは、薄汚い髪を散々に伸ばし、ボロボロの布切れ一枚で全身を覆っている、周りの中でも一番貧相な格好をした子供だった。


「な”、んだ…おま”ぇ…」


掠れてしまっている声のせいで男か女か判断もできず、クレイグはなんとか気配を探って女子だという事を予想した。子供の気配は少し大人と違い、性別の判断がつきにくいのだ。


「私の事なんてどうでも良いでしょ。それより聞きたい事があるんだけど、良い?」

「………」

「あ、お金必要?クレイグ、今いくらある?」


そう言ってクレイグの方へ振り返ったアステアだが、クレイグはそれに首を振って答えた。


「親のいない子供に金品を与えても盗んだと勘違いされるだけです」

「あ、そうなの……じゃぁ、ご飯買うから答えてくれる?」


少し声のトーンを落としてしまったアステアが聞けば、声をかけた子供は多少体をビクつかせてから、一つ頷いた。

そうして、アステアが口を開こうとした瞬間。


「おいおい、こんなところに金持ちのガキが迷い込んでるぜ?」


まるで品のない、雑音のような声が聞こえてきたのだ。

お読みくださりありがとうございました。

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